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星の出ているうちに帰っておいで*手放し*he said epi47

 息子に言われた言葉を胸に置きながら、自分から何かを起こすことには、慎重すぎる程慎重になってしまう俺。家族にとって一番スムーズな方法はないのか。仕事のことも、決断の時間が迫っている。どうしても、仕事を手放す勇気が持てない。

 この前のケンカの時、俺の事を「最低…」と言ったカコ。それが最後になり、いつもなら一週間もすれば「ごめんね。考え直したの。私も悪かったって思う…」って電話かかってきていたのに、今回は全然電話がくる気配が感じられない。俺からはかけずらいし…(負けたくないのか、優位に立っていたいのか)電話がきたら、真っ先に今の状況を相談できるのに。そんな甘えがあった。

 とりあえず、これからの相談もかねて俺は実家に一人で帰ることにした。
仕事の事、離婚の事を伝える。父親は、アルツハイマーが進んでいてこの前話していた内容も覚えていなかったが、唯一ポロっと言われた、つじつまが合っているようないないようなその言葉に、俺の心は動かされた。

「しっかりな。愛する人を、お母さんをよろしく頼むよ」
「星の出ているうちに帰っておいで。そうでなければいけないよ」

 父親は、転勤族で俺が10歳の頃から単身赴任をしていた。その前は、家族で別の土地から土地へと移動をしていたが、父方の両親の介護がきっかけで、単身赴任になった。

 年に数回父親が家に帰ってきて数日でまたいなくなる。
「しっかりな。愛する人を、お母さんをよろしく頼むよ」は、その時に毎回父親から言われていた言葉だった。

 母親は、介護で忙しい。父親からは「頼むよ」と言われる。

 一度、学校でいじめられたことがあり、母親に涙ながら伝えると
「情けない!男なんだから、しっかりしなさい」と言われて、それ以来、弱音を吐くことをやめた。
 
 それから俺は、無意識に「親に心配をかけさせてはいけない」と、泣くことも甘えることもしなくなった。本当は、抱きしめて欲しかったのに…。

 その反動だろう。表では、生徒会長や学級委員長をつとめ、裏ではいじめや非行を繰り返していた。

 インナーチャイルドとでも言うのだろうか。俺を形成してきたんだろう。カコと話したことがある。

「私は、自分が嫌いな人に嫌われても全然気にしない。だから、嫌いな小松部長に褒められても嬉しくもない。むしろ、ほっといて欲しい。だって、私嫌いなんだもん。気を引こうとか好かれたいなんて行動をする気もない。嫌われてラッキーくらいにしか思わない」

「俺は、100人いたら100人に好かれてないと嫌なんだ。そのためには、自分が嫌いでも喜ばせようとするし、自分を良く見せるね。その方がみんな嫌な気持ちになることないだろ。自分のことは、どうでもいいんだ」

100人いたら100人に好かれたいなんて…。承認欲求の塊。その思い込みの根元はここか。そう感じた。

 一瞬のうちに、さまざまな思いがかけめぐった。母親が口を開く
「こっちに帰ってきたらいい。仕事を辞めても、家がある。私たちはここに居るんだから、頼りなさい。ユウが元気で笑っていれば安心なんだよ」

 無意識に、一人でどうにかしないと思っていた。
だって、俺は男だ。まして、もう50歳も過ぎている。頼られるのが当たり前の存在だ。俺が頼るなんて恥ずかしい。そう思い込んでいた。

 肩の力がすっと抜けた。久しぶりの解放感を感じていた。

 その日は、実家に泊まることにして母親のご飯を思いっきり頬張った。
いつまでも若いままだと思っている母親。から揚げや味ご飯が大量に用意されていた。

 夜になり、珍しい奴から電話が鳴る。何十年も連絡を取っていない、結婚すると同時に辞めた前の会社の同僚、佐野だった。

「元気か?久しぶりだな。今もこっちにいるのか?」
「いや。今日はたまたまこっちに帰ってきてるけど、今は○○に居るよ。どうしたよ?」
「まじか!ちょっと会おうや!!いや~いいタイミングに電話したなー」

俺は一日帰るのを遅らせて、次の日の夜、佐野に会うことにした。
この出会いが俺の人生を大きく変えていくことになる。

 バタフライエフェクト

小さな一歩が、予想もしていない大きな出来事に繋がっていく。
もう俺は、その大きな流れの中にいた。

 

 

 

 

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