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社員戦隊ホウセキ V/第72話;招かれざる援軍

前回


 五月二十一日の金曜日。午後七時半頃、九本木ヌーンたる大型商業施設がニクシムに襲撃された。社員戦隊はすぐさま急行したのだが…。

 意外にも出現したのはウラームのみ。しかし数の多さ、更には高層ビルという複雑な構造を生かし、ウラームは分散して猛威を振るう。

 下層階から上っていく形で、ウラームを撃破していく社員戦隊。

 そんな中、リヨモから嫌な知らせが入った。

『二十八階のウラーム、オフィス用のエレベーターに乗りました。上に向かっています』

  

 このビルは、三十階以上の高層階がオフィス階になっていて、それ以下の階を結ぶエレベーターとは別のエレベーターでないと行けない構造になっていた。

 この時、二十八階に行こうしていたブルーは、行き先の変更を余儀なくされた。


 九本木ヌーンの三十五階で、エレベーターのドアが開く。降りて来たのは、人間ではない。

 直立二足歩行の姿勢こそ人間と同じだが、褐色の表皮と甲殻類のような顔を持ち、全身にHgやCrなど元素記号に似た白い模様を持っている。ウラームだ。

「シーアー! シィィィィ…!!」

 エレベーターから降りたのは三体。エレベーターホールに躍り出た彼らは顔を忙しなく左右に動かす。まるで、隠れている獲物を探すかのように。


 まだ時刻は午後八時前。上層階には地上の情報が伝わりにくく、何も知らずに働いている人々は多数いた。今からウラームに襲撃されるこの企業も、その一つである。

「えっ!? 嘘でしょ!? ドロドロ怪物!?」

 その企業は、ガラス戸一枚で共用部の廊下から仕切られているだけで、誰でも簡単に進入できる。オフィス階に降りた三体のウラームも、ガラス戸を開けてその企業の敷地に侵入してきた。

 その時、企業の敷地には六名の人が居た。全員が普段着風の格好をしていて、年齢は三十代以下のようだ。若手社長が作ったベンチャー企業のような雰囲気があった。
 それはさておき、熱心に残業していただろう彼らは、招かれざる来客の姿に息を呑んだ。そんな彼らに、三体のウラームは容赦なく襲い掛かる。

『急げ、ブルー! 三十五階で会社が襲われている!!』

 エレベーターを乗り継いで三十五階を目指すブルーのブレスから、切迫した愛作の声とリヨモが発する鉄を叩くような音が聞こえてきた。ブルーは焦る。

(急がないと、被害者が増える……! 急げ! 誰も傷つけさせるな! 折角、人を助けられる機会を授けられたんだ! 無駄にするな!!)

 焦りながらも、ブルーは自分を鼓舞させた。それでも、物理的な距離は簡単には縮まらない。



 焦っているのは、寿得神社の愛作とリヨモも同じだ。

(マゼンタとイエローも上に向かい始めたが、彼らからは遠い。時間が掛かり過ぎる。レッドとグリーンは、まだ持ち場のウラームと戦っている……。)

 リヨモのティアラが投影する現状は厳しい。
 会社の人は三人が斬られて苦しんでおり、残りの三人は壁際に追い詰められている。このままでは、彼らもウラームの攻撃を受けそうだ。

 ブルーはようやくエレベーターを降りたが、それでも会社の敷地まで瞬間移動できる訳ではない。このままでは…。


 そんな悪い想像が頭を過ったその時だった。

「フグッ?    シアー?」

 追い詰めた人を鉈で斬ろうとしていたウラームたちが、ふとその手を止めた。激しい音が聞こえたからだ。激しく回転するモーター音と、ガラス板に強風がぶつかる音だ。その音は、羽目殺しの窓ガラスを設けた壁の方から聞こえてきた。

「この音は……、ヘリコプター? ガーネットでも呼び出したのか?」

 寿得神社の愛作とリヨモは、ティアラが投影する映像と共にその音を確認した。
    この音がヘリのローター音と判断した愛作は、マゼンタがガーネットを召還したと推測したが、ブレス越しにその声を聞いた現場のマゼンタは、すぐにそれを否定した。リヨモも、五色のイマージュエルが出撃した気配は無いと言う。
    なら、この音の主は?

「国防隊だと!? どういうことだ!?」

 ティアラが投影する映像では、窓の向こうに【国防隊】と機体の脇腹に書かれた深緑色のヘリコプターが見えた。その文字に、愛作は驚いた。


 ウラームが動きを止め、愛作が驚いているうちに、ヘリはビルの屋上へと向かい。そこに降りる。それから程なくして、太めの綱が四本ほど、ウラームたちの居る部屋の窓の方へと垂らされた。ヘリに乗っていた者たちが、屋上から降ろしたのだ。

「突入する気でしょうか?」

 映像を見るリヨモが、心配するように耳鳴りのような音を鳴らし始めた、その次の瞬間だった。


 迷彩服に身を包んだ戦闘員らしき者たちが綱を伝って降りてきて、腰から取り出したハンマーのような物で堅牢な高層階のガラス窓を叩き割り、そのまま部屋の中に入り込んできた。綱が降ろされてから五秒足らずの早業だったが、この行動には問題があった。

「フグゥゥゥゥッ!!」

 窓ガラスが割れると、ビル風が室内へと一気に流れ込んできた。その強風は室内にあった紙類を盛大に巻き上げ、襲われていた社員たちもろともウラームを攪乱する。

 風の効果はそれだけに留まらず、室内の空気の量を急激に増やした。その影響で、廊下に通じるガラス戸と、先程は割られなかった窓ガラスが砕け散った。
 盛大にガラス片が飛び散り、下に刃の雨が降った。地上に屯していた野次馬たちが何人か負傷した。

