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【小説】この世界で、ゴールデンブルースを聴くものよ:第3話

 少しだけ、休憩の為に紅茶を飲ませてもらう。
 子どもの頃のことを思い出すと、50メートルの陸上トラックを全力疾走した後のように眼球に薄く膜が張る。手に入れられなかった何かを惜しんでいるからなのだろうか。
 ヒューストンにあるインナーガレージ付きの2LDKで休暇を過ごし、芝の上で陽気に遊んでいる曜子の娘に手を振る。小さな頭はこちらを振り向きもしない。薄情なものだ。

 今の私が所属しているのは、NJPL(National Jet Propulsion Laboratory:アメリカジェット推進研究所)というNNSA(National Next Space Administration:アメリカ次世代宇宙局/エヌ・エヌ・エス・エー)の中核研究機関であり、火星探査ロボットの開発チームに日本人メンバーとして選抜されていた。NJPLはカーネギー国立研究所天文台でも有名なカリフォルニア州ロサンゼルスにある。テキサス州のヒューストンにいるのは、あるパーティのためだ。

「――いいところよね。自然が多くって」  

 上品さに磨きが増した曜子が、マーマレードが塗られた焼き菓子を手渡してくる。宇宙飛行士が大気圏を突入する数日前には、家族がこうして集まることを許される。だが、あいにく私の名前が刺繍されたスペース・スーツは、世界中探したってどこにもない。

「ありがとう、曜ちゃん」
「なにを考えていたのよ。そんなにぼうっとして」
「ほんの、10年前のことを」
「……常磐鉄工所が経営破たんに陥った時のこと?」
「ふふふ」  

 私は思わずお腹を抱え、最終的に声を上げて笑ってしまっていた。  
 その通り。あれから父が突然倒れ、常磐家はついに崩壊してしまった――ということはなく、常磐鉄工所の危機は深刻であったが、父の生命はしぶとくたくましかった。  
 脳梗塞の後遺症でしばらく右半身の痺れが残ったが、退院後一週間経ってに父の手に握られていたのはマイナスドライバーだった。我が父ながら、その技術者根性と大いなる宇宙への好奇心には舌を巻く。

「JADAの佐久間さんが、『宇宙ごみの回収計画に協力してみないか』と父を焚きつけて。……民間からの協力が必要だってね。あの衝撃は今でも忘れないよ。技術者としての父を蘇らせたのは、医者や薬でもなく佐久間さんだったね」
「17歳の頃だっけ? 学生優待の課題で、糸は糸で死にそうだし」
「そうだったかな。そうか、そうだったなぁ」
「何度挫折しても、しぶとく起き上がる親子ねぇ」

 曜子が肩を竦めて笑う。
 私も、たしかに、と苦笑した。

「あの人は社長じゃなくて、根本的に雑草根性の技術者だから……。まったく、なんでウチだったかなぁ」
「佐久間宇宙飛行士が、なんで常磐鉄工所にって?」
「まあ、いろいろなことがね」
「天は人を見ているのよ。宇宙にやってくる人間を」
「どうなんだろうなぁ……〝無重力実験塔〟なんて、経営もどん底なのに、またエライ事を言う人が来たなと思って。天は与えたもう、って、課題を与え過ぎだよ」

 私がそう言うと、曜子が口に手を添えて、懐かしい思い出に優しく目を伏せ「そうね」と笑った。優しい風が吹いていた。桃色のおまんじゅうが近付いてきて、私はやれやれと思う。まぶしいほどに、若い”彼女”からは未来を感じる。

「ママァ!」  

 曜子の娘の、いちかちゃんだった。どん、と勢いよくお母さんのお腹にぶつかり、曜子が「来たわね、怪獣ちゃん」と赤い唇をにいっと上げる。それからは、大切な親友が親子で戯れているのを苦笑しながら見つめる。

 しばらく和んでいると、とんと肩を優しく叩く手があった。振り返ると、同僚のカールがいた。アフリカ系アメリカ人のカールは元音楽家のNNSA職員で、ジャズを歌わすと右に出る者はいない。昨晩の『メランコリー・ブルース』は最高だった。

