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もぬけ城の伐り姫 第三話

 選別と見送りと共に壬生佐紀藩から旅立った伐り姫達は、幾つか町で賊について聞きまわった。得られたのは、少し先の村にて、野盗が現れたという情報だった。
 件の村までやってくると、早速物々しい雰囲気だった。人だかりの方へ向かうと、みすぼらしい、武器とも言えない石器を振りかざして走ってくる集団が見える。また、後からは鍬を手にした村人が彼らを追いかけていた。

村人「おーい! 帯刀してるねぇちゃん、そいつら留めくてれぇ!」

 鍬を持った男が叫んだ故、刀を抜き、その切っ先を先団の男の喉元に突き付ける。なにより、理不尽に人から何かを奪う、賊への恨みが伐り姫の動きを一層鋭くさせた。
 男は唸ってしりもちをつく。

切り姫「賊は駆逐だ……」
野盗A「ひぃぃ、許してくれ! 俺達だって盗みなんざしたくねぇんだ」
伐り姫「だったら奪わなきゃいいでしょう?」
野盗B「まままま、待ってくれぇ! 俺達は元々五里離れた山で縄張りに入って来た奴から関銭として、ちっとばかし貰ってただけなんだ。自分から払った奴には手出ししなかったし、獣が里に下りねぇように狩りもしてた」
伐り姫「……」

 実際、野盗のいう事は一理ある。もぬけ城で農作業をしていた切り姫は獣害の深刻さについても身をもって知っており、それを防ぐ彼らの言い分は理解はできた。
 しかしだ、

伐り姫「だったら、そうやって稼いでいけばよくてよ。何故、こんな処に来てまで野盗などしているか」
野盗A「こないだの話だ、でけぇ賊がウチの山に乗り込んきた。情けねぇ話だが、俺らには武力なんか無ぇ。武器も、土地も、財産も、何もかも奪われた」

 堪忍して独白する彼らに、思わず押し黙っていると、追いついた村人が、陽気に褒め称えてきた。

村人「ハァ……やっと追いついたぜ。良くやった嬢ちゃん。大した太刀筋だなぁ、もしや噂の正義の剣客ってやつか?」
伐り姫「は、はぁ……?」

 適当に返し、再び視線を野盗達に移すと彼らは涙ながらに独白を続ける。

野盗B「……だからもう、こうやって盗みをして食つなぐしかねぇんだ……」
村人「んだ? 食い扶持に困ってんのかおめぇら、だったら、近くの遊郭で働き手を募ってるって話だぜ。おめぇらみたいに野盗崩れも何人か働いてるってこった」

 察した村人は、ケロッとした顔で提案をしてきた。

~~~

 結局、伐り姫は野盗に「もう盗みはしない」と約束させ、彼らを村人が言っていた遊郭に送り届ける。
 そこは伐り姫達が見た事の無い、豪奢で華やかな街だった。日も暮れているのに、街頭で明るく照らされ、多くの人々が行き交っていた。

野盗「「迷惑かけたな……嬢ちゃん達」」

 街の中程、賑わっている所までやってくると、野盗たちはおもむろに頭を下げ始める。
 それで納得した。彼らは彼らなりの規範があり、正義感や罪悪感も持ち合わせていたのだろう。
 そんな彼らを許し、別れた後、情報を集めるべく遊郭を廻ることにした。

深早「それにしても、豪奢な街ですね」
伐り姫「あまり好ましいと思わないけれどね……」
深早「でも、夜でも明るいなんて素敵ではありませんか?」
伐り姫「まぁ、闇夜が無いと言う点だけは素敵……なのかもね」

 体に悪そうな色の街灯を見上げ、ため息をつくと、賑わっている街に竜笛の音色が鳴り響いた。

町人A「蚕姫様だぁ!」
町人B「久しぶりのお目見えだぁ! ふた月ぶりか?」

 竜笛により一層騒がしくなった方角から道が開けられ、神輿が運ばれてくる。考えるに、蚕姫と呼ばれた者が乗っているのだろう。
 神輿の方を一瞥すると、目を疑った。担がれていたのは、狐の面を被っていたものの、見知った人だったからだ。

伐り姫(お、さな……ねぇ?)

 慌てて追いかけようとするも、雑踏に揉まれている内に神輿は見え無くなった。
 思わず雑踏の中の一人の男に尋ねる。

伐り姫「あの方にお会いするにはどうすればよいのですか!?」
男「あの方って、蚕姫様の事かい? そりゃあこの遊郭でも一番の遊女でさぁ、平民の俺らにゃ縁のねぇ話だよ。話によると武士どころか、あの藩主ですら振られたらしいぜ」

 男は肩をすくめ、羨ましそうに蚕姫を眺めた後、続けた。

男「とはいえ、話すだけなら銭さえつみゃあ出来るんでねぇの? にしても、嬢ちゃん、女なのに蚕姫様に興味があるたぁ、すきものかい?」
切り姫「チッ」

 伐り姫は男の言葉に舌打ちをし、足早に深早達の方へ戻った。

