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社員戦隊ホウセキV/第0話:初志

    中学二年の頃、僕は池に落ちて気を失った。目を覚ました時、一人の女の子が僕の目の前に居た。この子はこの日に初めて出会った、たまたまこの場に居合わせた知らない子だ。池に落ちて気を失った僕をこの子が助けてくれたんだって、すぐに判った。女の子は、目を覚ました僕を叱った。僕の迂闊さや軽率さを、泣きながら叱っていた。この子がどうして泣いていたのか、僕には理解できなかった。

 僕を一頻り叱ると、女の子はその場を去ろうとした。僕はこの子に、どうしてもお礼がしたかった。だから呼び止めた。そうしたら、この子は振り返って僕に言った。

「感謝と称する上辺だけの薄っぺらい言動などいらん。救われたことがそんなに嬉しいなら、次はお前が他の誰かに同じことをしろ」

   

 それだけ言うとまた女の子は僕に背を向けて、何処かに立ち去っていった。僕はこの子を追えなかった。

 あの言葉を口にした時、女の子は複雑な表情をしていた気がする。でも、詳しくは思い出せない。涙を流していた気はするけど、どうして泣いていたのか、未だに見当すらつかない。それどころか、あの子がどんな顔立ちだったのか。どんな声だったのか。それすら思い出せない……。
 それでも、あの言葉は今でも一字一句、正確に憶えている。しっかりと脳裏に焼き付いていて、今でもふと思い出す。何故か、この言葉は忘れられない。

 あれから、もう九年が経つ。その間に僕は中学を卒業して、高校を卒業して、大学も卒業した。気付けば、明日から会社員になる。いろんな経験をしたと思うけど……。だけど、あの女の子が言ったことは、まだできていない。あの子がしてくれたことと同じことを、誰かにする機会は、今日まで巡って来ていない。いや、そもそも僕はそんなことをできる玉じゃないんだろう。心の中で、そんな風にも思っていた。
 だから、想像もしてなかった。あの子の言ったことを、体現する日が来るだなんて……。


次回に続く!

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