「その、残念だったな、トキワ」
「ああ、そんな」

 カールの悲しそうな表情に、「気を遣わなくてもいいんだよ」と手を振る。

「運命がどうなるかなんて誰にも分からない。……そうやって、今は前を向いておこうと思う。長い間心配をかけてごめん」
「……いや。そうだな。僕たちが立ち止まっていちゃいけないんだったな」

〝彼(He)〟だけで話が通じるのは、カールがその男のファンであり、日本人ならその名を誰もが聞いたことがある有名な宇宙飛行士だったからだ。天道倭宇宙飛行士――史上最年少で月面着陸に挑むはずだった彼は、日本のみならず、世界中で期待された時の人だった。

「実はさ、花を持って来ようと思ったんだ。おばあちゃんが持って行けって……でもあんな薔薇の花束なんてこんな時にってキャシーが。今日はトキワを慰める日でもあるから」
「はは。私は大丈夫。彼もきっとむこうで楽しくやっているよ……、あの人は、強い人だから」

 つ、と痛みが走って、足元を見下ろす。そこには愛らしい小さな顔が小首を傾げていて、私は「天使ちゃんめ」と曜子の娘を抱き上げた。  
 倭も20代のどこかで結婚でもしていれば、こんな可愛らしい子の父親にでもなって、もっと平穏な道を選んだりしたのだろうか。
 私はそんなことを考えながら、いつの間にか隣にいた曜子に気付き、私は咄嗟に笑顔を作った。

「さみしそうな顔をしているわね」
「そうかな」
「糸、後悔はなしよ。だって、約束したんでしょう。どんな結果になっても、ひとりになっても、まっすぐ進んでいくんだって」
「……もちろん」  

 私は頷いた。秋風が吹いて、庭の芝がさらりと揺れる。  
 そういえば、15歳でアメリカへ旅立った倭から聞く話も、「こっちは芝が良くて」がいつも常套句だった。話すことがないなら文通でも良い――そう言うと、「だって、電波は偉大だよ。こんなにも離れているのに、側に糸がいる気がする」と恥ずかしい事を言ってきた。    
 私はいちかちゃんを曜子に預けて、椅子に座り直す。幼い頃の倭がまた懐かしくなってきてしまった。ほんの少しあの頃を思い出して、私は紅茶を啜る。

◆◇◆

 2007年、12月。高校一年生の冬の頃に話は戻る。

 放課後は鉄工所の手伝いをするはずであった私は、半年間だけ陸上部での青春を謳歌した。上野先生は予想と違わず愛情深く良い人で、名監督でもあった。背中を押したのは、ハワイでセスナ機の操縦桿を握る倭だった。
 9月に受けた学生優待の試験結果を、倭はまだ知らないでいる。結果は、――不合格だった。
 帰宅して手を洗って、晩御飯の支度を終えたら黒電話の受話器を握る。携帯電話は持っていなかったので、1分/9円の国際電話の通話料金と、広大が部活を終えて帰ってくる時間を逆算しながらベル音を待った。決まって夕方の18時05分がそうだった。

『Hello?』  

 最初の挨拶はいつもこの言葉だ。流暢で、だからこそ気恥ずかしい。

「ハローはやめてって」
『こっちに来ることになったらみんなこの挨拶なんだぜ。それで、タイムはどうだった?』
「……11秒82だった。少しだけタイムが上がってきたかな」
『そうか。糸の走っている姿はきれいだよな。俺ずっと見ているんだよ、休み時間も、寝る前も』  

 ノートパソコンを持っている曜子が動画を送っているようで、先週の大会の映像を見て、倭は『パーフェクトだ』と言った。

「私の話題はもういいよ……。それより、倭はそっちで部活に入らないの?」
『友達とキャッチボールやバスケットボールはするし、それで十分かな。例の企業のアルバイトも忙しくなってきたし』  

 187cmまで成長したらしい倭が、現地の人々と見劣りすることなく馴染んでいる様子がぼうっと頭に思い浮かんだ。彼は、学生でありながらすでに米国企業で臨時採用を受けている。学生優待の研究課題に手こずる私の、もう何十歩も先を歩いていた。

