見出し画像

パーソナリティ理論②「自己の発達」編



心理支援では「自己」という言葉を、よく使います。
学派や理論によっても、意味するところは微妙に変わってくるので、今回のパーソナリティ理論②「自己の発達」編では、パーソンセンタード・アプローチは、どのような意味で「自己」を扱っているのかについて、みていきます。

そして、このパーソナリティ理論では、どのように自己が作られていくのかという観点から、赤ちゃんの頃までさかのぼって理解を進める構成になっています。

それでは、さっそく乳児期からみていきます。

1.「分化」

関わりから笑顔が生まれる

生まれてから1歳頃までの乳児は、保護者を含む環境との相互作用を通して、さまざまな発達をします。

最初は、まとまりのある感情表現もなく、神経生理学的な反応である情動反応だけがあります。シンプルにいうと、ここでは主に「泣く」ことを通した興奮状態の様子を指しています。

その状態から、保護者があやしたり、笑いかけていくことを繰り返し、乳児はその影響を受けて、つられて笑うようになります。

そのうち、快感情を感じたときは自発的に、笑顔が表れるようになります。

笑顔はやがて「嬉しいね」「楽しいの?」などの保護者からの多彩な受け答えによって、喜びや楽しさを表現する時にも表れるようになり、その表現の仕方も状況の違いによってもバリエーションが増えていきます。

このように、感情表現は、他者との相互交流によって作られ、同時に自分や他者に影響を与えます。

また、最初は「泣く」しかなかった表現が、相互作用によって「嬉しい」「楽しい」などに増えていきましたが、このように環境との関わりを持ちながら、利用できる性質が新しく増えることを「分化differentiation」といいます(1)。

受精卵が細胞分裂して心臓や骨が出来ていく「分化」と、同様の言葉の使い方になります。

そして、この世に生まれたあとの分化は、骨や筋肉、毛など物質的な分化の他に、「この食べ物はおいしい」「寒いのは嫌」などの感覚を頼り、さまざまな環境についての情報を分化させていきます。

2.自己概念の形成

形成される自己概念群

上記では、わかりやすく情報という言葉を使いましたが、心理学分野では、文字情報や音声情報などで表現されない感覚的なニュアンスも含まれることから「概念Concept」と呼びます。

特に、「自分はこのお菓子が好きだ」や「自分はお母さんが好き」「自分はお母さんに好かれている」などの自分自身に関わる概念を「自己概念」と呼びます。

だいたい1歳頃を過ぎてからは、自分という存在が、まとまりを持って感じられるようになり、明確に意識化できるようになることから、この自己概念も明確に作られるようになります。

ちなみに、意識化できる前段階の、まとまりを持って感じられるという心理現象を「象徴化」といいます(1)。今後パーソナリティ理論の解説のなかで、キーワードになってきます。

3.愛情の関わり

愛情の関わりを受け取る

最初の自己概念の分化は、やはり保護者との相互作用によって、生じていくことになります。

保護者がごはんを用意して食べさせてくれることで、空腹感を満たしてくれたり、転んで泣いている状況から、保護者が抱き上げて、あやしてくれるなどの愛情による関わりが与えられます。

この愛情の関わりを、幼児が落ち着きを得ながら受け取ることで「自分になにかあっても、他者が大切にしてくれて安心させてくれる」というような体験をします。
この体験を「肯定的な配慮positive regard」といいます(2)。

肯定的な配慮の体験をなんとなくでも認識できるよう、体験に意味を与える自己概念がたくさん使われるわけですが、そうした自己概念群が、関わりによってひとつのまとまりを帯びてきます。
この自己概念群のまとまりを「自己構造 the self structure」または「パーソナリティ」と呼びます。

つまり、愛情の相互作用から作られるまとまりが、人格の基盤になるといえます。

ここで一度、自己概念の意味について整理すると、提唱者であるロジャーズは、自己構造の定義のなかで、次のように示しています。

それは、個人の特性や対人関係についての定型化された認知を含むものであり、そうした認知と結びついた価値観も同時に含んでいる。それは意識化できるものである。(3)

(3)Rogers.C.R,1951,Client-Centered Therapy,Houghton Miffl in.保坂亨,諸富祥彦,末武康弘(共訳),2005,クライアント中心療法,ロジャーズ主要著作集第2巻,岩崎学術出版社,p353.

上記の定義から、自己概念は、自身についてパターン化された理解だけではなく、自身と他者との関わりについてのパターン化された理解も意味していることがわかります。

4.自己配慮

自分で自分を安心させられる

「肯定的な配慮」を体験すると、不快感がある度に、同じ体験を得ようとする欲求も芽生えます。

さらに、この欲求が満たされるような肯定的配慮を、何度も体験して認識するうちに「自己配慮self-regard」という自己概念群の表れ方がはじまります。これは、実際の保護者が近くにいなくても、肯定的配慮を体験することが心理的に起きることを指しています。

つまり、ひとりでいても安心できるようになるのです。

もちろん、いきなりどんな状況下でも安心できるようになるのではなく、人生経験を通して、自分のことを大切にしてくれるさまざまな他者との関わりによって、この自己配慮も発達し、状況ごとに安心できるバリエーションが増えていきます。

5.重要な社会的他者

さまざまな他者との関わりに「重要な社会的他者」がいる

この肯定的配慮の体験を与えてくれる社会的な関わりをしてくれる人物のことを「重要な社会的他者(significant social other)」と、このパーソンセンタードアプローチでは表現しています。

また、なにかを達成することなしに、この肯定的な配慮の体験が得られることから「無条件の肯定的配慮」と呼ぶようになりました。

少し脱線になりますが、パーソンセンタード・アプローチにもとづく支援では、支援者がこの重要な社会的他者になれるよう、無条件の肯定的配慮を伴った受け答えで、信頼関係を作っていきます(4)。

話を戻しますが、『パーソナリティ理論①「自分の体験=現実」編』の『2.「価値づけ」』で、食事によって得られる満足から、食事に価値を見いだすといという、動物的な価値の置き方を「有機(体)的価値づけ」としてご紹介しました。

先ほど挙げた肯定的配慮を体験できる重要な他者との交流は、この有機的価値づけよりも、強い影響力があります(5)。
そのため、大好きなお菓子を食べられないことより、保護者に大切にしてもらえないことの方が、一大事になるといえます。


【引用文献】

(1)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,パーソナリティの理論,クライエント中心療法の立場から発展したセラピィ、パーソナリティおよび対人関係の理論,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p.227.(2)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,パーソナリティの理論,クライエント中心療法の立場から発展したセラピィ、パーソナリティおよび対人関係の理論,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p.202.
(3)Rogers.C.R,1951,Client-Centered Therapy,Houghton Miffl in.保坂亨,諸富祥彦,末武康弘(共訳),2005,クライアント中心療法,ロジャーズ主要著作集第2巻,岩崎学術出版社,p353.
(4)Rogers,C.伊東博(編訳)1966,ロージァズ全集4,サイコセラピィの過程,岩崎学術出版社,pp.117-140.
(5)Rogers,C.伊東博(編訳)1967,パーソナリティの理論,クライエント中心療法の立場から発展したセラピィ、パーソナリティおよび対人関係の理論,ロージァズ全集8,パースナリティ理論,岩崎学術出版社,p.228.


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?