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社員戦隊ホウセキ V/第70話;蠢く陰謀

前回


   これは爆発ゾウオと爆発ギルバスがホウセキVに敗れた翌日の、ニクシムの動向だ。

「爆発ゾウオと爆発ギルバスも敗れたか……。しかし、恐怖や苦しみはニクシム神に届いている。順調だ」

 粘り気のある鉄紺色の光を激しく湧かせるニクシム神を眺め、ザイガは深く頷く。口調は音の羅列でしかないが、鈴の鳴るような音が彼の満足感を表している。
    しかしその隣で、マダム・モンスターは悩みの表れか眉間に皺を寄せていた。

「沢山の仲間が倒されたのも事実。スケイリー以外のゾウオは、もう剛腕ゾウオしか残っておらん……」

 仲間思いの首領は、ニクシム神を強化する為に犠牲となった仲間の存在を忘れていない。この点が、能力主義の将軍との決定的な違いだった。

「次に剛腕ゾウオが暴れてくれば、ニクシム神は更なる強さを得ます。そうすれば、ゾウオになれるレベルのウラームも多数生まれるでしょう。加えて、黒のイマージュエルも地球に送ることができるようになります。いや、スケイリーの方が適任でしょうか? 生まれたウラームをすぐ殺すのは、剛腕ゾウオ以上に奴ですから。奴が地球に赴けば、ウラームも減らずにニクシム神にも恐怖が捧げられる」

 鈴の音を鳴らしたままザイガは語る。この考え方は、マダムとは相容れなかった。

「ゾウオもウラームも使い捨てではない! 仲間なのだぞ! “   代わりは、いくらでも生まれる  ”  などという考えは今すぐ捨てよ!」

 マダムは怒りを露わに、ザイガに怒鳴りつけた。それこそ、掌から紫の炎でも発しそうな勢いで。
    ザイガは鈴のような音を止め、代わりに鉄を叩くような音を立てた。

「申し訳ございません。図に乗り過ぎました。慎みます」

 ザイガはそう言うと踵を返し、ニクシム神の祭壇の前から立ち去った。


(マダム・モンスタ。奴は懐に入れた者に甘い。己が仲間と呼ぶ者は、無条件で尊重しようとする。愚かしい。我が愚兄、スラオンと大差が無いかもしれん)

 ニクシム神の祭壇を出た後、洞窟のような廊下を歩きながら、ザイガはそんなことを考えていた。

    先の彼の言葉は本心ではなく、これ以上揉めると面倒だから取り繕ったに過ぎない。
    しかしあの時、彼は喜びを意味する鈴の音を消し、驚きを意味する鉄を叩く音を出した。なんとザイガは感情の音を消せるだけでなく、偽装できる術も身に着けていたのだ。

 ジュエランド人ながら感情を覚られなくなったザイガは、心の中で呟く。

(憎しみが私を強くした。そして、あの奇人と共に居れば、憎しみも適切に使いこなせる。もう少し、行動を共にしよう)

 何を企んでいるのは不明だが、そんなことを考えながら歩いているうちに、ザイガは地下空洞の上、小惑星の表面に移動していた。

 そこで最初に彼が目にしたのは、スケイリーとゲジョーだった。

「ウラームを殺したら、お前を殺すだと! ザイガめ、自分の方が強いと思って図に乗りやがって! いつか奴を超えて、殺してやる!!」

「ご理解ください。今回の作戦に必要なので……」

 怒号を上げるスケイリーは杖の先端に法螺貝の装具を付け、宇宙空間に向かって火球を放っていた。その火球は付近に浮遊していた、大きな岩程度の大きさの小惑星に炸裂し、粉砕する。
 そんなスケイリーを宥めていたゴスロリのゲジョーは、ザイガが現れると息を呑んで目を丸くした。

「ザイガ将軍……! いつもながら的確な作戦、見上げるばかりです……!」

 スケイリーの怒号を聞かれたと思ったゲジョーは、その場を取り繕おうと頑張った。その様はザイガの目には滑稽に映り、鈴のような音を立てながら二人に近づいた。

「ゲジョー、ご機嫌取りは不要だ。その程度で怒る程、私の器は小さくない」

 ザイガはまず、スケイリーの言葉を聞いていたと間接的に明かした。この言葉にゲジョーは慄くが、彼から湯の沸くような音は聞こえない。怒っていないのは本当なのだろうと、少し安堵する。
 一方のスケイリーの方は悪びれた様子を見せず、舌打ちをする始末。そんな不満剥き出しのスケイリーに、ザイガは告げた。

