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社員戦隊ホウセキ V/第71話;摩天楼への襲撃

前回


 五月二十一日の金曜日。午後七時半頃、時雨が公園のベンチで一人、総菜パンだけの侘しい夕食を摂っていたら、偶然、同じ営業部の掛鈴が通りかかった。

 一人の侘しい夕食が二人になるや、掛鈴がGWの即売会に現れた少女・下条クシミの話を振ってきた。

 約三週間前のことを思い出した時雨。
 ゲジョーは実に多くの情報を把握しており、時雨の過去すら知っていた。

 当時の時雨は、ゲジョーが自分に接触した件を、ちゃんと社長兄妹や副隊長の伊禰に伝えた。
   しかし、ゲジョーが自分の過去を把握していて自分をニクシムに勧誘してきた、という件は伝えなかった。伝えることに、恐怖に近い感情を抱いていたからだ。

(伊禰たちはどう思うだろう? 俺の過去を知ったら……)

 時雨の表情は自ずと厳しくなり、切れ長の目が更に刃のように鋭さを増した。その気配は、話し掛けた掛鈴に話を続けるのを躊躇わせた程だ。
 だが、この微妙な時間は長続きしなかった。

『みんな、ニシクムだ! 九本木に現れた。社員戦隊、今すぐ出動してくれ』

 時雨の左手首に巻かれた腕時計が青い光を放ちながらホウセキブレスの姿になり、緊迫した社長の声を伝えてきた。間近でこの光景を見た掛鈴は、かなり驚いていた。

「すっげー。初めて見た……。時間外労働、大変ですけど、頑張ってください!」

 感嘆する掛鈴に見送られ、時雨は公園から走り去る。


    ところで、ブレスの通信を無関係者に見られずに済んだので、寂れた公園で夕食を採ったのは正解だったのだろう。


 その後、時雨は和都の運転するキャンピングカーに拾われた。助手席には和都と共に寿得神社から乗っていただろう十縷が陣取っていたので、時雨は居室の方に行った。
 既に居室には光里が居た。競技着姿だったので、練習を中断して駆け付けたのは想像に難くなかった。

 そして、キャンピングカーは最後に伊禰を拾い、かくして全員集合となって目的地へ向かう。

「しかし、ニクシムはタイミングが悪いですね。ギリギリ筋肉屋を出たところだったけど、危うく大将にバレるところでしたからね」

「まあでも、場所は悪くねえな。回り道無しで、全員乗せることができたから、ロス無しだ。被害が広がらねえうちに、片付けるぞ!」

 運転席と助手席で十縷と和都が話していると、このタイミングでリヨモが各位のブレスに現地の映像を送ってきた。今回の映像は、ここ最近では珍しいものだった。

「ウラームですわね。しかも、沢山……。意外ですわね」

 珍しいのは、伊禰が言った通り。出現したのは多数のウラームだった。ゾウオより戦闘力の劣るウラームのみが送られてくるのは、四月一日以来、約一ヶ月と三週間振りだ。

「僕ら、もうゾウオで慣れてるから、ウラームだったら三秒で一掃ですよ!」

 そんな調子のいいことを言ったのは十縷だ。最近、ゾウオ相手に連戦連勝なので、彼はウラームを侮っていた。しかし、そんな態度はすぐに苦言を呈される。

「レッド、甘く見るな。ウラームは多数現れている。対応が遅れれば、その分だけ犠牲者が出る。力だけで判断せず、慎重に考えろ」

 勿論、これは時雨の言葉。隣の和都からも「調子乗んなよ」と小さな声で言われ、十縷はすっかり小さくなった。それはさておき、今回の仕事も決して楽そうではない。

『ウラームは九本木ヌーンに侵入して、各階に散らばってる筈だ』

 楽そうではない理由は、新杜の言った通り。九本木ヌーンは高層ビルで、美術館や映画館の他、店舗や企業の事務所も入っている複合施設だ。午後七時台ならまだ多くの店舗が開いており、地下から高層階まで多数の人が中に居る。
    そんな場所に多数のウラームが侵入したのだ。五人で対応するのは、正直厳しいのかもしれない。

「効率的に行きたいですね。社長、姫。ウラームが居る場所を、できるだけ具体的に絞れませんか?」

 時雨は寿得神社の二人にそう要求した。これに二人はすぐ対応し、リヨモの方から詳細な情報が来る。そして、それを受けて時雨は人員配置などを考える。
    また、愛作はこんな情報を付け加えた。

