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社員戦隊ホウセキ V /第69話;お喋りだけど語らない

前回


 五月十三日の木曜日、午後八時頃に出現した爆発ゾウオと爆発ギルバスを倒した後、社員戦隊の一行は寿得神社に戻ったのだが…。

 悪条件が重なり、十縷はキャンピングカーの中で下着姿の伊禰と鉢合わせ、卒倒してしまった。

 光里がその場に駆け付けた数分後、和都と時雨も到着した。その頃には、伊禰もいい加減に服を着ていた。
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 失神した十縷は、和都と時雨が両側から肩を抱えて、離れへと連れていかれる。光里と伊禰はその後に続く。伊禰は気まずさを感じているのか、少しおとなしかった。
 しかし、問題は十縷で…。

「ああ、祐徳先生。あんな良いものを見せて貰えるなんて……」

 失神しているのに十縷の譫言はクリアで、はっきり聞き取れた。彼の両脇を抱える和都と時雨の顔に、怒りが確認される。時雨の方が、より怒りが強いだろうか?

「なあ、ワット。こいつを降ろしてくれないか? 首を斬り落としたい」

 その時、時雨はソードモードのホウセキアタッカーを手にしていた。月光を反射する日本刀風の刃が放つ雰囲気は恐ろしく、和都の怒りはこの恐怖で消された。

「気持ちは解りますけど、殺しちゃ駄目です……。我慢しましょう」

 和都は苦笑しながら、時雨を宥めようとする。
 その様を見ていると、伊禰は笑いが込み上げてきた。

「時雨君、ご自分も見たかったからって、ジュール君に嫉妬してますわね……」

 ごく小さい声で、伊禰はそう言った。隣の光里にその声は聞こえたが、何と言っているのは聞き取れなかった。だが光里は、言葉の内容よりもニヤニヤ笑っている伊禰の表情が猛烈に気になった。

「あの、お姐さん。ジュールがエロでドクズなのは事実ですけど、今回はお姐さんが原因ですからね。家じゃないんですから、ブラジャーとパンツだけで居るとか、本当に駄目ですよ」

 問題点を認識していない可能性がある伊禰に、光里は常識的な指摘をした。伊禰に反論の余地はなく平謝りするだけだが、「ごめんなさーい」という腑抜けた謝り方に反省は感じられない。そんな伊禰に光里は頭を抱える。
 そして、光里はこの人物にも困っていた。

「こいつ、私も腹立ってきた。この寝言、なんとかならないの?」

 光里が怒るのは、いつまでも譫言に「良いものが観れた」などと言っている十縷に対してだ。時雨よりは危険度の小さい光里に、和都は「殴っていいぞ」と許可を出す。すると、時雨も「殴っていいなら、峰打ちで叩きのめす」と恐ろしいことを呟き……。
 ともかく、十縷は起きたら蛸殴りにされそうになっていたが、原因を作ってしまった責任を感じてか、ここで伊禰が助け舟を出した。

「皆さん、リンチはいけませんわよ。いかなる理由があろうと、暴力は駄目です」

 随分と真っ当なことを言う伊禰。
「お前のせいだろ」とでも言いたげな視線を、光里と和都は彼女に送る。しかし伊禰は全く堪えず、話を続ける。

「不快かもしれませんが。ジュール君がエモいのは病気ですから。仕方ないのです。寛大な心で受け入れましょう」

 この時、伊禰は「エモい」と言った。その意味は当然emotionalだろうと思って光里たち三人の頭に疑問符が浮かぶ。
    伊禰は少し間をおいてから、何処か誇らしげに語った。

