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1℃上昇で1.1%低下-私なりの「暑さによるパフォーマンス低下」の試算

 2023年の日本の夏は、多くの地域で記録的な猛暑となったことはもはや言うまでもないだろう。日本だけではない。世界でも記録的な猛暑となった。
具体的なデータが載った記事はいくつもある。代表的なものを載せておこう。

2023年7月4日は過去12万5000年間で最も暑い日だった

2023年6~8月は「史上最も暑い夏」に 世界平均気温が最高を記録

7月の全国の平均気温 100年余で最高 今後も猛烈な暑さ予想

今年8月も過去126年で最も暑かった 2010年の記録を大幅更新(途中から有料記事)

 こうした気候変動に起因する問題は、数えたらきりがない。今回は、スポーツ、労働、経済活動、さらに市民生活で最も身近な「暑さ」が活動に及ぼす影響に着目したい。暑くなると気になるのがパフォーマンスの低下だ。感覚的にも、暑くなると動きが鈍くなる、集中力がなくなるなどの影響が起きる人が多いだろう。影響を受ける人として屋外で活動するアスリートやエッセンシャルワーカーを考えやすいが、そうでない一般の人に対しても屋内外問わず活動や行動に影響するはずだ。
 では、暑ければどれくらいパフォーマンスに影響するのか??

「暑ければ」の定義:WBGTを使用

 まず、「暑ければ」の定義について再整理したい。多くの人が直感的にイメージする暑さの指標は「気温」であろう。一方、身体の観点からは、活動により直接的に影響する指標は、厳密には「WBGT(暑さ指数)」である。 
 ここで、WBGTの定義を、環境省「熱中症予防情報サイト」から引用しよう。

暑さ指数(WBGT(湿球黒球温度):Wet Bulb Globe Temperature)は、熱中症を予防することを目的として1954年にアメリカで提案された指標です。 単位は気温と同じ摂氏度(℃)で示されますが、その値は気温とは異なります。 暑さ指数(WBGT)は人体と外気との熱のやりとり(熱収支)に着目した指標で、人体の熱収支に与える影響の大きい ①湿度、 ②日射・輻射(ふくしゃ)など周辺の熱環境、 ③気温の3つを取り入れた指標です。

環境省「熱中症予防情報サイト」

 私なりに簡単に言い換えると、気温は大気の温度の高低という現象に着目したのに対し、WBGTは、熱中症を防ぐという観点から人間の感覚を重視した指標といえる。ただし、一般に温度が高ければWBGTも高くなる。WBGTは温度に加え湿度の要素が大きく加わるのが特色と言えよう。

私自身のランニング記録からの試算

 本題に戻ろう。「暑さのパフォーマンスの影響」そのデータの1つが、実は私のランニング記録だ。福岡在住の私は、大濠公園をランニングしながら、そのタイムや速度、中間の水分補給量、体重の変化を記録している。そのルーティンは以下の通り。

・大濠公園内を3周走る
・3周走る間に一度水分補給
・自宅~大濠公園までの往復は徒歩
・大濠公園3周の走行タイムを含むタイムと体重の変化・中間水分補給量を記録。体重の変化と中間水分補給量から脱水量が判明する。
 
これとともに、走行時点のWBGTも気象データから記録している。4月下旬~10月下旬は環境省「熱中症予防情報サイト」に記載の福岡でのWBGTの測定値をもとに推定した。同サイトによるWBGT発表のないそれ以外の時期は、福岡における温度・湿度・風速・全天日射量の公表データをもとに、WBGT計算の数式(※)にあてはめ、WBGTを推定した。

(※)以下の数式によった。
 WBGT=0.735×Ta+0.0374×RH+0.00292×Ta×RH+7.619×SR-4.557×SR2-0.0572×WS-4.064
 Ta:気温(℃)、RH:相対湿度(%)、SR:全天日射量(kW/m2)、WS:平均風速(m/s)
 なお、この式は、環境省「熱中症予防情報サイト」の予測値計算にも用いられている。この式の出典は以下のとおり。
  小野雅司ら(2014):通常観測気象要素を用いたWBGTの推定.日生気誌,50(4),147-157.
  doi:10.11227/seikisho.50.147

環境省「熱中症予防情報サイト」記載内容をもとにまとめた

 詳細は以下の私の過去のNoteに記録している。ただし、これを書いた時点では、大濠公園内の休憩は2度とっていた。現在は1度の休憩になっている。
https://note.com/clutchman/n/n9e6ade2610b1

 WBGTと大濠公園3周内の走行速度との相関を、期間別に以下にまとめてみた。なお、休憩時間や前後の歩行時間は考慮していない。

 ただし、期間を長くとればいいというわけではない。期間が長くなると私の走力自体の向上が影響する可能性がある。また、私自身のコンディションの問題を考えなければいかない時期もある。2022年9月は夏にかかったコロナの影響で明らかにパフォーマンスが落ちていたし、2023年3月にも、実は海外帰りでパフォーマンスが落ちていた時期もあった。以下は、こうした影響を排除した2023年4月以降に絞って考える。
 2023年4月以降のグラフをよく見ると、速度の低下傾向が明らかになってくるのはWBGTが23℃以上になったあたりだ。この部分に関して線形回帰してみた。

 WBGT23℃以上で線形回帰したところでは、WBGTが1℃上がるごとに速度は時速約0.12㎞/h低下する計算になる。単純に言えば、これが私のランニング履歴から推定されるパフォーマンスの低下幅といえるだろう。
 これはパーセンテージにするとどれだけになるか?回帰式で推定した各条件下での時速は以下になる。
 WBGT23℃での推定時速:12.1㎞/h
 WBGT31℃での推定時速:11.1㎞/h

この2つの数字からは、WBGTが1℃上昇するごとに速度が1.07%≒1.1%低下する計算になる。式にすると以下のようになる。
 (1-1.07%)^8≒ 11.1㎞/h÷12.1㎞/h

 1.1%/℃
 
 
これがWBGT上昇によるパフォーマンスの低下幅と言えるだろうか。
 もう1つ注目すべきは、WBGTが31℃を超えるエリアでは、速度は回帰式で示したものよりも大きく低下している点だ。環境省熱中症予防情報サイトでは、WBGT31℃以上は「危険」とされ、運動は原則中止となる。この「危険」領域に合わせる形で、実はパフォーマンスも大きく低下することが考えられる。逆に言えば、「危険」領域の数字を裏付ける結果にもなっていそうだ。

おわりに

 これはあくまで私自身の6㎞走の結果で、パフォーマンスの対象を走るスピードだけに絞って考えた結果である。距離が長い場合、ウォーキングの場合…だと、結果は変わったものになるかもしれない。身体条件による個人差もあろう。パフォーマンスに影響する要因として、脱水、体温上昇、その他の要因が絡んでいるはずだ。
 環境変化がパフォーマンスに及ぼす影響の分析が進めば、気候変動をより自分ごととして数値化、可視化して身近に考えることができ、適応策の観点も含めて気候変動対策を打ち出す指標として活用できるはずだ。結果、「身体のパフォーマンス」という指標を用いた気候危機・脱炭素に対する問題意識や取り組みの加速が期待される。

(付記)
この記事は、私のサイトにも掲載したもので、本NOTE記事はここから引用・再掲したものです。

私のサイト「SportDGS」にもようこそ!脱水量シミュレーションも用意しています。


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