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会社に着ていく服がわからない

仕事のほとんどがリモートワークになって4年目。仕事自体はネット環境さえあれば作業できるし、今のところ、会社から「出社を増やすように」というお達しもない。そんな中、海の近くへ引っ越したので都心の会社からはだいぶ遠くなってしまった。でも時々は出社する。

そんな出社日の朝に、わたしはちょっとしたパニックになることが増えた。
「着ていく服がない」のだ。

クローゼットに服はある、もちろん。ブラウスもパンツも。なんならジャケットも。普通に通勤していた時にも、多少服選びに迷うことはあったが、それほどの時間はかからなかった。で、そのつもりで試しに袖を通すのだが、なんかしっくりこない。洋服自体は「お仕事着」然としているのに、着ている本体(つまりわたしだ)がなんか違うのだ。あれでもこれでもない、としっくりくるコーディネートを見つけるまで、最大で1時間近くかかるので、そのための時間を確保する必要が出てきた。

自覚している以上にすっかり歳をとって服自体が似合わなくなってる?(でも、つい最近買ったブラウスだったりする)
あっ、メイクや髪型が釣り合わないのか?(でも遊びに出かける時にはそんな風に感じない)
違う違う、そういうことじゃないんだよなあ。

なんとなく、フィットしない。これで良いのだというゴールがわからない。
ダサいとかトレンドから置いてきぼりになってるとか(多少あったとしても)だけではない謎の違和感がある。

ようやく選んだ服を着て辿り着いた会社で、周りを観察してみて、なんとなく思った。おそらく、出社日が減ったことによりわたしは会社の雰囲気というものをつかみづらくなっているのかもしれない。「部長と対面する時のわたし」「後輩と接する時のわたし」という、自分のイメージが見えなくなっているのではないだろうか?
社内だけではない。出勤すれば電車に乗り、ビジネス街を歩いてオフィスに着くまで、自分と似た年代の会社員がいろんな服装で歩いている。わたしは、以前は肌感覚で理解していたのだ。これを着れば悪目立ちせず、社会人としてちゃんと見えるだろうという服装を。

会社員らしい装いできちんと会社に行く。これまではそれも含めて丸ごとが「お仕事」であった。今やゆるゆるの部屋着でも仕事できることが日常になって、その「お仕事」観が見事に崩壊してしまった。
だからいくら会社員っぽい服装を選んだところで、わたしの脳が拒否してしまうのだ。その調子で行くと、会社員を辞めるか、開き直って会社にゆるゆるの部屋着で行くしかなくなってくる…。究極の選択だ。

さて、明日は出社日。
まだ開き直る決心がつかないので、どっちつかずの服を着て行ってきます。

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