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社員戦隊ホウセキV/第2話;新杜宝飾と寿得神社

前回


 四月一日の木曜日、入社式の後で何故か社長室に呼び出され、変なブレスレットを着けさせられて、意味不明な話を聞かされた十縷。昨日の記憶を辿った彼は、こんなことを思い始めていた。

(やっぱりピカピカ軍団は新杜宝飾なのか? 僕の予想通り、あの伊勢さんっていう人は、ピカピカ軍団なのか?)

 次の場所へと誘われる道筋に、十縷は今朝のことを振り返っていた。


    四月一日木曜日の朝、太陽はいつも通りに東の地平線から上がって来た。軟らかい春の陽光が街を照らす。今年度が無事に始まったことを喜んでいるかのようだった。

【新杜宝飾・男子寮】との看板を掲げる一棟の集合住宅も、ちゃんと光を浴びていた。十縷はその寮の一室・203号室で、気合を入れてこの朝を迎えていた。

「髭、OK。ネクタイ、OK。大丈夫だな……」

 十縷は洗面台の前に立ち、仕切りに身だしなみの確認を行っていた。
 余り袖を通したことがないだろう新品同然の黒いリクルートスーツに身を包み、慣れない様子で赤いネクタイを締めていた。
 十縷の髪型は一般的な男性として何の変哲もない短髪だったが、色は不自然に黒く、先日まで染めていた可能性が容易に窺えた。

 スーツを着てから向かったのは、寮の一階にある食堂。と言うか、一階は全体が食堂だ。寮が本社ビルに近いこともあり、昼時には寮住まいでない社員もここで昼食を摂るらしい。
 そんな訳でとても広いこの食堂だが、時刻が七時を少し過ぎた頃だからか、十縷以外に人は一人しか居なかった。

(おお、先輩社員だ。隣に座って、ちょっと絡んでおくか)

 十縷はその人物を確認しつつ、十枚綴りの食券を一枚千切ってカウンターに出した。昨日、光里に貰った食券を。
 食券と引き換えに、すぐに料理が出される。白米、豆腐の味噌汁、焼き魚、小松菜の和え物という、一般的な和食だった。

(メニューを選べないのが難点だよな。でも作って貰えるんだから、文句言わない)

 朝食を乗せたトレイを持ち、十縷は自分より先に居た男性の方に向かった。
 十縷は「ここ、いいですか?」と了承を得てから、彼の正面に陣取った。因みに、この男性は話し掛けられた時だけ十縷の方を向き、ごく簡素に「ああ」と答えただけだった。

(不愛想な人だな。で、強そうだな……)

 この男性は筋肉質で、逞しい肩や上腕を見せたいのか黒いタンクトップを着ていた。強面の顔を、スポーツ刈りの髪型と黒縁の分厚い眼鏡が引き立てていた。ところでよく見ると彼は左手で箸を使っており、腕時計を右手に付けている。左利きらしい。

「あの……僕、今日から新杜宝飾に入社する、熱田十縷って言います。配属は、デザイン制作部です。宜しくお願いします」

 勇気を振り絞って、十縷は彼に声を掛けた。すると厳つく寡黙で左利きの彼は、また顔を上げて十縷の方を見た。

「デザイン制作部か。俺と同じだな。そうか。お前があの難しい名前の新人か。【とおる】って読むんだな」

 岩のような表情のまま、意外に高い声で彼は喋った。なんと彼、この見た目だが宝飾デザイナーらしい。そして事前に新入社員の情報を聞かされていたのか、十縷の漢字を知っていた。いろいろと意外で、十縷の目は丸くなった。

「俺は伊勢いせ和都かずと。デザイン制作部でお前の先輩だ。出身大学は仁車にくるま芸大げいだいだから、何処までもお前の先輩だ。宜しくな」

 不愛想ながら、この先輩は自己紹介をしてくれた。ところで、十縷の履歴書は回し読みされているのか、彼は十縷の出身大学を知っていた。大学の話が出て、十縷の目は輝いた。

「仁車芸大なんですね! 僕、海城先生のゼミだったんですけど……」

 十縷は大学トークでこの先輩と盛り上がり、距離を近付けようと思った。だが、当の先輩の方はそこまで乗り気ではなかった。十縷が話そうと思った頃には食事を終えており、「ご馳走様でした」と言って合掌していた。そして先輩はトレイを持って席を立った。

(えーっ。同じ大学の後輩社員が来たら、喋るモンでしょう!)

