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「なべつかみ」のシニョーラ

自宅隔離で時間を持て余している中、ふと日記を読み返してみた。

私が住んでいる地区では週に三回MERCATO(市場)が開かれる。勿論現在はコロナウイルス渦によって行われていないが、いつも盛況で私も足を運ぶのが好きだった。

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何が売られているかと言うと、食料品、衣服や服飾小物、日用品、雑貨などありとあらゆるものが売られている。曜日によって出店者が決まっているのか、毎週足を運ぶと同じ店員さんが似たような品物(もっと言えば同じ品物であるときもある)を売っている。また、地区によって出店されているものが様々なので、少し遠出をして見て回るのも楽しい。

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そんなMERCATOで出会ったメンタルの強すぎるシニョーラ(おばさま)のことを思い出した。

私はある店でソファカバーを見ていた。私の部屋にはソファが二つあるが、どちらもかなり経年劣化していて座るには躊躇するほどだった。日本から引越ししたてのとき、クリーナーで中材まで丸洗いし連日天日干しまでしたが、それでも潔癖症がちの私には直接座るには至らなかった。そのため全て覆えるソファカバーを探していたのだ。

やっと見つけたソファカバーの形状と色を一人悩んでいると、隣から60〜70代くらいのシニョーラが声をかけてきた。

当時はまったくイタリア語はできなかったし(今もできていないけど…)、ましてや一人で「寸法は合っているのか?」とか「色はグレーじゃ暗いんじゃないか?」とか、もんもんと考えに耽っていたので、最初は私に話しかけていることに気づかなかった。二言、三言目でやっと自分に話しかけられていることに気づいた。

「ねえねえ、あなたはどれが好き?」

何のことを言っているのかさっぱり分からなかった。よく見てみると、彼女の目の前には、鮮やかな色合いで花柄やフルーツ柄などが様々に描かれていた「なべつかみ」の山だった。

なんと言われたのかはなんとなく分かっていたのだが、そしてこれは私の悪いクセなのだが、咄嗟に「ごめんなさい。あまりイタリア語が話せないんです。」と伝えた。すると、

「ああ、うんうん、分かってるわ。それで、あなたはどれが好きなの?」

一歩も引かない。答えるまでは帰さないぞと言わんばかりに、笑顔でもう一度聞いてきた。

もしも私が逆の立場だったら(私なら、それこそ初対面で、しかも明らかに外国人の風貌の相手に「なべつかみ」の好みを聞こうとはしないのだが…)「話せない。」と言われたら、確実に「あ、ごめんなさい。大丈夫です。」となるだろう。

強い。メンタルが強すぎる。実はこっちで生活をいていると、似たような場面に何度か遭遇はするのだが、改めてイタリア人のコミュニケーション力というか、そういったものを感じた。

その続きはと言うと、私は悩みに悩んで二つの選択肢を出した。確実に私の好みの柄と色味だったし、まあ参考にしてもらえれば…程度に思っていたのだ。すると、

「ありがとうね!じゃあ、この二枚を買っていくわ。」

そう言って彼女は私が選んだ二枚の「なべつかみ」を買って、颯爽と帰って行ったのだった。

私は咄嗟に「え?あ、どういたしまして!」と言った後、選び損ねていたソファカバーを片手にポカーンと立ちすくんでいた。その後私はカバーを無事購入し帰路に就いたのだが、なんだか言葉で言い表せない嬉しさというか、心地よさを感じていたことをよく覚えている。

私が選んだものを買ってくれたこと。完全に外国人の風貌をした(ましてや言葉もできない)私に話しかけ、意見を求めてくれたこと。満足したような笑顔で帰って行ったこと。全く大したことはしていないのだが、あの時私はある種の人助けができた気分になったのだと思う。なったというか、してもらったのだが。

あのほんの何分かで私の心を掴み、突風のように去って行った彼女の姿は、今思い返しても笑ってしまう。あそこまで逞しいコミュニケーションは自分にはできないと思ってしまうが、人と人との距離感は本来あんな風で良いのだろうなと思う。

彼女は今も元気にしているだろうか?そして、私が選んだ二枚の「なべつかみ」は、彼女のキッチンで活躍をしているだろうか?

またどこかで「なべつかみのシニョーラ」に会えることを、私は密かに楽しみにしている。


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