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NHKの「100分de名著」という番組で、三島由紀夫の『金閣寺』が紹介されていた。

『金閣寺』は半年ほど前に読み難しいと感じたが、そこに描かれている主人公・溝口の暗い内面には共感できる部分もあった。


理解できない部分は多かった。


ただ、何回も読み返すほどの熱意はなかったし、自分の周りにはもっと手軽な易しい本が溢れており、そちらの方が手っ取り早くワクワクできるのだった。
底知れない何かを持っているが複雑でとっつきにくい『金閣寺』は本棚に一時しまい込まれることとなった。


それがひょんなことから再び顔を出したのは「100分de名著」を見たからだった。
古今東西の名著といわれる作品をビギナーにも分かるように噛み砕き、要点を絞って解説してくれる有り難い番組だ。


『金閣寺』の回は作家の平野啓一郎さんが講師となり、読み解くカギを教えてくれる。
三島由紀夫の作品に向き合い続けてきた平野さんの解説により、新たな目を持ち認識を深める楽しさを味わえたので記したいと思う。





『金閣寺』のテーマ

この小説は実在の事件を元にしており(金閣寺放火事件)、主人公の学僧が凶行に及ぶまでの心理的葛藤を描いている。

テーマは美への嫉妬、絶対性への嫉妬、絶対性を滅ぼすこと。
これだけ見ると「?」なんだけど、頑張って読んでみれば案外共感できる、というか大なり小なりだれもが抱く感情がベースになっている。


劣等感、疎外感、あこがれ、怒り。
主人公の告白という形で、三島由紀夫が自身の内面をさらけ出している。
主人公は吃音があり、身体が弱い。吃音は主人公のモデルとなった青年の特徴、身体が弱かったというのは三島の持つコンプレックスだったらしい。


平野啓一郎さんは中学時代に『金閣寺』を読んで、文学が好きになったという。
緻密で美しい文体と、主人公の暗い内面の告白が対照的で、壮絶な印象を受けたと語る。


中学生で『金閣寺』を手に取る平野さんは強者かつチャレンジャーだなと思うけど、確かに、思春期にこそ刺さる要素がこの本には散りばめられている。


主人公・溝口は幼い頃から父に、金閣ほど美しいものはこの世にないと聞かされて育った。
溝口は金閣に憧れを抱き、その姿を最上の美として心に描く。


しかし同時に、美しさと自分は別々であり決して相容れないという思いにとらわれている。
吃音によって外部とのコミュニケーションが上手く行かず、孤独の中で考えを巡らすうちに美へのあこがれは屈折した。更に幾つかの出会いと経験によって歪な形に変わっていくのだ。


「金閣」=「天皇」の暗喩?

作中に登場する金閣は美の象徴だが、平野さんによると、金閣=天皇の暗喩ではないかという。
かつて天皇は絶対的な存在として君臨していたが、太平洋戦争を経て、日本の価値観が大きく変化した。
文壇の風潮も変わり、三島由紀夫が属した新浪漫派は右翼的だとして批判された。



『金閣寺』の中でも、戦争は大きなターニングポイントになる。
主人公・溝口は、戦火で金閣が消失すれば、同じ炎に焼かれるという点で自分と金閣は同一であり、共に滅びる時に一体化できるのではないかと感じていた。


けれど金閣は空襲で焼けなかった。
終戦後、溝口は「私たち」の関係が変わってしまったのを感じていた。
金閣はより堅固な美として、彼の前に立ちふさがったのだ。
溝口が現実を生きようと行為に踏み出すその瞬間、観念の金閣が現れることによって意欲はことごとく打ち砕かれる。


戦後社会に適応し生き抜こうとした自らを重ね合わせ、三島由紀夫はその心理を綴ったのではないかと平野さんは分析していた。


自分に足りなかったものは?

私は、主人公(=三島)と自分の共通点を見出しはしたが、作者が小説を書く動機や背景にまで思い至らなかった。


まずは単純に知識が不足していた。
三島由紀夫はどうも右翼思想の強い人で、最期は演説してから割腹自殺した、という何となく恐ろしいイメージがあったものの、それ以上深く知ろうとしなかった。


そして物事を、時代や社会を通して見る俯瞰の視点が欠けていたように思う。
俯瞰どころか、自分は特に視野が狭いタイプだという自負がある。


緊張のゾーンに入った時は、自分のぽっかり浮かんだ脳を想像すると少し楽になることがある。
その目をもっと引いてみて、社会が影響する個人について考えてみると、新たな発見ができる事が分かった。


小説は魂をかけた創作物

小説は娯楽ではあるけれど、作家が執筆にかける時間や労力は膨大なものだと思う。
特に、作者が主人公に自己の内面を語らせる一人称の小説は、作者のパーソナリティ、体験、そこから得た気付きや思考が如実に反映されている。


『金閣寺』は、主人公・溝口が
「美への嫉妬」「絶対性への嫉妬」
「絶対性を滅ぼすこと」という永遠の課題に取り憑かれ、苦い体験を繰り返しながら悪に目覚めていくストーリーだ。
その課題にとらわれていたのは三島自身であり、彼は自分を厳しく見つめ思考を突き詰めて文章を書いた。



小説には著者の人生・生き方そのものが反映されることもあり、時にはその人の存在をかけた主張が込められていることもある。
『金閣寺』を読み「100分de名著」を観ることによって、読書体験を深めることができた。
一つの作品に対する向き合い方、自分の“好き”を掘り下げる方法を教わった。


「100分de名著」の魅力

この番組は、専門家の先生が作品を読み解き、やさしく解説してくれる。

伊集院光さんがビギナーの視点から質問したりコメントしてくれるので、視聴者は置いてきぼりにならずとても有り難い。
伊集院さんはどの回でも、自分の実体験に基づいた共感、分析を述べてくれる。
世界=自分の認識したものである以上、まずは自分の見たもの・感じたことを大切にしたらいいよと、それを示してくれるスタンスが心強い。

これからの生活を楽しむために、
本、そして人からの学びを大事に生かしていきたい。
手探りの文章ですが、読んでいただきありがとうございました。

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