「精霊の守り人」感想文〜自分の中に息づく小説

小説は不思議だ。
架空の人物が私の中で息づく。
そして残り続ける。
でも全てがそうじゃない。
心に残る物は生きているものだと思う。
その人物が、作中でどれだけ生きざまを見せてくれたか。
感情を持ち、自分の心に従い行動し、懸命に生き抜く姿を見せてくれたかだ。
それがないと、人物はただの駒になってしまう。
私が「精霊の守り人」を好きなのは、登場人物が生きているからだ。
呼吸どころか、躍動して暴れ回っている。
この物語の主人公・バルサは暴れ馬だ。
彼女は中年の女用心棒であり、常人離れした短槍の腕と、強靭な精神力を持つ。
滅多なことでは眉一つ動かさず、判断力に優れる冷徹な武人だが、心には熱いものが流れている。
バルサは苛烈な運命によって平穏な生活から離され、武術の腕を磨き用心棒という稼業に就いているのだが、
この物語に登場するもう一人の主人公・チャグムも、自分ではどうすることもできない不思議な運命に翻弄される少年だ。

新ヨゴ皇国という舞台で、二人の運命が交わる場面から物語は始まる。
バルサがある事故に見舞われたチャグムの命を救うのだが、このチャグムという少年、実は帝の第二皇子なのだ。彼はまだ小さいが、皇族として下にも置かない扱いを受けており、庶民は顔も見る事がかなわぬ雲上人である。
だがバルサは彼の母親・二ノ妃からチャグムを護衛して逃げるよう頼まれる。
チャグムはその身体に精霊の卵を宿し、帝から命を狙われているのだという。
息子と今生の別れの覚悟を決めた妃の決意に触れ、バルサは多額の報奨金と引き換えに命を賭けた闘いに挑んでいくこととなる…。

まず、主人公バルサが無茶苦茶に強い。
強すぎるので、物語が進むにつれバルサに対する安心と信頼が揺るぎないものになってくる。読者は、かっこいいです姐さんとばかりに目をキラキラさせて付き従う事になるのだが、ただバルサが暴れるだけではいけない。彼女はチャグムを守る用心棒なのだ。
「護りながら、闘う」ことの難しさに舌を巻きつつ、血を流しながら戦い続けるバルサは物凄い存在感を放っている。

「精霊の守り人」は、そんなバルサに負けない魅力的な人物が続々登場するので、全く飽きない。
護られる立場の皇子・チャグムは十一歳。気位の高い少年だが聡明で強い心を持ち、作中で凄まじいスピードで成長するのが目覚ましい。

そして、呪術師トロガイとタンダ。
トロガイは当代一といわれる呪術師。
新ヨゴ皇国の先住民・ヤクーの血を引く老婆だが、そのキャラクターは「憎まれっ子世にはばかる」ということわざを彷彿とさせる痛快さである。

その弟子のタンダはバルサの幼なじみで、彼女より二つ年下の穏やかな男。
(タンダはこの作品随一の癒し)
バルサの負った傷を縫い、手当てをしてかいがいしく世話を焼いてやる。
バルサ・チャグムにとって、大きな精神的支柱となる重要な人物だ。
バルサとタンダの互いを思う絆の強さ、関係性の変化も、大人になって読むほど胸を掻き立てられ目が離せなくなる。
この小説はさまざまな絆の物語だと実感する。

絆によって人は成長する。互いに影響を与え変化していく。
それはバルサ、タンダ、トロガイなどの庶民だけではなく政(まつりごと)に関わる者も例外ではなかった。天ノ神の天子とされる帝、天にある星を読むことで国の行く道を導いてきた聖導師、その下で働く星読博士。
チャグムに関与する彼らの思惑と、チャグムを護り少年に宿った精霊の卵を孵そうと奮闘するバルサ達の意図が重なり、後半、共に闘う展開は心が熱くなる。

さらに、関わり合うのは人と人だけではない。
国と人間、自然と人間、精霊と人間、運命と人間、更には世界と世界…
(数えるとキリがないのだ)
この世「サグ」と、そこに重なるもう一つの世界「ナユグ」の存在。
ナユグは精霊の世界と考えると分かりやすい。ただ二つの世界は別々ではなく、バランスを保ち関与し合い、同時に存在している。
「守り人」シリーズを読むたびに、個人の力を超えた、遥か大きな力の存在について考えずにはいられない。
登場人物が個々の意思で懸命に生き、それが大きな力と作用し合って壮大な一つの流れに組み込まれていく。
この「精霊の守り人」も、当初は作者である上橋菜穂子さんも予想していなかったそうだが、十冊を越える長編シリーズの原点となった。
作中のバルサやチャグムの生命が大きく躍動し、私の宇宙にも影響を与え続けている。
心の中に残り続ける。


とても面白く、心の躍る小説です。
フォロワーさんの読書感想文に触発され、本棚から出して再び読みました。
きっかけをくれて本当にありがとうございます。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?