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社員戦隊ホウセキV/第3話;謎のブレスレット

前回


 四月一日の木曜日、入社式の後で社長室に呼び出された十縷。彼はそこで変なブレスレットを着けさせられた。そして訳の解らないまま、何処か次の場所へと導かれた。

(この会社はジュエルメンが好きだ。やっぱりピカピカ軍団は新杜宝飾なのか? で、まさか僕がピカピカ軍団に選ばれた?)

 十縷を先導するのは、他でもない社長。その背を眺めながら、十縷は数時間前の入社式を思い返していた。


 十縷は入社式の会場に一番乗りし、暫く机上に置かれた紙の資料を眺めていた。時間を潰していると十縷以外の新入社員も姿を見せ始め、いよいよ入社式が始まる雰囲気が高まってきた。
 十縷の正面に設けられた長机には、彼と対面する形で社長や各部の部長が座り始める。座席表で彼らの名前と肩書を確認する十縷は、心拍数の増加を感じていた。

(生の社長さん、最終面接以来だ…。デザイン制作部長の社林こそばやし寅六とらろくさん、相変わらず怖そう…)

 などと思って緊張していた十縷だが、その中に居た一人の人物にふと目が留まった。

(うわ、若っ……! そして、優しそうで綺麗な人! えーっと、この人は……。産業医、祐徳伊禰……。え? これ、本当に名前? 何て読むの?)

 それは二十代後半と思しき女性。長机に並ぶ人物の中で、女性は副社長の社林こそばやし千秋ちあきと彼女の二人だけ。年齢層は四十代から六十代が普通という中、彼女は突出して若い。十縷は堪らずその人物に見惚れた。

    黒いジャケットと、その内側の胸元がひらひらした薄いピンクのブラウスが目立つその女性は、黒い長髪が流れるように綺麗で、顔だちも優しそう。大和撫子とでも言うのが相応しいか。彼女は、この会社の医務室に務める産業医だった。
 名前が読めないのはさておき、オジサンたちの中で異彩を放つ彼女は、十縷に変な想像をさせた。

(こんな綺麗で優しそうな人が産業医さんなの? 僕、毎日医務室に通っちゃうよ。どうしよう! この会社、女性のレベル高くない? 光里ちゃんも居るし、最高じゃん!)

 十縷は女好きで、馬鹿な想像をして愉しむのが好きだ。こんな緊張下でも遊んでしまう程、彼は想像力に富んでいた。


 やがて時計の針は九時を指し、司会進行の男性の声で入社式は始まった。お約束通り、式は社長の挨拶で始まった。

「新入社員の諸君。まずはこの新杜宝飾に入社してくれて、ありがとう。これから君たちには我々の仲間として、その力を存分に発揮して貰いたい……」

 銀色に近い灰色のタキシードに身を包み、丸い形の黒縁眼鏡を掛けた社長は、ありがちな話をしていた。さすがに十縷も真剣な顔を作り、社長の方に視線を向ける。

(社長さんは新杜あらと愛作あいさくさん。小さい会社じゃないのに、同族経営なんだよねー。まあでも、経営が上手くいってれば何でもいいけどね)

 社長の名前を確認しつつ、心の中で少し舐めた発言をする十縷。
 この時点で彼は、この手の訓辞など真剣に聞かなくても良いと思っていた。と言うか「どうせ長くてたるい」としか思っていなかった。実際に社長の話は長めだったが、その内容はかなり意外だった。

「仲間と言えば、私は何年か前のヒーロー戦隊、宝石戦隊ジュエルメンが好きだ。そして、原作漫画を執筆された小曽化浄先生のお考えにも、心から共感している」

 ここから話は妙な方向に逸れ始めた。この展開が意外すぎて、十縷の目は点になってしまった。

(この会社、ジュエルメンのキャラをよく使ってるけど、社長さんの趣味なのか……)

 新杜宝飾は宝石繋がりで人気に便乗したいから、ヒーロー戦隊シリーズの中でも大ヒットしたジュエルメンと頻繁にコラボしていたのだと、十縷は思っていた。しかし、それは少し違ったようだ。

「あのエンディング。ヒーローと敵の組織が和解して、敵の中でも死者が出なかったのは本当に素晴らしい。最も大切なのは、ああやって理解し合うことで……」

 社長はジュエルメンの素晴らしさを熱く語っていた。聞いている十縷たち新入社員が圧倒され過ぎて呆れてしまうくらい、熱く語っていた。

 社長の話、というかジュエルメントークは余り長くなかった。
 その後、いろいろな長が代わる代わる出てきて、事務的な話もすれば社会人としての心構えの話もした。その中で、十縷の目を惹いた女性の産業医も話をした。彼女の話は事務的で、医療室の利用方法や残業と過労の比較などの話に徹していた。

(女医さんの名前は【ゆうとく・いね】か。祐徳って、まさか小場急ライナーズの監督の娘さん?)

 十縷は祐徳ゆうとく伊禰いねの読み方が判り、座席表にフリガナを振った。
 祐徳という名字に関連して、十縷は先刻に一階のロビーで見た野球チームのポスターを思い出した。いろいろと、この会社には不思議なことが多そうだった。


 入社式、というか説明会が終わったのは午後だった。

 十縷が配属先のデザイン制作部を訪れたのは午後四時過ぎで、先輩方への自己紹介と部屋の使い方などの説明だけで終わった。それから十縷は、与えたられた席に座った。

(この人の隣か!? 伊勢さんだっけ?)

