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社員戦隊ホウセキ V /第68話;飛翔合体・ハバタキング!

前回


 五月十八日の火曜日、午後六時頃に伊禰は退社した。特に寄り道はせず最寄駅まで歩いて、電車に乗る予定だった。

(健康診断も明日で最終日。まだまだ元気モリモリ。乗り切れますわね!)

 伊禰の足取りや表情からは疲れは見えず、明日の健康診断も充分にこなせそうだった。

 そんな道中、ふと一軒の店が目に留まり、伊禰は足を止めた。

(このアイス屋さん…。ジュール君がチラシをキープしていらした、あの因縁のお店ですわね!)

 それはごく小さなアイスクリーム店。ビルに入ったテナントではなく、縁日の屋台がそのまま建物になったような、とても小さな店だった。

 ところで、因縁の店とは?
 などという疑問を他所に、伊禰は引き寄せられるようにこの店に近付いた。店内には入らず外から注文して受け取るようになっていた、店員も一人しか居なかった。
 伊禰は外から店員に声を掛け、カップアイスを二つほど購入した。バニラとチェリーだった。カップアイスは保冷剤と共に、紙の箱に入れられた。

(今日は寄り道してしまいましょう。あの方、バニラなら食べますわよね?)

 伊禰は満面の笑みで、何やらスマホで誰かに架電をし始めた。

 一体、電話の相手は誰なのか? 寄り道とは、何処に行くのか?
 いろいろと謎が多かった。

 今日から五日前の五月十三日の木曜日、午後八時頃に爆発ゾウオと爆発ギルバスが同時に出現した。
 爆発ゾウオにはマゼンタとブルーが挑み、見事に撃破した。しかし、これで仕事が完了した訳ではなかった。

『ブルー、マゼンタ。レッドたちが苦戦している。宝世機で彼らの元に向かってくれ』

 爆発ゾウオを撃破した時刻をブルーが読み上げた直後、ブレス越しに愛作がそう言った。二人とも初めからそのつもりだったので、すぐに意識は次の戦いに向いた。

「ところでブルー。私、凄くインスピが湧いてるんですけど……。ガーネットとサファイアを合体させちゃいません?」

 マゼンタはブルーの元に駆け寄って来るや、彼の顔を見上げながらそう言った。
    マラヤガーネットのようなゴーグルの下にあるだろう伊禰の目を想像すると、ブルーの心拍は速くなる。しかし彼はすぐに気を落ち着け、マゼンタの問い掛けに頷いた。
―――――――――――――――――――――――――
 その頃、本当にレッドたちは爆発ギルバスに手を焼いていた。イマージュエルに分離して爆発ギルバスに追い付いた彼らだが、光の盾を使うために再びシンゴウキングに合体。

 すると爆発ギルバスは待ってましたと言わんばかりに、タコボンバーをばら撒く。それを消す為にシンゴウキングはピジョンブラッドの水を撒こうとするが、爆発ギルバスはそれを妨害する為にヒット&アウェイ戦法を敢行。当たり自体はシンゴウキングをよろめかせる程度だが、一歩後ろに足を送ると、そこでタコボンバーを踏んでしまう。

 堅牢なイマージュエル製の機体がそれで損傷することはないが、搭乗者の三人にそれなりの衝撃は伝わる。こんな状況が続いていた。

 だがそこに、救いの音が聞こえてきた。

「これは……ガーネットとサファイア!」

 独特なローター音と排気音が耳に入ると、レッドら三人はメットの下で顔を輝かせた。そんな彼らの期待を受けて、マゼンタとブルーは心を合わせる。

「行きますわよ。飛翔合体!」

 マゼンタの合図の後、二人は同時に叫んだ。新たな合体の名前を。

 すると、ガーネットとサファイアは変形を始める。
   サファイアはスカートの下に折り畳んでいたパーツを出し、かつ船首を左右に展開し、四肢を作る。船首が分かれた間には、尾翼と機首を折り曲げたガーネットが収まり、これで人型ができる。
    青が基調で、胸板と頭部だけがピンク色の。大きさはホウセキングはおろか、シンゴウキングよりも小さい。しかし、ガーネット由来の一つとサファイア由来の二つ、三つのプロペラを持っている。
    誕生したのは空の想造神だ。

