上司のためのコーチング講座#1
こんにちは。
今日からちょっとずつコーチングのことを書きます。
キャリアコンサルタントでありながら,僕の専門はコーチングだと思っています。
コンサルティングとカウンセリングとコーチングの違いは他に譲りますが,ともかくコンサルもコーチング寄りだし,カウンセリングもコーチング寄りだし,結局なにしてても気が付くとコーチング風になってしまうのは,とにもかくにも現状をいかに回復させるかよりも,これからどうするのかに焦点をあてる方が建設的であることと,その方が僕の好みだからに他なりません。
僕がコーチングに出会ったのは,かれこれ10年以上前の話になります。
当時,たたき上げの中では最年少係長を拝命しまして,中間管理職としてそれなりにやる気に満ちあふれていました。
プレイヤーとしてはある程度認めてもらって,その技芸を部下に伝えてやってくれとかなんとか言われて,うれしいのとめんどくさいのと,あと責任の重さみたいなのも感じていたと思います。
とは言え,自分の仕事のやり方については,それなりに自信もありましたし,要するに自分と同じ事をやれるようになれば,チーム(自分を入れて7人のチームでした)は必ず成果を上げられると思ってました。
当時,僕が勤めていた国立大学は年々定員削減されていく一方で,仕事はどんどん増えていて,所掌する業務は広範囲に渡りましたから,部下たちの負担をいかに減らして,かつこれまでと同等のクオリティを保つか,が僕に課せられた使命なのだと思っていたので,まぁやりがいを感じる仕事かと問われれば,感じる仕事だったのでしょう。
人材育成という言葉を本気で考えていたひとはたぶん当時,そんなにたくさんいなかったと思います(いやたぶん今でもそんないない)。逆に言えばそれが僕の大失敗を招いたと言えますが,そんなご時世というか,そんな企業風土の中で,僕は珍しく部下のレベルアップが僕の仕事の一丁目一番地ぐらいに思っていたのです。
ところがやっぱり,人材育成を,教育とか,指導とか,俺が育ててやってるとか,アドラー心理学で言えば「縦の関係」を築こうとすれば自ずと失敗にたどり着くのです。
リーダーシップとは誰がもつものか
みなさんは,リーダーシップという言葉をどのように解釈するでしょうか。
当時の僕は,いわゆるストロング型リーダーシップをすなわちスタンダードなリーダーシップだと思っていましたから,できる者が,できない者や未熟な者に対して技術指導し,悪いところを改善していって,自分と同じぐらいの技量に導くのがリーダーシップだと思っていたわけです。
たとえば判断。
たとえば指示。
こういった上から下へ圧力をかけるような指導方法こそが,それまでの一般的な教育方法というか,指導方法であったことも事実です。
これが上司の仕事なのだと思っていたことも事実ですし,部下もまたこういったことを求めるひとが多く居ました。
オン・ザ・ジョブ・トレーニングと称して,特になにも教えずに現場に放り投げる人材育成に興味がない中間管理職がその免罪符として使っていた育成法や,毎年同じ内容の実施すること自体が仕事になっている形骸化した研修の数々にうんざりしていた僕は,そういったアリバイ作りのような人材育成ではなく,本当にしっかりと部下のことを考えて指導をしていました。
あいや,
していたつもりだったのです。僕は。
ところが,実際にはチームは簡単に崩壊し,僕の言うことを聞くのは聞くけれど,だから成果があがるかというとそうでもなく逆に言われたことしかやらなくなったり,トゲトゲしい人間関係になっていったり,僕の心はすさんでいきました。
正しいことをただ実行したいだけなのに,なんでまたこんなうまくいかないのだろうかと。
やるべきことを,やるだけのことなのに,どうしてみんなこうもスマートにこなせないのだろうかと。
僕は本当に悩みました。
悩みに悩んで,それこそ本当に本屋の棚にあるリーダーシップ論の類いの本を片っ端から読み尽くしました。
その中に,かの「7つの習慣」や「アドラー心理学」や各種コーチングの本があったわけです。
それでコーチングという概念を知って,「7つの習慣」や「アドラー」はそれに通ずる(本当はアドラーが元なのかもしれませんが)ものがあって,そういうのが僕の中でひとつになったのです。
これこそチームを復活させるために必要なマネジメント,いやセルフリーディングか,リーダーシップか,よくわからないけれど,とにかく僕を救ってくれるのはコーチングしかない!!と思いました。
天啓ですよ。天啓。
カミナリ墜ちました。本当に。
それで僕は,その足で,あるコーチングスクールに半年ほど通うことになるのですが…
長くなりそうなので続く。
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