『九本木ヌーンはウチの直営店もあるから、さっき店長の榊に連絡した。その時はまだウラームは五階まで来ていなかったらしいが、近所の店にもこの件を伝えられるだけ伝えて、それから入れるだけお客さんを店に入れてシャッターを閉めるよう言っておいた。これで、少しは被害を食い止められれば良いが……』

 これに対して時雨は、「的確なご対応、ありがとうございます」と即答した。


 車内でリモート会議をしているうちに、キャンピングカーは九本木に着いた。既に方針は殆ど確定していたので、ホウセキVはすぐに変身して車外へと飛び出した。

 彼らが突入する高層ビル・九本木ヌーンの周辺は、【ドロドロ怪物が出た】という情報に発狂して逃げ惑う人々でごった返していた。
 ホウセキVの五人は押し寄せる人々に逆流する形で、九本木ヌーンへと突入していく。煌びやかなその姿は夜でも目立ち、「ピカピカ軍団だ!」と人々を更に騒がせた。

 そんな騒々しい人々を掻き分け、何とか九本木ヌーンの建物に進入した五人。入口ロビーには地下に通じる吹き抜けがあり、地下の店舗をウラームたちが襲撃している様子を見下ろすことができた。
 そこでは買い物客たちが、次々と餌食となっていた。

「じゃあ段取り通り。レッド、援護頼むよ!」

 グリーンは迷わず、吹き抜けから店舗の並ぶ地下へと飛び降りた。高さは5m程あるが、ホウセキスーツを着て強化された肉体なら問題ない。鮮やかに着地したグリーンは、すぐ短刀型のホウセキアタッカーを手に走り出し、目にも留まらぬ速さで近くから順に、人々を襲うウラームを攻撃する。グリーンの速さにウラームは対応できず、次々と斬られる。

 だがウラームは多い。グリーンの登場に気付くと、標的を一般人から彼女に変更して次々と向かっていく。このままではグリーンはウラームに包囲されそうだが、その心配は無い。

「援護射撃、行くよ!」

 まだ一階ロビーから吹き抜けを見下ろしていたレッドが、地下にガンモードのホウセキアタッカーを向け、引き金を何度も連続で引いた。
 赤く光る弾丸が、螺旋状なり波状なり不可思議な軌跡を描きながら、地下に降り注ぐ。弾丸はグリーンや一般人を巧みに避けつつ、ウラームのみに命中する。

 なお、グリーンは動き回っているので、向いている方向が頻繁に変わっていたが、レッドの弾丸はその都度グリーンの死角になったウラームを捉えていた。
 グリーンの方も、弾丸がどう曲がるのかレッドと事前に打ち合わせていたかのような動きで、弾丸を避けてウラームを斬る。二人の息はピッタリだった。


 ブルーたち三人は上の階を目指す。このビルは数十階まである高層ビルなので、一階につき一人が対応することとなった。

 厳しそうだがウラームも分散していて、一階当たりに居た数は少なかったので思ったより大変ではなかった。各階で暴れていたウラームたちは、確実に殲滅されていく。

 と言っても、出現したウラームは多い。

『まだ十四階と十六階、それから二十二階と二十五階と二十八階にウラームが居る。十四階にはマゼンタが向かった。だからブルーかイエロー、先に片付けた方が十六階に行ってくれ。レッドとグリーンは、二十二階と二十五階を頼む』

 愛作とリヨモは、各階のウラームと戦闘の様子を逐一把握し、隊員の手が空き次第、まだウラームの居る階に行くよう指示を出す。その指示は的確だったが……。

「二十二階って……。このエレベーターなら行けるね」

 このビルは背が高く、構造が複雑だ。目的の階に行く為に、どの階段やどのエレベーターを使えばいいのか、すぐに解らない。これで少し時間を食っていた。

「こちらイエロー。九階のウラームを殲滅。これから十六階に向かいます」

 隊員たちはブレスを使って、寿得神社と仲間たちにリアルタイムの情報を伝える。

「こちらブルー。八階のウラームを殲滅。イエローが十六階なら、自分は二十八階に向かいます」

 と、ブルーがブレスに伝えた時、ブレスの向こうから厳しい事実が伝えられた。

『二十八階のウラーム、オフィス用のエレベーターに乗りました。上に向かっています』

 更に上へと移動したとのことだ。この嫌な連絡は、リヨモが一定な声で淡々と伝えることで、聞いた時の疲労感が増強されていた。タイムロスの蓄積とビルの高さの都合、こんな展開は想像に難くないが、改めて言われると厳しい。

(萎えるな。人命が懸かっている。泣き言を言っている暇など無い!)

 それでもブルーは自分を奮い立たせ、上層階を目指して走った。


次回へ続く!

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