今日は、天赦日やら一粒万倍日やら色々と運が良い吉日らしい。 なので、今日「はじめてみよう」と思ったことは、後々大きな実りとなって返ってくるらしい。 だが、1日は24時間しかない。 しかも、残された時間はこれを入力しながらすでに20分を切ろうとしている。 趣味にベットする時がきた私はまず、ココナラのページを開いた。 実は趣味で長編小説を書いているのだが、これまで7年間ずっと新人賞に落ち続けてきた(一次審査すら通ったことがない)ので、自分の作品に対して「お金」をかけるだけの価
2021年3月。私は、インドにあるサティジュ・ダワン宇宙航空センターにいた。 巨大モニターに映し出された、大型再利用型ロケット試験機RLV-IT。 衛星運搬用に開発され、機体にはデブリを回収してから大気圏に突入するキューブサットを搭載している。ロケット打ち上げ後は第2段エンジンまで回収し、再使用回数は50回を見込む。デブリ回収と機体の再利用を両立させた宇宙船開発技術が、ここインドで躍進しつつあった。この技術は後に日本に逆輸入され、完全国産ロケットとして数年後に宇宙
ピ―― 『――……呼吸が、』 ピ―― はあ――。 誰かの溜息が聞こえた。 何故だか、これは倭が見ている夢なのだとわかった。他人の夢に侵入していることを、五感を超えたどこかが悟る。暗い闇だけが続くと聞いた宇宙が、深い青に染まっていた。細かい塵状の光のせいだった。 ピー……ピー…… アラーム音が規則的に鳴り、その光景を見てまさかと思った。青と白のマーブル状の小さな球体。その地球を背にして、どこか懐かしい声が聞こえてくる。 『カール……聞こえる
部屋の戸がノックされる。その音でようやく目を開いた。 秒速465メートルの世界が、一気に押し寄せてくる。 「カールから連絡があって。すぐに病院に運び込まれて、命にも別状がないって」 キャシーの言葉を聞きながら、私はシーツの皺を眺めていた。 真空状態を作り出すNNSA所有の世界最大の真空チャンバー施設で、倭は訓練を行っていた。予定ではEVAの最中であった時間帯だった。 「EVAの後に体調不良が続いたようだから、急きょ訓練内容を変更したらしいわ……。イト、こ
ロサンゼルスに戻り、NJPLの女子寮に辿り着くとキャシーが待っていた。 キャシーは何も言わずに私をハグした。紅茶の感想を言う前に、飲む暇さえ無かった事を帰って来てから思い出した。重い足取りで職場に行くと、奇跡的にデスクは残されていて、椅子に上着をかける。ノートパソコンにLANケーブルを繋ぐと、刺激的なシナモンの香りが近付いた。 「災難だったね、トキワ」 「ああ、リアン……」 インド人の同僚のリアンだった。インド宇宙航空研究機構(ISRA)の事務方からNNSA
午後3時。スカイラブ宇宙センターのB棟2階第二会議室で戦略経営会議がスタートした。そのわずか15分後、誰もが予想だにしなかった出来事が起こった。 「トキワはいるか。いるな。準備をしろ。これからオンサイトの実用化検討会に切り替える」 戦略経営会議は、オンサイトの実用化検討会に急遽変更されることが決まった。 第三回NJPL×ユニオン・マイクロソフト社(U・M社)共同開発『オンサイト』実用化検討会。 7月4日、ヒューストン時間15時52分。 険悪なムードが第二会
スカイラブ宇宙センターに、陽気な声が朝から響き渡る。眠気覚ましにはもってこいのソプラノ声が「ハロー」と周囲の視線を集めた。 『Here’s exactly what NNSA Training is like for astronauts!』 インディゴブルーのパーカーを着た女性が、観客達に宇宙飛行士達の紹介を始める。とは言っても、彼女は宇宙飛行士達の友人じゃない。 7月4日。倭を含めた8名の宇宙飛行士たちは、翌年のロケット搭乗に向けて着々と準備を押し進めて
『チキンスープにはロマンが詰まっている』 そう言った淑女の手製のスープには多めのジンジャーが入っていた。それがほんの少しだけ刺激的で、胃をじんわりとあたためてくれる。 空調の効いた部屋の中で鍋を洗い終わった彼女は、「マリアよ」と一つの写真立てを持ってきた。ダイニングテーブルには椅子が4脚あって、彼女は写真立てを窓際の席に置いた。 「写真の良い男は、旦那のニック。ニック・マイヤーよ。あたしは、マリア・マイヤー。イニシャルがM・Mだし発音が紛らわしいし、それで
