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社員戦隊ホウセキV/第1話;ピカピカ軍団vsドロドロ怪物

前回



(何がどうなってるんだ? どういうこと?)

 熱田あつた十縷とおるは困惑していた。 
    十縷は今年の三月に芸大を卒業し、四月から宝飾品のデザイナーとして新杜あらと宝飾ほうしょくという会社で働く予定だった。そして今日、四月一日の木曜日、新杜宝飾の入社式を迎えたのだが…。

 入社式の後、配属されたデザイン制作部の自分の席を教えてもらったが、ほぼその直後に社長室に招かれた。その社長室でいきなり変なブレスレットを着けさせられ、「イマージュエル」とか「五人目」とか意味の解らないことを言われた。困惑で頭が錯乱している中、十縷はまた次の場所へと連れて行かれる。

(どうして、こういうことになった?)

 一先ず十縷は、ここまで何があったのかを振り返ることにした。


 十縷は前日、三月三十一日の水曜日から振り返ることにした。この日、十縷は新杜宝飾の男子社員寮に荷物の搬入し、入寮手続きを済ませた。割り当てられた203号室で何をするでもなく、新生活について想像していた午前十一時四十分頃だった。不意に部屋のインターホンが鳴った。

(おっ! 来客第一号! 誰だ?)

 来客に心当たりはなかったが、気分はやたらと高揚した。
 インターホンは壁掛けの受話器で受ける仕組みで、音声でしかやり取りできない。相手は女性で、【新杜宝飾の経理部の者】と名乗っていた。声質から想像するに、年齢は二十代と思われる。十縷は部屋の玄関まで赴き、経理部の女性に対応しようとしたのだが…。
 扉を開けた瞬間、十縷の気分は更に高揚した。

(何っ!? 神明しんめい光里ひかりちゃん!!)

 ドアの向こうに居た人物・経理部の女性は、十縷の知る人物だった。
 背は平均的な日本人女性よりやや低めで、十縷より15 cm程度低い。ショートボブで目が丸く、顎のラインが華奢で童顔な印象。身を包む少しヨレたリクルートスーツは、その顔にやや不釣り合いだろうか。これが神明光里たる経理部の人の外観だった。
 神明光里の方は、十縷の顔を観察するような慎重な目で様子を窺いながら、携えていた手提げ鞄から十枚綴りの食券を三つ取り出し、彼に手渡した。

「こちらが食券です。この寮の食堂と体育館の食堂、それから女子寮の食堂で利用できます。女子寮も、食堂の利用のみなら入れますので。ご利用の際には、この欄に貴方の名前を書いて、食堂のカウンターに出してください……」

 神明光里の喋り方は、事務的と言うか機械的と言うか。嬉しそうに顔を綻ばせていている十縷とは対照的だった。

 どうして、十縷が神明光里を知っているのか?
 経理部の彼女は、短距離走部という運動部に籍を置いていた。新杜宝飾の運動部は基本的に趣味のサークルなのだが、その中で神明光里は特異な存在だった。
 女子100 m走の日本記録を持っていて、前回の五輪では100 m×4のリレーの第二走者を務め、日本チームの銅メダル取得に貢献した。日本の短距離走のトップ選手だ。そして、まあまあ男性ウケする顔をしているので、新杜宝飾の広告のモデルも務めていてた。

 十縷は大学生の時にたまたまニュースで彼女のことを知り、顔が気に入ってファンになった。それだけである。因みに十縷は短距離走に興味など無く、光里のファンになった後も短距離走について知ろうとはしなかった。

「日付と朝・昼・夕の欄は食堂の方が書きますので、貴方は何も書かないでください。食堂の利用料は、毎月十日締めで給料から天引きになります。食券は経理部で発行していますので、足りなくなったら経理部までお願いします」

 やがて光里の説明は一段落した。玄関先で少し話すだけで、彼女は立ち去るつもりだったのだろう。しかし、その寸前に十縷は思い切って声を掛けた。

「あの……。貴方、神明光里選手ですよね!」

 不意に声を掛けられたのが意外だったのか、光里は首を傾げつつ「そうですが」と弱々しく返答した。すると、堰を切ったかのように十縷の口からは言葉が溢れ出て来た。

「いきなり会えるなんて、光栄です! 僕、大学の時からファンなんです。年齢同じだし、名前がカッコいいし……」

 十縷は目を爛々と輝かせながら、光里を称え始めた。この時点で光里は相手の勢いに半ば押されていたが、十縷はその反応に頓着していなかった。と言うより、意識できないくらい興奮していた。

「何より、顔が最高に可愛いし!! この会社の広告塔も務めるくらいですモンね。いやー、競技着やドレスの印象が強かったけど、スーツ姿でも可愛いですね!!」

 十縷の賛辞は、光里の外観に関するものに及んだ。すると光里の顔は少々引き攣り、視線を十縷の顔から逸らすようになった。

「応援ありがとうございます。私はこれで持ち場に戻りますので」

 光里は十縷の話を強制的に打ち切り、足早に203号室から去っていった。十縷は満面の笑みで、その後姿を見送った。


 ただ玄関先で事務連絡を受けただけなのだが、三月三十一日の水曜日、ずっと十縷の気分は高揚していた。せっかく貰った食券は使わず、適当なコンビニ弁当を食べた後の午後八時頃、彼はウキウキしながら新杜宝飾の入社案内を読んでいた。