「何故、国防隊が来た!? ニクシムにノータッチだと、対超常生物法で決まってたんじゃないのか? しかも何だ、この乱暴なやり口は!?」

 ホウセキVの中で最も現場に近づいていたブルーは、ブレスが投影するティアラが受信した映像を見て焦り、更には憤りすら覚えた。
 そして次の瞬間、国防隊の隊員たちは更に乱暴な手段を選択しようとし、ブルーは血の気が引いた。

「やめろ! 横に人が居るのが見えないのか!? 撃つな!!」

 ビル風が荒れ狂う室内で、四人の隊員たちは自動式の小機関銃で、ウラームを撃ち始めた。激しい銃撃にウラームたちは怯むが、死にはしない。怒りを露わに、国防隊の隊員に向かっていく。
    すると、国防隊の隊員たちもより激しく発砲し……。
    室内は修羅場と化した。逃げ遅れた人々が居るのに……。


 ブルーはブレスの映像を見ると同時に、強化された聴力でそれらの音を遠巻きに拾っていた。壮絶な銃声、物の壊れる音、そして悲鳴を。

(この無計画な暴走……。まさか、あいつか?)

 ブルーは必死に廊下を走った。十秒程度で現場に着いたが……。
 そこで見た光景は、激しかった。

 激しい銃撃の前に、三体のウラームうち一体が斃れ、臭くて黒い泥と化した。残った二体も傷つき、うち一体は鉈を持った腕を吹っ飛ばされた。
 だが弾切れか、銃撃はそこで止んだ。

「攻撃、続行します」

 隊員の一人が囁くように告げると、千切れたウラームの腕から鉈を取った。そして鉈の持ち主だった片腕になったウラームに突撃し、そのまま斬り掛かった。
    銃撃で弱っていたこの個体は大した抵抗もできずに斬られ、臭くて黒い泥と化した。

「フグッ…!」

 最後の一体は自分の鉈で仲間を斬った隊員に挑もうとした。しかし、別の隊員に後ろから組み付かれた。
 この隊員が大柄だったことと、この個体も銃撃で弱っていたことの相乗効果で、最後のウラームは大した抵抗もできずに窓際へ運ばれた。そして大柄な隊員は、そのまま割れた窓からこのウラームを地上に落とした。

 その五、六秒後に、地上の方から騒ぎ声が聞こえてきた。その声は、落ちてきたウラームに騒ぐ群衆の様子を、簡単に想像させた。


 かくして三体のウラームは葬られ、出現した全てのウラームが撃破された。
 しかし、ブルーは納得していなかった。

「ふざけるな! 周りを見ろ! 国防隊はいつから暴力組織に成り下がった!?」

 激高したブルーが、四人のうち一人の隊員の胸座を掴んで怒鳴りつけた。
 彼が怒った理由は、「周りを見ろ」という言葉に現れている。戦闘の煽りを受けたのか、室内に居た社員たちは負傷し、流血して苦しんでいる。更にここからは見えないが、地上では落下したガラス片で多くの野次馬が負傷している。
 ウラームを倒せても、負傷者が出たことに、ブルーは怒っていたのだ。

 ところでブルーが掴み掛かった者は、鉈を奪ってウラームを斬った隊員でも、最後のウラームを窓から落とした体格の良い隊員でもなかった。

「まあまあ、抑えて。場外乱闘はこのくらいにしましょう」

 ウラームを窓から落とした隊員は、ブルーと彼が掴む隊員の間に割って入り、何とかブルーを宥めようとした。
    これに反論しようとしたブルーに、二体目のウラームを斬った隊員が言った。

「落ち着け、北野。そういうところ、昔から変わらないな、お前は」

 この隊員は女性で、語り口から察するに、ブルー=時雨とは知り合いのようだ。
 そして掴まれた隊員は、別の隊員に庇われながらブルーに憎まれ口を叩く。

「シグたん。相変わらず、僕が嫌いだね。僕だけに掴み掛かるとか、おかしくない? これ、問題行動だよ。お宅の社長に苦情電話入れようかな?」

 この隊員もまた、ブルーのことを知っているようだ。幼稚な喋り方をするこの彼は、ねっとりした視線でブルーを睨む。ブルーも五角形をした青い宝石のゴーグル越しに、この隊員を睨みつける。

 この雰囲気の中、マゼンタら四人が同時に到着した。

「これは一体…?」

 部屋の真ん中ではブルーが国防隊員と対峙し、激しく言い争っている。

 そして壁際では、負傷した会社員たちが苦しんでいる。

 この光景に、マゼンタら四人は暫く沈黙していた。そんな彼らに、ブルーは指示を出した。

「マゼンタ。負傷者への対応を頼む。イエロー、グリーン、レッドはマゼンタの補佐を」

 ブルーは平静を保とうとしていたが、その声は些か怒りで震えているようだった。

 奇妙な光景と雰囲気にマゼンタらは困惑しつつも、ブルーの指示通り怪我人の対応に当たった。
 その間も、国防隊の隊員とブルーは口論をしていた。

(隊長の出身大学って、国防大学校だったよね。もしかして、知り合い?)

 マゼンタ主導で怪我人の対応に当たる中、レッドはブルーたちの方に目をやる。おそらく、彼らの間に浅からぬ因縁があるだろうことは、想像に難くなかった。


次回へ続く!


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