「お主も将軍なのだから、軍の利の為に動かなければならない。生まれたばかりのウラームを苛立ちの捌け口としなくなった点、評価しよう」

 そう言ったザイガは、後方を振り返った。そこはニクシム神の祭壇の真上に当たる位置で、鉄紺色の光が粘液のように湧き上がって、次々とウラームが生まれている。その数は数えきれない。小惑星の表面がウラームで埋め尽くされそうな勢いだ。
    その様を見て、ザイガは鈴のような音を鳴らしながら大きく頷いた。

「この数なら、次の作戦とその次の作戦も、予定通りに決行できるな。ゲジョー、また一仕事頼むぞ」

 ザイガに無機質な声を掛けられ、ゲジョーは不敵な笑みを浮かべる。

「畏まりました。ようやく、この時が来ましたね。前振りが遠い過去だったように思えます」

 ゲジョーはしみじみと語った。
    ところで前振りとは一体? 謎が多かった。


 新杜宝飾の健康診断も終わった、五月二十一日の金曜日。午後七時半頃、ようやく外回りを終えた時雨はスーツ姿のままコンビニで惣菜パンを買い、それをコンビニの隣の公園のベンチで齧り、夕食としていた。

 そこに偶然、同じ営業部の社員が通り掛かった。

「おっ、北野さん。奇遇ですね。調子はどうスっか?」

 和都と同期入社で、短距離走部にも籍を置く掛鈴礼だった。掛鈴は時雨に話し掛けた勢いで、そのまま彼の隣に座った。そして、時雨と同じく惣菜パンを食べ始める。
 口数の少ない時雨に対して、掛鈴は饒舌だった。

「そう言えばGWの即売会、驚きましたね。あの美少女ですよ。北野さんのファンだっていう。あんな子が実業団剣道のファンだなんて、意外過ぎで……。イケメンには美女が寄って来るんですかね? 確かに、名前は……下条クシミさんでしたっけ?」

 掛鈴が振った話題は、去るGWに行われた展示即売会のことだった。彼は強烈に憶えていた。会の初日、五月一日の土曜日、午後二時頃に現れた、下条クシミという少女を。

 この少女の話になると、余り表情を見せない時雨の顔が、一瞬だけ頬を引き攣らせた。

(ゲジョーか……。奴は一体、何の目的で……)

 勿論、掛鈴は下条クシミと名乗ったその少女が、まさかニクシムの尖兵とは知らない。
 そして、時雨も彼に話す気は無い。ただ、一人であの日のことを思い返していた。

 去る五月一日の土曜日。午後二時頃、本社ビル横の催事場で行われた展示即売会に、下条クシミことゲジョーは唐突に現れた。
   ツインテールを解き、水色のニットと黒いロングプリーツのジャンパースカートを着ていたが、紫のピアスと緑のペンダントを忘れずに装着していた彼女は、たまたま捕まえた掛鈴に自分を時雨の元まで誘導させた。

「彼女、新杜の剣道部のファンで、特に北野さんが強いから好きなんですって。この機に、北野さんの顧客になりたいみたいで……」

 掛鈴はそう言って、小綺麗なこの少女を時雨に引き渡した。なお、母親が新杜宝飾の会員で、この即売会の存在を知ったらしいと、掛鈴は語っていた。
最初、時雨は、この妙な少女が何者なのか解らなかった。
   それを察したのか、彼女はすぐに正体を明かした。

「これから緑の戦士の試合だが、どうせこの仕事で観れんから構わんだろう。旧作でもいいから、JKでも買えそうで且つ洒落たジュエリーを紹介してくれ。青の戦士よ」

 周りを気にせず専門用語を連発しながら、その出立ちを一瞬だけゴスロリのドレスとツインテールに変えた彼女。これで時雨は彼女が何者なのか覚った。
    それから彼女は自分の名前は【ゲジョー】で、ニクシムの諜報員であると明かしてきた。

「このピアスは【ニクシム神】、ジュエランド人が【伝説のダークネストーン】と呼ぶ石と交信する為の物だ。まあ、恐れるな。どうせ私程度の憎心力では、時空を歪めて移動するのが関の山だ。ゾウオのようなことはできん。ペンダントの石は力の弱いイマージュエルで、こちらの方が使い勝手は良いが、姿を変える程度のことしかできん。だから気にするな。私など、恐れる存在ではない」