「……早いね、もうすぐ5分が経ちそう」  

 必要以上に馴れ合わない。
 それは、2006年に国際宇宙ステーション(ISS)で二度目の任務を終えた、日本人宇宙飛行士がとある本に記した言葉だった。学生優待の制度を提言した佐久間宇宙飛行士だ。

『本当に早いな』
「……そうだね」
『早いよ。またこのあと、夢でも会えたらいいんだけどな』

 倭と私は、あいかわらず互いの縁起の悪い夢を見ていて、その不安が、時折5分のタイムリミットを6分や7分に延ばしたりした。だが、変な弱音や慰めを口にすることはなかった。
 必要以上に馴れ合わないでおくこと。それは、適度な謙遜の心や緊張感を持つようにという訓えであり、『宇宙に行くのは数人の宇宙飛行士だが、数人の人間が宇宙に挑むのではない。数十億人の未来と好奇心を背負い、〝人類〟が宇宙を目指すのだ』という言葉に集約されていた。  
 宇宙飛行士を目指すということは、いくつもの果たすべき責任を十戒のように胸に刻み込み、数十億人の人々の〝アバター〟として未知の聖域へと踏み込むことを意味する。両親がJADA職員である倭は、それを誰よりも分かっているようだった。

『メランコリー……憂鬱な時だってあるけどさ、離れてちょっと分かったこともあるんだぜ』
「なに?」 

 ”メランコリー”の単語で、佐藤館長のカセットテープを思い出す。倭の気に入りの曲だった。遠く離れた外国で色々と思うこともあるのだろう。生半可な思いでは、いずれ人類のアバターを担う時、あの無重力の世界で別のなにかに押し潰されてしまうからだ。  
 それから、倭はしばらく無言を続けた。アメリカ合衆国ハワイ州と、愛媛県松山市の時間差は19時間ある。倭が木曜日の23時に掛けてくれた電話は、金曜日の18時の私に繋がっていた。

『決めた。糸』
「うん?」
『惑星直列の夜になったら、そのときに改めて言うんだけどさ』
「うん……まあ、いつでも話してくれていいけど」
『ははは。お前らしい。……まぁ、楽しみにしておいてくれよ』  

 軽く笑って、電話は切れた。学生優待の試験結果は、それから半年が経っても伝えることが出来なかった。

 翌年の2008年10月。
 私は、厚手のコートを着て、佐久間さんの元を訪れていた。高校一年の9月に惨敗した学生優待の試験を今年再受験し、三週間後には通知が届いた。結果は、合格だった。補欠合格だったが、父や弟は大袈裟に喜んだ。
 私は、小さな紙切れをお守り代わりにポケットに仕舞い、バスに乗った。学生優待の制度内容は、研究課題が決定されてから約一年間、各省庁や民間企業から支援金を援助され、18歳以下の高校生が国内で自由研究を行う制度だ。私は、課題内容を「宇宙ロケット開発」とした。

「はい、熱いよ」

 愛媛県庁本館のロビーで缶コーヒーを受け取る。佐久間さんは会場を見ながら笑みを深め、新しい若葉が芽吹くのを待ち遠しそうに、秋小寒に鼻を啜って白い息を吐いた。

「今日は見聞を広げるいい機会だと思ってね。海外の高校生に会うのは初めてだろ?」
「はい。お招きいただきありがとうございます……」

 私は缶コーヒーを両手で握りながら、深く頭を下げた。手の中が汗で湿る。
 現在、愛媛県庁では米国の高校生達と地元企業との交流会が開催されており、私はその会場に佐久間さんから招待されていた。常磐鉄工所のロケット開発が佐久間さんにとって面白いものと認識されていたおかげと、鉄工所の社長の娘ということが幸いした。いずれにせよ、どんなきっかけであろうと私にはチャンスが必要であった。
 国内の「CubeSat(キューブサット)協議会」の実行委員長でもある佐久間さんが、小型人工衛星の開発にめざましい米国S高校の学生らを地元松山市に招待したのである。
 彼等は面白い研究課題を持参してやって来る。何かヒントがあるはずなのだ――私が倭に追いついて、必ずふたりで月面へ挑むためのヒントが。
 私はそれを目的に、ここへやって来ていた。