「完成! ハバタキング!!」

 ブルーが左、マゼンタが右に並び立つコクピットの中、マゼンタがこの想造神に命名した。この合体を見届けたレッドら三人は、思わず感嘆する。

「また私が暴れますから、ブルーにはフォローをお願いしたいですわ」

「俺もそのつもりだ。お前のインスピを炸裂させろ!」

 マゼンタとブルーは互いの思惑を把握していた。

 そんな彼らの意思を受け、ハバタキングは動き出す。三つのプロペラの回転数を上げると、目にも留まらぬ速さで爆発ギルバスに迫り、すれ違いざまに手刀を繰り出して通り過ぎた。
   衝撃は軽微だったが、この攻撃は爆発ギルバスの神経を逆撫でした。爆発ギルバスは怒りを露わに、ハバタキングに向かっていく。逃げるハバタキングは急上昇したり急旋回したりと、複雑な動きで爆発ギルバスを翻弄する。
 見ている側は目が回りそうだが、彼らはそれでは駄目だった。

「レッド、解ってるよね? 行けそうだったら、水を撃つよ」

 そう言ったのはグリーン。イエローを挟んで彼女の左に居るレッドは、その声に頷いた。

「勿論。出番なしは嫌だからね。イエローとグリーンも、力貸してください!」

 グリーンの問い掛けに応じたレッド。彼の声にイエローとグリーンは頷く。三人の思惑は一致していた。いや、三人だけではない。ハバタキングのマゼンタとブルーもだ。

「今です! シンゴウキング、お願いしますわ!!」

 マゼンタがそう叫ぶと、ハバタキングは急上昇して爆発ギルバスの視界から消える。すると、その位置にはスッポリとシンゴウキングが当てはまった。
 慌てて爆発ギルバスは逃げようとしたが、それより先にシンゴウキングはピジョンブラッドの梯子から放水した。
 激流が爆発ギルバスに直撃し、大いに苦しめる。

「ブルー、地雷の位置は見えますか?」

 激しく燃え盛る海岸沿いを見下ろしながら、舞い上がったハバタキングの中でマゼンタがブルーに問う。激しい炎が視力を貸してくれたので、ブルーは即座に「この角度で突撃すれば、奴を地雷に落とせる」と返せた。
 すると、すかさずハバタキングは爆発ギルバスに向かって降下し、その過程で右足を振り上げながら時計回りに回転する。

「花英拳奥義・ほうおち椿つばき!」

 ハバタキングは回転動作に乗せた右踵の打撃を、爆発ギルバスの頭部に叩き込んだ。蹴りの威力に降下の勢いが合わさり、爆発ギルバスは地面に向かって真っ逆さまに墜落する。自分が放った地雷のある場所に向かって。
 そのまま一直線に、爆発ギルバスは地面のタコボンバーに衝突、大爆発の炎に包まれた。
 飛び散った火の粉と共に、青とピンクの光の粒子が周辺に飛び散る。煙が止んだ時、その場所に爆発ギルバスの影は見受けられなかった。

「宝暦八年、五月十三日、午後八時四十七分、憎悪獣を殲滅」

 ブルーがブレスに戦闘の終了を告げ、ホウセキVは今回の仕事を完了させた。

   

 先週の木曜日は、マゼンタが独壇場も同然の活躍で、爆発ゾウオと爆発ギルバスの撃破に貢献した。

 それは良いが…。

 ところで十縷は昨日、伊禰に「あれは犯罪レベル」などと言われていたが、本当に何をしたのか?


 伊禰は駅のホームで電車を待つ間、ふと思い返していた。

(時雨君って、ジュール君と似てますわよね? 実行したか、想像で留めたかの違いだけで。まあルビーとサファイアで、同じコランダムですからね…)

 そんなことを思いながら、伊禰は鼻で笑う。しかし、思い直すように顔を左右に振り、顔を引き締めた。

(いけませんわ。こんなこと、彼に喋ったら一大事です)

 彼って誰?
 という新たな疑問が浮上したところで電車がやって来て、伊禰はこれに乗車した。

 ゾウオと憎悪獣を撃破したホウセキVは、キャンピングカーで寿得神社に帰投した。神社の駐車場に着いた時、急に伊禰が言った。

「あ……。私はやることが少しございますので。リンゴは先に召し上がっていてください。車の鍵は後でお渡しします」

 伊禰の用件について時雨は何も問わず、そのまま伊禰に車の鍵を渡した。伊禰は「リンゴ、取っておいてくださいな」と言い、先に向かった一同を見送った。

 離れへ続く杜の道を進む途中、疑問を声に出したのは和都だった。

「姐さん、車に何の用事があるんですかね? 隊長、何で聞かなかったんですか?」

 しかし時雨の方は、特に頓着していない。「応急措置セットの補充か、栄養ゼリーの補充だろう」と簡素に返した。順当な予想だった。
 しかし、その次に予想外の絶叫が轟いた。