 伊勢和都は、十縷との会話をそこまで求めていなかったらしい。十縷は少し残念だった。
 しかし、去りゆく不愛想な先輩の背を見ながら、十縷は勝手に変な想像を始めた。

(もしかして、ピカピカ軍団は本当に新杜宝飾の特殊部隊で、あの強そうな先輩はその一人なのか? ピカピカ軍団は秘密の任務だから、軽々しく人に喋れないんだろうな。だから、うっかり口が滑らないよう、なるべく誰とも喋らないようにしてるのかも?)

 これは半ばふざけた想像で、十縷も本気でそう考えてはいない。昨夜、母が電話越しにピカピカ軍団とドロドロ怪物の話をしたので、便乗して脳内で遊んでみた。それだけだった。 


    食後、十縷は自室に戻り、歯を磨いた。それから身だしなみを確認し、新品の革製の鞄を持って十縷は部屋を出ようとしたが、まだ時計の針は七時半より少し前を指している。入社式は午前九時から。会場となる新杜宝飾の本社ビルへは、男子寮からだと徒歩五分程度で行ける。明らかに早過ぎだ。

(どうしよう? 寿得じゅえる神社じんじゃにでも行ってみるかな?)

 十縷は暇つぶしがてら、散歩をすることにした。
 寿得神社とは新杜宝飾の本社ビルの向かいに社を構える神社である。広大な杜を持っていて、新杜宝飾の男子寮もこの杜の一角にある。この神社は新杜宝飾の先代社長が宮司を勤める神社、と言うか新杜宝飾の社長一族はこの神社の宮司一族でもあるのだ。

 十縷は寿得神社の鳥居をくぐって境内に踏み込むと、まずは無難に本殿の前で合掌した。賽銭箱に投げたのは、ケチ臭くも一円玉一枚だった。

(どうしよう? もうちょっと散策するかな?)

 寿得神社はやたら広い。しかし広大な杜に進入するのは、迷いそうだから止めた。
 杜の散策の代わりに、本殿の周囲をぐるりと周ってみる。丁度、本殿の裏に来た時、ここで十縷は意外なものを見た。

(何だ、これ? 古墳か?)

 本殿の裏には、古墳を思わせる小山があった。おそらく、人工物だろうか? 高さは地上5 m程度で大して高くはなく、人が通れる程度の穴が開いていた。穴の形は、整然とした長方形だった。十縷は中に入りたくなかったが、注連縄が張ってあったので遠慮しておいた。

(説明の看板とか無いのかな?)

 古墳らしきものの由来が気になって、十縷は説明が書かれた看板を探した。しかし、その類のものは見つからなかった。

 これ以上、この神社で時間を潰せそうにはなかった。
 この時、まだ時刻は八時前。早過ぎるが、仕方ないから十縷は新杜宝飾の本社ビルへと足を運んだ。


(入社式は、四階の大会議室だよな)

 本社ビルに進入する寸前に十縷はスマホを出し、会社から送られてきたメールを確認した。それから本社ビルの敷居を跨いだ。

 一階のロビーは広めでかつ綺麗に掃除されており、雰囲気作りかガラス箱に入ったティアラなどの宝飾品が所々に展示されていた。これを鑑賞していれば、十分に時間も潰せるだろう。一先ず、十縷は宝飾品を鑑賞することにした。

(立派だなぁ…。凄く綺麗。僕も早く、デザインしてみたいな)

 ここは新社会人らしく、宝飾品を見ながら未来への希望に胸を膨らませた。

 もう暫くロビーを歩き回っていると、壁にはポスターがいくらか貼られていることに気付いた。
 まず十縷の目を惹いたのは、大好きな光里のポスターだ。

(光里ちゃんのポスター発見! 可愛い…)