「それで、学生優待を受けるための研究課題なんですが……、」

 私が話を切り出すと、

「そうだ、その話だったな」

 佐久間さんは、ふっと笑ってから私に向き直った。

「やはり、ARLISに出場したいと思っています」
「ARLISか」

 ARLISとは、1999年以降毎年9月に米国ネバダ州ブラックロック砂漠で行われる、小型人工衛星打ち上げ大会のイベントのことである。ここで使用されるのは、立方体形状のキューブサットよりも規格の小さい、CanSat(カンサット)(缶サット)と呼ばれる350ml缶サイズの人工衛星だ。実際に宇宙空間に打ち上げるものではなく、地上から数キロメートルの地点からパラシュートを付けて落下させ、自律制御によって目的地点まで誘導させるルールがある。

「大会ルールは、知っている?」

 佐久間さんは腕を組んで、私に問い掛けた。私は、少し緊張しながら答える。

「缶サットやローバーをロケットに相乗りさせて、高度4kmまで打ち上げた後は、砂漠中に設置した目標地点を目指すと……」
「言葉にするとそんな感じだね。ちなみに、2005年に第一回大会が開催された『種子島ロケットコンテスト』のことは知っているかな?」
「ニュースで、少しだけ……」
「高度50mまで上げた気球から投下して、地上に設置した目標地点を目指すんだ。さらに言えば――」

 佐久間さんは180センチある背を屈め、ぐいっと私に顔を近づける。

「ARLISは世界規模の大会だ。君は日本代表?」

 私はその笑みに気圧され、ぐっと唾を飲み込んだ。

 佐久間さんは、常磐鉄工所が独自に研究を進めている電子レンジの磁気機能を応用したデブリ選別器の開発について、常々「時間が必要だ」と言っていた。面白いが、時間が必要。そして結果が出なければ周りの人々を納得させることは難しい、と。

「来なさい」

 佐久間さんと共に会場に入ると、米国の高校生たちが地元企業の大人たちと白熱した議論を交わしていた。大きなタイヤが2輪ついたローバーの模造品を持参した学生、ペットボトルを片手にソーラーシステムについて流暢な日本語で語る学生。何かが決まったのか書類にサインをしている学生。誰もが戦いを楽しむ戦士の顔をしている。

「面白い場だろ。ちょっと端に寄ろうか」
「は、はい」

 会場の壁に背を預け、佐久間さんが近くのスタッフに手を上げる。相手の人はにこやかに手を上げ、私を見て小さく会釈した。なぜかそのやり取りだけで、自分だけが場違いではないのかと思えてしまった。
 佐久間さんが、口を開く。

「種子島ロケットコンテストのことだけど。初回参加チームは9チーム。約30名が参加した。多分今年の参加者はその倍くらいじゃないかな」
「倍、ですか」
「うん。JADA種子島宇宙センター次長の松山さんから聞いたけど、開催地である南種子町に3泊以上滞在して、JADA職員との交流の機会も設けられているらしい。これはかなり貴重な機会だよ。本物のロケットを作っている人達から直接アドバイスが貰えるんだからね」
「JADA職員との、交流……」
「ふふ」

 佐久間さんが笑いながら缶コーヒーを啜る。

「国内大会には目もくれず、アメリカで開催される大会を目指しているのは、お父さんと似て君が少しミーハーなのと、それ以外にもなにか理由があるのかな?」
「ミーハー……いえ、そんな、別に」
「心ここにあらずだから。手強いライバルがいるんだね」

 誤魔化したが、父が倭の事について佐久間さんに何かを喋ったのは理解した。

「まあ、制作費や交通費を含めると参加費はそれなりなんだけど。どうだろう。国内大会には興味がない?」

 私はすぐに答えた。

「あります」
「ふむ。モデルロケットや缶サットの製作経験は?」
「1600メートルまで打ち上がったパラシュート付きのロケットなら、父と実家で……缶サットは、」

 私は自分の影が伸びたフローリングの床を見た。

「一度もありません」
「うん。基本的にはチームで参加するものだから、まずは仲間集めだな。どうせなら、缶サットに特化した大会に出るといい。今年から開催される面白い大会があるよ」