 十縷の席は、今朝会った不愛想な先輩・伊勢和都の隣だった。十縷が座った時、伊勢は頭を抱えながら指環の図面を描いていて、とても話せる雰囲気ではなかった。デザインに集中する伊勢は、朝に会った時よりも厳しさを増しているように思えた。

 そんなことを思っている十縷に、ふと部長の社林が声を掛けた。

「熱田君。五時になった五階の社長室に行って。社長が直々にお話したいそうで」

 社林は耳打ちでそう告げた。それを聞いた十縷は、ぶっ飛びそうなくらい驚いた。

(何? いきなり怒られるの? 僕、何か悪いことした!?)

 社長呼び出しと聞き、そんな想像しかできなかった十縷。すぐに「具体的な要件は何か」と社林に訊ねたが、部長もそれを知らないらしい。先までのドキドキ感は何処へやら、十縷の胸中はたちまち恐怖感で埋め尽くされた。


 五時の少し前になった時、十縷は席を立った。目指すは、最上階である五階の社長室。十縷の居るデザイン制作部は三階なので、十縷は階段で上がることにした。

 しかしいきなり社長室に呼び出され、一段上がるごとに心拍数が増大する。

(多分、怒られることはないよな……。新入社員の中で僕だけ本社勤務だから、何か言いたいのかな? ジュエルメンのトークは嫌だな)

 などと思いながら階段を上がっていると、すぐ五階に到着した。
 ここは社長室の他、人事部と経理部と医務室がある。社長室は奥まった所にあり、十縷は経理部の部屋や医務室を通過しながら、そこを目指すこととなった。

 大好きな短距離走選手の神明光里がいる経理部か、若い女性の産業医の祐徳伊禰が居る医務室に行きたかったなどと邪なことを考えていたら、十縷は社長室の真ん前まで達していた。
 社長室のドアは木製で、取っ手は金色で装飾的なデザインをしていた。心拍数が自ずと最高潮に達する中、十縷は勇気を振り絞ってこのドアを叩いた。

「あの。新入社員の熱田です。今、参りました」

 高価そうなドアの向こうに居るだろう社長に、十縷は声を掛けた。すぐに「入って良いぞ」という返事が中から聞こえてきた。入社式で聞いた社長の声だ。いざ、十縷は装飾的な取っ手に手を掛け、この扉を開いた。

「おお、いらっしゃい。熱田君。ごめんな、急に呼び出したりして」

 十縷を出迎えたのは、銀色に近い灰色のタキシードを着た社長だった。扉を開いた十縷は、木製の大きな机に座る彼と対峙する形になった。
 ところで、宝飾会社の社長室なので内装はさぞかし煌びやかなのかと思っていたが、意外にそうでもなかった。しかし十縷にはそんなことを気にする余裕もなく、二歩だけ部屋に足を踏み入れると直立不動となった。硬直している彼とは対照的に、社長の新杜愛作はリラックスした様子で席を立ち、十縷に歩み寄ってきた。

「実は入社面接の時から、気になってた子が居てね……。多分、それは君なんだ」

 愛作はそう言いながら、部屋の窓側にある来客との応接用と思しき背の低い机の前に、十縷を座らせた。そして自分は窓を背にして十縷の正面に座り、懐から何かを取り出した。

「これ、着けてくれるか?」

 新杜はそう言って、懐から出したものを十縷に手渡した。それは大きな腕輪だ。

 変なプロポーズ? しかも男性から? 気になってた子って何?

 いろいろな疑問が交錯する中、十縷は渡された腕輪に視線を落とすと、益々疑問が増大した。

(これ、ジュエリーじゃないよね?)

 ブレスレットと思しきこの腕輪のデザインは妙だ。大きな石をあしらっているが、宝石ではなく軽石のような石なのだ。このただの石を銅らしき金属が縁取りし、光沢の弱い銀色の金属がベルトを構成している。
 訳が解らないが社長の要求なので拒絶もしにくく、十縷はこの怪しい腕輪を自分の左手に装着した。すると次の瞬間、十縷は己の目を疑った。

「ええっ!? 石がルビーになった!?」

 十縷の腕に装着された途端、腕輪に備わった単なる石は、途端にルビーのような赤い透明な宝石に変貌した。その赤の深さは、ルビーの中でも最も高価なピジョンブラッドのレベルだ。しかもこの大きさ、50カラットは下らない。ただの石がそんな宝石に変わるという怪奇現象を前に、十縷は頭が止まりそうなくらい動転した。

 そんな彼とは対照的に、愛作は至って冷静にこの光景を見届けていた。

「やはり、君だったんだな。赤のイマージュエルの戦士は」

 石の変化を確認した愛作はそう言ったが、十縷は驚きの余り彼の発した謎の単語は気にならなかった。それどころか、次に彼がとった奇行も大して気にはならなかった。

「俺だ。やはり熱田十縷君が五人目だった。俺たちは今から神社に行くから、お前らも仕事が一段落着いたら、四人で神社に来てくれ」

 愛作は右手の中指に、橙色の小さな宝石を備えた指環をしており、これに何やら話し掛けた。十縷は全く気に留めていなかったが、彼は誰かと通信したらしい。その不可解な行動の後に愛作は立ち上がり、十縷にも立つよう促した。

「これから時間、借りるけど大丈夫か? 君には、説明しなきゃいけないことがある。一緒に寿得神社まで来てくれ」

 愛作はそう告げたが、気が動転している十縷はその言葉を深く考える余裕すら失っている。ただ言われるまま、愛作に従った。


次回へ続く!

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