 そのポスターは、競技着で走っている光里と、翡翠を施したイヤリングやネックレスを身に着けた緑のイブニングドレス姿の光里を一枚に収めたもの。これなら何時間でも眺めていられる。割と長い時間、十縷はこのポスターの前に立っていた。

 ポスターは光里のものだけではなかった。申し訳程度に、十縷は他のポスターにも目をやる。

(新杜宝飾って、小場急おばきゅうライナーズのスポンサーでもやってるのか? この人は監督の祐徳ゆうとく和久かずひさだよな…)

 光里のポスターの隣には、意外にも野球チームのポスターがあった。腕組みする監督が真ん中に大きく配置され、その周囲を選手たちが取り囲むという構図だった。
 十縷は野球ファンではなかったが、この祐徳和久という人物は今でも語り継がれる名ピッチャーで、監督としての実績も挙げていたから、興味の無い十縷でも顔と名前を知っていたという次第である。

 しかし、おじさんの顔には興味が無いので、十縷は隣のポスターに目を移した。こちらはもっと意外で、過去に放送されていた変身ヒーロー番組のものだった。

「ジュエルメン? 僕が中学生か高校生の時のヒーロー戦隊じゃん。いつまで貼ってるの? 本当にこの会社、ジュエルメンが好きだな…」

 思わず十縷は声を出してしまった。

 ヒーロー戦隊とは、三人から五人の色分けされた戦士が徒党を組んで戦う特撮ヒーロー番組で、ジュエルメンは今から七年前に放送された作品である。当時、十縷は高校一年生で、年齢的にこの番組を観てはいなかったが、人気があったから憶えていた。

 新杜宝飾はこの作品のキャラクターを何度か宣伝に使っていて、コラボ商品も創っていた。これについて、十縷はこう推測していた。

(まあ、宝石繋がりで、人気に便乗してるんだろうね)

 ところで新杜宝飾とジュエルメンは、宝石以外にも共通点があった。

(原作者の小曽化おそばけきよしさんも新杜宝飾と同じで、ドロドロ怪物の被害支援に力入れてたっけな? 売れっ子の漫画家だから当然かもしれないけど、立派だよね)

 ヒーロー戦隊シリーズは特定の漫画家に原作・原案を委託するという作り方をしていて、ジュエルメンは当時デビュー間もなかった小曽化浄という漫画家がその役を担った。
 ジュエルメンが大ヒットしたので、原作を手掛けた小曽化浄も人気漫画家となった。今ではこの漫画家の作品は複数が映像化されていて、知らない人はいないというレベルになっていた。
 しかし、この漫画家は謎の人物でもあった。

(だけど、小曽化浄って顔出しNGなんだよね。女の人とか言われてるけど、それも不確定情報だし…。なんでいろいろ秘密にしてるんだろう?)

 そんな風に疑問を巡らせていると、いい感じに時間が過ぎた。

「八時二十分。そろそろ行くか」

 腕時計で時刻を確認した十縷はエレベーターホールへと進み、入社式が行われる四階へと向かった。


    四階に着くと【宝暦八年度 新杜宝飾 入社式】の立て看板があったので、十縷は迷わず目的の部屋に進入できた。部屋の中では、準備の為か先輩社員方が何人か忙しなく動いていて、十縷はその中の一人に誘われて最前列の席に座った。

(九時からだしね。新入社員の中だと、僕が一番乗りだったか)

 十縷は落ち着き無く周囲を見渡した後、予め机上に置かれていた資料を見た。その中にあったA4版のプリントには、新入社員の名前・配属先・出身大学が書かれていた。十人程度の個人情報が載ったその紙を眺めつつ、十縷は思った。

(事前にこのプリントでも見てれば、僕の名前や出身大学も判るか)

 思い出したのは、朝食の場で出会った不愛想な先輩。彼は自分の基礎情報を知っていたが、この紙を見れば判るかと、軽く納得した。そして、更に思った。

(デザイン制作は僕だけで、他は営業二課か。営業二課って、直営店で販売するんだっけ。だから、このビルで働くのは僕だけなのか)

 入社式が始まるまでの時間を、十縷はこんな感じで暇を潰した。


次回へ続く!

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