 開いていたのは課外活動の頁。ここには光里の写真とコメントが載っている。写真は、リクルートスーツ姿、競技着で走る姿、ドレスアップして宝飾品を身に着けた姿の三種類。彼女の新杜宝飾における仕事を表していた。

『五輪のリレーで銅メダル獲得。女子100 m 走の日本記録更新。この実績の秘訣……どちらも、私一人では成し得なかったと思っています…新杜宝飾で働いていなかったら、五輪出場や日本記録更新はできなかっただろう…』

 光里のコメント文を黙読しながら、十縷はニヤける。

(可愛い上に、なんていい子なんだ! また明日も会えるだろうか?)

 十縷がそんな想像をしていたその時、不意に十縷のスマートフォンが着信音を鳴らした。

「何? お母さんか……。もしもし」

 楽しいグラビア鑑賞(?)を中断させられる形になり、十縷は少し不愉快そうに電話に出た。架電してきた母・真琴まことに大した用事は無く、ただ「明日は大丈夫か?」などの言っても仕方ない心配を息子に言っていただけだった。その問いに対して、十縷は「大丈夫」と適当な喋り方で返す。このやり取りの中で、母・真琴からこんな話が出た。

『そっちはドロドロ怪物が出るから、本当に心配でね。怪物と戦ってるピカピカ軍団、新杜宝飾なんでしょう? だからお母さん、十縷がピカピカ軍団に入れられないか心配で……』

 まずドロドロ怪物とは、これは昨年の九月頃から出現するようになった人型の怪生物のこと。街を破壊するなどの暴動を起こしており、被害もニュースで頻繁に報じられている。今のところ首都圏にしか出現したことはないが、十縷は大学生の頃から首都圏で過ごすようになったので、母が心配するのは不思議な話ではなかった。
 尤も、十縷は今のところ、幸いドロドロ怪物に遭遇した経験が無かった。

「ピカピカ軍団ね。あれ、警察か国防隊の特殊部隊でしょう。彼らが新杜宝飾の社員だって話、ただの噂だって。新杜宝飾は怪物の被害者への支援金はかなり出してるけど、ただの宝石屋があんな戦隊、抱えてる訳ないって。」

 心配性の母に、十縷は笑いながらそう返した。

 ピカピカ軍団とは、そのドロドロ怪物と戦っている四人組である。リクルートスーツを模した全身スーツに身を包み、宝石のようなゴーグルを備えたフルフェイスヘルメットを被っている。ドロドロ怪物に襲われる人々を明確に助けたことが何回もあるので、巷では人間の味方と認識されていた。

 そんなピカピカ軍団だが、素性は全くの不明だった。警察か軍隊の特殊部隊と考えるのが妥当だが、どちらの組織もこれを否定。それで、新杜宝飾が積極的にドロドロ怪物の被害者への支援を行っているからか、『ピカピカ軍団は新杜宝飾の特殊部隊』という変な噂がSNSなどで拡散されるようになっていた。
 そして十縷の母はこれを真に受けて心配していた、という次第である。

「もしピカピカ軍団が新杜宝飾だとしても、僕がそんなのに選ばれる訳がないでしょう。僕のヘボさ、よく知ってるだろ?」

 十縷はそう付け加えた。十縷は本当に小学校から高校までずっと体育が苦手で、お世辞にも身体能力が高いとは言えない。男性としては筋肉量も少ない方で、細身の体格をしている。そんな彼が戦隊に選ばれるという事態は、確かに考え難かった。

『そう。なら良いんだけど。何か変なことがあったら、すぐに電話しなさいよ』

 母はそう言って、電話を切った。

 十縷は「疲れた」とでも言いたげにスマホを脇へ放り、また入社案内を使ったグラビア鑑賞を再開した。
 入社案内の運動部の頁は見開きで、左の頁に短距離走部の光里が紹介されていて、右側の頁には別人が紹介されている。母との通話を経た今、何故か十縷の目は右側の頁に向いた。

(この北野って人も、光里ちゃんと同じくらい凄いんだよな…)

 右側の頁に載っていたのは剣道部の北野きたの時雨しぐれという人物。営業部の社員だ。切れ長な目をした細面の顔をしていて、多くの女性がイケメンと呼びそうな容姿をしていた。しかし十縷が気になったのは彼の顔ではなく、実績や経歴だ。

(実業団剣道大会五連覇中。ついでに出身大学が国防大学校…)

 剣道部もまた、本来は趣味のサークル程度の筈なのに、北野時雨だけは異様に強かった。しかも出身大学が、国防隊の幹部を育成する為の特殊な大学。いろいろと妙な人物だった。

(この人だったら、ピカピカ軍団で通用しそうだけど…)

 彼の経歴は十縷にそんな想像をさせた。しかし、その想像はすぐに消えた。

(まあ、僕には関係ないよ。僕はそんな玉じゃない)

 気を取り直して、十縷の目は再び光里の頁に向く。
 一番右側の写真、緑色のドレスに身を包み、翡翠のネックレスやイヤリングを身に着けた光里の写真を十縷は堪能して、入社式前夜を過ごした。


次回へ続く!

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