「エロくてキモい。略して【エモい】。ジュール君をこれほど的確に表現した言葉はありませんわよね」

 数秒間、その場は沈黙に包まれた。つまり数秒後、沈黙は解かれた。
 光里と和都が大笑いを始めた。

「姐さん、最高です。俺、初めて姐さんのギャグ、面白いと思いました」

 笑いながら和都は伊禰の方を振り返り、そのギャグを称えた。それは光里も同じで、「私もです」と大笑いしていた。
 つまり伊禰は今まで、全く面白いと思われていなかったのだが、そんなことは気にしない。光里と和都が【エモい】に大ウケしたので、伊禰は自ずとドヤ顔になっていた。
【エモい】の力は絶大で、それまで十縷に殺意を剥き出してしていた時雨も、刀をしまった。笑うまでには至らないものの、その表情は和らいでいた。
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【エモい】に光里と和都が大笑いした時、一同は離れの前に来ていた。先刻は十縷の悲鳴に反応して愛作が出てきたが、今度の愛作は光里と和都の笑い声に反応して出てきた。

    こんな経緯で、十縷は【エモい】と言われ続ける羽目になったのだった。

  

 五月十九日の水曜日、新杜宝飾の健康診断も最終日を迎えた。伊禰は全員の内科検診をして、疲れたが充実感も覚えていた。

 そして今年の健康診断、最後に伊禰の元を訪れたのは光里だった。

「本当に貴方には頭が下がります。経理の仕事も短距離の試合も高いレベルでこなされて、加えて社員戦隊まで。お体は健康そうですが、油断大敵ですわよ。休める時は休んで、体力を過信しないよう」

 光里に聴診器を当てつつ、伊禰は所見と言うか賛辞を述べる。すると、光里も賛辞を返す。

「万が一倒れても、ウチには名医が居ますからね。安心してますよ」

 ニッコリ笑って光里はそう言った。彼女は伊禰の言動に閉口することもあるが、その実は絶大な信頼を寄せている。そんな光里に、伊禰も自ずと笑顔になる。
 ところで自分が最後で後ろに待つ人がいないと知っているからか、光里は雑談を始めた。

「そう言えば、【エモい】は最高ですよ。ジュールのやつ、まあまあ自粛してる風に見えますし。これからもアイツが調子に乗らないように、お願いします」

 何の話かと思えば、十縷の話だった。
 いつの間にか、光里の中で彼はそれなりの地位を得ている。約一ヶ月半の短期間に起きた変化に、伊禰は喜びに近いような不思議な感情を覚えていた。
    そして、この流れで光里は続けた。

「ジュールと言えば、あいつお姐さんが気になるみたいで……」

 光里の表情が真顔に近いものに変わり、伊禰も表情を少し真面目にする。そんな顔で光里が出した話題は、こんなものだった。

「どうしてお姐さんが素手でしか戦わないのか、理由が知りたいみたいですよ。何かポリシーがあるんだろうなぁって、私も思うんですけど、そう言えば聞いてなくって。この際、教えてくれませんか?」

 それを聞かれた時、伊禰はハッとしたように目を見開いた。だがそれは一瞬で、すぐに表情は元の柔和なものに戻った。

「ポリシーなどはありませんわ。武器を使うのが下手だからです。私、野球選手とギター奏者の娘なのに、バットやギターは勿論、基本的に道具が使うのが苦手なんですの」

 伊禰が言ったのは、いつもの常套句だった。光里はずっと、これは嘘だと思っていた。しかし、言いたくないなら無理に聞き出すのは野暮だ。

(なんで隠すんだろう? だけど、無理に言わせるのも駄目だよね)

 光里は言及しないことにした。対する伊禰は思っていた。

(思想を語る程、馬鹿馬鹿しい話はありません。価値観の違い過ぎる方には理解されず、似た価値観の方は初めから似たお答をお持ちです。この子たちは後者です。おそらく、同じような結論に至るでしょう。ですから、語る必要などありません)

 それにしても、ここまで自身の信念を伏せるのも不思議だ。おそらく、それなりの理由があるのだろうが、それは現時点では不明だった。

 去る五月十四日の金曜日、爆発ゾウオと爆発ギルバスを破った翌日、伊禰は稽古をつけてくれたお礼と称して、日本酒を持って道場を訪ねた。そこで師匠とその妻との三人で、酒盛りに興じた。

