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頑張っているのを評価して欲しいなんて、的外れだよね

私は、頑張っているのを評価してもらえないことに異常に憤りを覚えてしまう。頑張るのは誰かに評価してもらうためにすることではないし、人それぞれ頑張る基準も違うので、人に評価してもらえないと憤るのはそもそもおかしな話ではあるんだけど。

全ての頑張りはそれぞれ頑張る人にとっての「自分なりの頑張り」でしかなく、「自分は今100%頑張っている!」と思っても見る人が見れば5%くらいしか頑張れてないかもしれないし、逆に「自分はまだまだ頑張りが足りないな…」と思っていても他人から見れば120%頑張っているように見えるかもしれない。だから、評価自体に意味がない。

それに、場合によっては評価してもらうことでめちゃくちゃ損する場合もある。頑張っているつもりなのに全然頑張ってないじゃんなんて言われたら、私はめちゃくちゃ落ち込んじゃう。

だから、私が評価されたいっていうのは、私の基準で評価してくれと言うことなのだ。自分で思っているだけでは自信が持てないから太鼓判を押して欲しいんだ。私はこんなに頑張ってるんだよってわかってもらいたいんだ。

で?どうすんの?


いいや。どうもしないよ。ただ一瞬満たされたような気持ちになるだけさ。無意味〜。

これは自覚しているんだけど、私はちょっと承認欲求が強すぎる時がある。承認欲求が強い割に、人との関係性を築くことが苦手だから、今ある人間関係に承認を求めてしまう。そして大事な人たちへの負担がとんでもないことになって、それに気付いてしんどくなってその人から離れる。ずっとこれの繰り返しだ。困ったもんだ。

強い承認欲求を抑えるには、承認欲求が強まってしまう仕組みを理解して、事実を受け入れていかなければならないらしい。これは、私が今まで心の自傷を少なくする時とかにやってきたことと一緒だ。それならできそうかも。

あ〜あ!承認欲求が自給自足できるようになったらいいのにな〜!

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