 ゲジョーは自分の装具の説明をして、戦意が無いことを強調する為かニクシム神と交信する道具であるピアスを外した。しかし、時雨は警戒心を解かない。

「何の目的でここに来た? そもそも、どうやってこの会の存在を知った? いや、どうやってシャイン戦隊が俺たちだと知った?」

 おそらく相手は答えないだろう……と思いながら、時雨はゲジョーに尋ねた。対するゲジョーは、意外にもこの問にちゃんと答えた。尤も、嘘か本当かは不明だが。

「ニクシムのザイガ将軍は、ジュエランド王家の出身で寿得神社にもいらしたことがある程だからな。初めから、新杜宝飾に目を付けられていた。後は、お前らが使っている車を覗き込んだり、会社のHPを見たりすれば余裕だろう。お前と緑の戦士は、顔の知れ渡った会社の広告塔なのだから」

 ゲジョーは語りながら紺色のカバーをつけたスマホを取り出し、新杜宝飾のHPを開いてみせた。そして、即売会のページや運動部員の紹介のページを次々と開く。
   そして、アナタクダに戦いの映像を投稿しているのは自分だということも明かした。

「このスマホにもイマージュエルが内蔵されているからな。憎心力を働かせることができる。車の窓が黒くても、中を透かすくらいは簡単だ。ただ、車の中はアナタクダには投稿する気が無いから安心しろ。私も、目立ち過ぎるのは避けたい」

 と、自分の情報を次々に躊躇いもなく明かしていくゲジョー。しかし、一つだけ時雨の質問に答えていない内容があった。

「で、何の目的で来たんだ? 宝石を買う為ではないだろう」

 そう。ここに来た本当の目的だ。そう問われると、ゲジョーは不敵な笑みを浮かべた。

「お前をニクシムに勧誘する為だ」

 そう聞いた途端、時雨は全身に寒気が走るのを感じた。そして「ふざけるな」と静かな声で即座に拒絶したが、ゲジョーは痛い点を突いてきた。

「お前、元々はこの国の兵士を目指していたのだろう? 兵士の学校に居た頃は、随分と優秀だったようだな。それが何故、宝石屋の営業などやっている?」

 ゲジョーはスマホを操作して、昔のHPを出してきた。そのHPには、【宝暦二年度・全日本大学剣道選手権・優勝・北野時雨(国防大学校・四年)】という記載があった。
    相手の情報収集力に時雨は驚いたが、これは序の口だった。

「お前、随分と不当な目に遭っていたのだな。ザイガ将軍が憐れんでいたぞ」

 そう言いながら、ゲジョーはとあるSNSを見せて来た。それには、こんなことが書かれていた。

『俺を陥れようとした奴がいた。彼女と抱き合っていたら、それを見た奴が痴漢だと騒ぎ立てたんだ。勿論、嘘はすぐにバレた。そいつは国防隊に居られなくなった。成績は良かったのに、人格はクズ。勿体ない奴だった』

 時雨は筆者が誰なのかを一瞬で理解し、明確に怒りを顔に表した。そんな時雨に、ゲジョーは言った。

「お前は陥れられて、不当に排斥されたのだ。有能だったにも関わらず。こんな国の為に戦う必要は無い。ニクシムに入らんか? ニクシムなら正当に評価されるぞ」

 熱烈な勧誘だった。だが時雨の答は、何を言われようと変わらない。

「お前らの味方になる気は無い。俺は自分の国を滅ぼしはしない。マ・ツ・ザイガのようには、絶対にならん」

 こう言われると思っていたのか、ゲジョーは鼻で笑った。そして、ふと即売会のパンフレットを手に取り、商品の写真を眺め始めた。

「この青いピアス、いいな。値段も手頃だ。サンプルを持ってきてくれるか?」

 いきなり話題を変え、客になったゲジョー。時雨は言われるまま、和都がデザインした、五粒のタンザナイトで花を模ったピアスを持ってきた。ゲジョーはこれを試着し、ご満悦の様子だった。

「再結晶の安石にしては上出来だ」

 そしてゲジョーは【アナタクダで得た収入の謝礼】と称して本当にピアスを購入した。そして、去り際に言った。

「明日は三時から、女子100 m走の決勝だな。緑の戦士、一月のように欠場にならなければ良いな。次の五輪出場を考えると……」

 その翌日の午後三時、刻律競技場の近辺に念力ゾウオが出現したのは、既知の話である。

  

次回へ続く!

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