記者会見は、米国のとあるオフィスビルの一角で行われた。 フラッシュライトを全身に浴びて、ひとりの白人男性が記者の質問に答えている。 Q今回の事故の責任は誰が? 『アメリカとロシアと中国、あと北朝鮮も。自国の都合で破棄した衛星の破片はこれまでだって何度も問題を起こしてきた。誰が責任を持つかという問題は今すぐ答えを出せるものではない。事故原因も検証中だ』 Q死因は〝事故死〟で公表を? 彼の身体に刺さったものは、宇宙空間から飛来した人工衛星の破片だったんですよね。置き去り
2016年、春。 世界最小衛星キューブサット『アストロブルース』が、東南アジア初となる高校生製作の人工衛星として宇宙に飛び上がった。衛星の規格は、1辺10センチの立方体で、重さは約1キログラム。携帯用のカメラを搭載し、4Kカメラで撮影した360度動画・静止画をVRに起こすことに成功。 『天道倭宇宙飛行士が所属していたスペースインダストリー社が、偉業を成し遂げました!』 超巨大スクリーンの前で、手を上げるひとりの白人男性。かつて倭が働いていた企業のCEOだ。 「常磐
2012年の夏。 相変わらず倭はアメリカにいて、私は愛媛県松山市にいた。11月の誕生日がくれば、21歳になる年の頃だ。 筑波大学の理工学部に給付型奨学金制度を利用して進学して三年目の盆、愛する故郷の愛媛に帰郷していた。母に学校生活の事を色々と報告したかったのもある。私は、写真立ての前で手を合わせた。母の一回忌は、あっという間に訪れた。 当時、父は身体ごと溶けて無くなるくらい泣きじゃくった。少年のような笑顔と男らしい背中が好きだと笑った母は、最後まで父の為
『――やっぱり駄目だった』 ピピピピピ――早朝4時半にセットされた目覚し時計を止め、目尻の汗を拭う。2009年7月1日の日付の新聞を玄関から回収して、私の朝は今日も始まった。高校三年生の、夏の朝だった。 早朝3時前から新聞配達に行っている広大は家にいない。パジャマから制服に着替えて、安い洗濯用洗剤を手に取る。台所から漂う味噌汁の匂いと混じって、家の中は複雑な匂いがした。 『常磐さん、よくやったほうだ』 肩を叩かれた時の、あの絶望とも後悔とも言えない妙な感覚を未だに
少しだけ、休憩の為に紅茶を飲ませてもらう。 子どもの頃のことを思い出すと、50メートルの陸上トラックを全力疾走した後のように眼球に薄く膜が張る。手に入れられなかった何かを惜しんでいるからなのだろうか。 ヒューストンにあるインナーガレージ付きの2LDKで休暇を過ごし、芝の上で陽気に遊んでいる曜子の娘に手を振る。小さな頭はこちらを振り向きもしない。薄情なものだ。 今の私が所属しているのは、NJPL(National Jet Propulsion Laboratory:ア
『学生優待』――1999年に宇宙へ行った佐久間宇宙飛行士の発案によって、文部科学省の全面バックアップが学生の将来を後押しする素晴らしい制度が2002年に導入された。全国都道府県の知力・体力面におけるトップクラスの学生が、その恩恵に与るために日の丸の前で誓いを立てるのだ。それが、クールブルージャパン学生優待――略して『学生優待』である。 蚊の研究でアフリカの大地を救う、アジアに日本の伝統工芸の技術を伝えたい、VR技術を駆使した新しいビジネスの設立、そうした大人びた宣誓の
『スペースデブリが――』 誰かの声は、肝心なことを言わずに途切れる。 満月の夜だった。気付けば窓の外は真っ暗で、月を見上げた時に『やっぱり、駄目だった』と同じ声が聞こえた。38万キロメートル先の〝月面〟からだ。 月面にいる、天道倭宇宙飛行士からだった。 31歳の若さで月面着陸を成し遂げた栄光の裏で、わずか一本のネジと、宇宙軌道上に浮遊する人工衛星の破片(スペースデブリ)が不幸を招き、あの淡い光の中で死にかけている。 「倭……、やっとそこに辿り着けたの