 全日本缶サット甲子園――ゴシック体で書かれた黒文字に目を奪われていると、A4サイズのそれを手渡される。

「チラシ。君にあげるよ。優勝チームには、ARLISへの出場権が与えられる」
「出場権……じ、じゃあ、まずここで優勝すれば」
「はは。そんなに甘くはないぞ。開催地は、秋田県能代市。翌年1月の開催だからエントリーは十分間に合うけど。生徒4名と指導教員1名のチーム結成が不可能なら、スタートラインにも立てないよ。アテはある?」
「クラスメイトを頼ってみます……頭数は、なんとか」
「お父さんに似て、決断力に長けているその資質はまさに工学系技術者だな」

 そう言って、腕時計を確認してから一度天井を見上げる。

「理論が5割、度胸が2割、運が3割というやつかな……時間が経つのが早いなぁまったく」
「理論が5割……」
「そう。この言葉、聞いたことあった?」
「度胸と運で、」
「ん?」
「度胸と運で、半分ですね。お時間、大丈夫ですか」

 佐久間さんは再び手を上げ、近くのスタッフに合図を送った。

「まだ数分あるよ。……常磐さん」
「はい」

 私は佐久間さんの火星柄のネクタイを見つめた。ただの丸い模様だったのかもしれないが、佐久間さんは火星探査の研究にも熱い人だ。今度はISSじゃなく、宇宙船に乗って火星に降り立つつもりでいるのだろうか。

「聞いてる?」
「あ、はい、聞いています」

 佐久間さんが苦笑を浮かべる。私は顎を引いた。

「正しい解答が用意されていない問題に立ち向かうとき、多くの失敗を経験して手に入れた仮説だけが頼りになる。お父さんの背を見てきた君ならよく分かるよね。失敗の数だけ、度胸と運は挑戦者の身体の中に宿る。まだこの世に無いものを生み出したいなら、想像するしかないんだ。その想像力のセンスは、度胸と運の『確度』とも言える。君は今、高校二年生だったよね」
「はい」
「時間が無い。分かっているね」

 私は息を飲んだ。

「はい」
「大学進学までの残り一年、とにかく何かを作り続けなさい。学生優待は、あくまできっかけでいい。鉄工所を継ぐのかについても、君は今複雑な”あみだくじ”の線の上に立っている。どの線を選ぶのか、いずれの事情があろうが1秒も無駄にしている暇はないよ。この道に進むということは、そこにいる彼等と戦うことじゃない。”今よりもっと成長した彼等”と戦うということなんだからね」

 日本人よりも大人びた横顔に、爛々と輝く瞳。15~16歳という若さで、己の将来についての明確なビジョンを抱いている高校生達が、世界にこれほど多くいる。

「『ロケット開発』と言うには容易いが、ひとりじゃ宇宙には行けない。君はそういうことも学ばなければならない。今の君の度胸と運は、5割にも到底満たないよ」
「……はい」

 私は、手の中の缶コーヒーを強く握り締めた。まずは、国内大会である全日本缶サット甲子園に出場し、そこで日本一を目指さなければならない。私の胸の内の焦りを見透かしてか、佐久間さんは、甘いな、と微糖の缶コーヒーを傾けた。

「目指す、じゃない。日本一になるという気概でいけ。宇宙は君を待たない。他人と自分を比べてくよくよしている場合じゃない。もう、そういう場合じゃないんだ」

 私は佐久間さんの顔を見上げた。佐久間さんも、私を待つ気はない、という表情をしていた。自らそこに近付いていくしかないのだ。自分が踏み出すしかない。それを思い知らされる。

 私は頭を下げて会場を後にした。
 外は曇り空で、もうすぐ雨が降り出しそうだった。だが、立ち止まっている暇はない。足元は悪くとも、だから踏み出さないという選択肢はもうないのだ。



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