「あ゛―っ!! 寮出た時に貰ったチラシ、車の中に置き忘れた!! あれ、デザインが良かったから取っておいたのに!!」

 いきなり十縷が叫んだ。アホくさい内容に一同はしらけ、時雨の「早く取って来い」という許可的なものを受けて、十縷は猛ダッシュで駐車場へと戻った。
―――――――――――――――――――――――――
 その時、伊禰はキャンピングカーの中で着替えていた。なんと彼女、自分が車内で普段着から道着に着替えていたことを忘れていて、駐車場に着いた時に気付いたのだ。
 着替えだけなら大して時間は掛からない筈だったが、今回はいろいろと悪条件が重なった。

「そう言えば、救急箱の中身は大丈夫でしょうか? 網野スタジアムで、かなり使いましたからね」

 イマージュエルの効果で、時雨と思考を共有してしまったのだろうか? いきなり救急箱の中が気になり、中の確認を始めた。道着を脱ぎ、黒いブラジャーとパンツしか身に着けてない姿で。
 という訳で、伊禰は下着姿のまま救急箱の中を確認し、足りないものを把握。補充のスケジュールを立てて、車内備え付けのメモ用紙に書いた。
 そして、その次……。

「何でしょうか、このチラシは? ああ、アイスクリーム屋さんが会社の近くにできるのですわね。行ってみましょうか」

 十縷が車内に置き忘れたチラシを、伊禰は発見してしまった。ところでこのチラシ、十縷にとっておきたいと思わせた逸品だ。そのデザインに、すっかり伊禰も見入ってしまった。一人だと思って油断して、下着姿のまま…。

「ああ、まだ開いてた! 祐徳先生、アイス屋のチラシ……」

 そこに十縷がいきなり現れた。想定外の展開に下着姿の伊禰は、慌てて両手を交差して乳に被せた。
 十縷も、まさか伊禰が下着姿とは思っていなかったので、頭が止まってしまった。

(ブラジャーとパンツだけ…。見て良いの!?)

 十縷は嬉しかったハズだが、刺激が強過ぎたようで、数秒後には絶叫して失神していた。その声は、広い寿得神社全体に響き渡った。
―――――――――――――――――――――――――
 光里たち三人は離れの直前まで来たところで、十縷の絶叫を遠巻きに聞いた。
   彼らに聞こえたなら、離れの中に居る愛作とリヨモにも聞こえており、愛作が不審そうな顔をして離れから出てきた。

「今の声、ジュールですよね?」

 そう言った光里に心配している様子は無く、くだらない話だろうと思っていた。
   それは他の面子も同様で、和都は「宝くじでも落ちてたんだろう?」と言っていた。
 とは言え、もしものこともあるので、光里たち三人は駐車場に様子を見に行くことにした。

   しかし歩いている途中、何故か光里の不安は増大した。

「何か、マズい気がするんですよね。先に行ってきます」

 光里は五輪選手の走力で、男二人を引き離して駐車場へと駆けていった。
    本気で走った光里と、無理に追わなかった和都と時雨。彼らの選択は正しかったと、光里は駐車場に着いた時に実感した。

「ちょっと、お姐さん! 何してるんですか!? 早く、服着てください!!」

 白いキャンピングカーに近づいた時、光里は見てしまった。居室のドアを開放したまま、伊禰が十縷を介抱しているのを。
   この時の伊禰は、まだ下着姿だった。

「あら嫌。ひかりんにも見られてしまいましたわ」

 光里に気付くと、伊禰は右手で十縷に措置を続けたまま、左腕で胸を抱えるようにして左右の乳を隠した。
    悠長な伊禰に対して、光里は焦る。

「とにかく早く服着てください! ワットさんと隊長が来ちゃいます!!」

 光里は伊禰に服を着るよう言いながら居室のドアを閉め、それから和都と時雨にブレスで連絡した。なるべく遅く来るようにと。

 

次回へ続く!


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