「桜吹雪、体得したものだ。お前なら、あの程度の話でも神髄を掴むだろうと思っていたが、まさかあの短い日数でやるとは……。お前はやはり、誇れる弟子だ」

 顔が赤くなってきた師匠は、伊禰の活躍を称えた。伊禰の顔は色こそ普段通りだが、気分が良いのか表情はにこやかだ。
 ところで、ふと師匠は話題を変えた。

「しかし、お前が武器を使わないことを仲間は気にしてないのか? 火器を使う相手にまで素手で挑むなんて、明らかに変だろう」

 すると、伊禰の表情は少し硬くなった。そして、彼女は静かに語った。

「私は師匠に誓ったことを貫きたいのです。相手を倒すことが悪いことだと忘れないよう、相手を倒した感触を自分の体に強く残す為に素手で戦う。ですから、絶対に武器は使いません。ですが、それを仲間に語る気はありません」

 どうして言わないのか? 師匠も妻も首を傾げる中、その理由を伊禰は明かした。

「おそらく彼らは、【自分が英雄だ】などと驕るようなことはないでしょう。誠実な方々ですから。ならば、語る必要は無いですわよね。釈迦に説法ですから」

 これは光里の前で思ったことと同じだ。これは嘘ではないが、理由は他にもあった。

「それと、変に干渉したくないのもあります。私も干渉されたくありませんし。自分の思想は自分の中で大切に秘めておいて、無闇に明かさない。それで良くありませんか?」

 伊禰は滔々と語った。こんなことを語るのは、師匠夫妻に対してくらいだ。二人はこの手の発言を何度か聞いているのか、納得したように頷いていた。

「お前のお父さんも、理想は胸に秘めるタイプだったからな。蛙の子は蛙だな」

 師匠はしみじみと語った。そして、妻はまた違った反応を見せた。

「でも、貴方の言う通り、無闇に明かさない方がいいのかもね。貴方が大切にしてること、解って貰えなかったら嫌ですものね」

 妻にそう言われた時、不意に伊禰の目に涙が浮かんだ。次の瞬間、伊禰はお猪口についだ日本酒を、一気に飲み干した。

(全てを解り合うなんて、できません。師匠と奥様がいらっしゃるだけで、私は充分)

 伊禰は目を潤ませたまま、下唇を噛み締めた。それを師匠夫妻は静かに見守る。職場の伊禰の姿とは、かなり異なる。
    昔から伊禰の両親は共に仕事で家を空けることが多かったので、伊禰が最も接する大人は、この師匠夫妻だった。だから、伊禰にとってこの二人は両親の代わりで、この二人にしか言わないことや見せない顔は沢山あった。

 裕福な家庭に生まれ、有名人夫婦の娘として育ち、情操教育として拳法の心得を学んだ伊禰。加えて成績優秀で身体能力も高く、容姿端麗。富にも才にも恵まれ、つらい経験とは無縁と思われがちな彼女だが…。
 優れているということも異質の一種であり、伊禰はこれまで多くの誤解や偏見に晒されてきた。

(多様性? よく言いますわよね。あれは結局、自分の考えを他人に押し付ける為の言葉。本当に他者を理解しようとする人なんか……)

 そしていつしか、伊禰は『他人とは基本的に理解し合えない』と思うようになり、自分の思想や信条を余り語らなくなった。

 そんな伊禰だが、十縷たちを信頼していない訳ではない。むしろ、彼らの精神性を見上げている。そんな彼らにすら胸中を明かさないのは、別の理由が原因だった。

(おそらく彼らは私の思想を否定しません。でも…。そうしたらホウセキャノンや豪華絢爛宝石斬りの使用を、彼らは躊躇うようになるでしょう。私のせいで、足は引っ張れませんわ)

 武器を使わないと誓った伊禰には、ホウセキャノンなどを使うと体に激痛が走る。信念を貫けない自身への罰として。十縷の推理は的中していた。

 しかしこの事実を仲間たちが知ったら。十縷の推理が正しいと知ったら。
 彼らは自分を気にして必殺武器の使用を躊躇するようになるだろう。伊禰はその事態を避けたいと考えていた。
 だから絶対に信念を語らず、一人で痛みに耐え続けることにしたのだ。

 伊禰はこのことを師匠夫妻にすら語らず、黙って胸の奥底にしまい込み続けるつもりだった。

  

次回へ続く!

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