~~~

 それから二週ほど、伐り姫達は、用心棒や団子屋の売り子をして金を溜め、蚕姫がいるという遊女屋に足を運ぶ。戸をくぐると、深早達よりも二つ三つほど幼い、洋装の狐面の少女が二人、出迎えた。

少女達「「いらっしゃいませ。蚕番屋へようこそお越しいただきました」」
深影「うぇ!? あ、あう」

 少女達は唯一の男である深影を見るなり、近寄り腰を折る。そんな少女達に深影は素っ頓狂な声を出しながら姉の後ろに隠れた。

切り姫「蚕姫様に会いたいのだけれど」
少女A「蚕姫様でしょうか、一晩ですと最低でも百五十両になりますが……」
切り姫「ほんの四半刻でいいの、話がしたくて」

 訝しむ少女達に言い、巾着の中から今まで稼いだ路銀を見せる。

少女B「四半刻……ですね、ご案内いたします」

 少女たちが先導する廊下、深早が伐り姫の代弁をして尋ねた。

深早「蚕姫様と貴女達について教えて頂けない?」
少女A「我々は桑子禿と申します。桑子なり禿なりお好きにお呼び下さい」
少女B「売り飛ばされていた私達はあのお方に買って頂き、救われたのです。故、生涯をかけ、あのお方を支えるおつもりです」
桑子A「失礼いたします」
桑子B「ここ最近は恩人が亡くなられたとかで、気が立ってらっしゃいます。くれぐれも、そこだけは刺激しない様にお願い致します」

 恭しく語る桑子達は、障子を開けた後、再び深くお辞儀をする。通された部屋は一層華美で、同時に清閑としていた。

蚕姫「こんな夜分に失敬ですね。今日はもう興が乗らないので終いです」

 襖の奥で揺れ動く女性の影は、不機嫌な声で語りかける。
 しかし、その凛とした声で疑念は確信に変わり、想いがこみ上げてくる。 
 右も左もわからぬ少女時代、城主と共に優しく笑いかけてくれた声だった。

伐り姫「おさなねぇ……で、ございますか?」
蚕姫「っ……貴女たちはもう上がりなさい」
桑子達「「はい、失礼致します」」

 蚕姫は一瞬息詰まると、また凛とした声に戻り、桑子達に帰るように促す。少女達は深々とお辞儀をして去って行った。

切り姫「おさなねぇ! 私です! もぬけの城で、剣を振るいたいと願った娘です!」

 襖が開き、艶やかに着飾られた狐面の女性が姿を現す。彼女が面を外すと美影が見惚れる様な声を上げた。しかし、蚕姫は美しい顔を歪めて胸を抑える。

蚕姫「あぁ、生きて……いたのね。良かった……本当に」
切り姫「おさなねぇ、私、もぬけの城を、守れなかった……」

 懐かしい顔を目にし、なにより、姉の様な人を前にし、思わずしゃくりあげる。
 遊女屋の喧騒の中、ただ伐り姫と蚕姫の泣き声が溶けていった。
 二人が落ち着いた後、深早が遠慮がちに手を上げ、伐り姫に尋ねる。

深早「ねぇ様、この方はどなたです?」
切り姫「私がもぬけの城に引き取られた際、良くしてもらったお方よ。だから、貴方たちにとっても」
深早「そうなんですか。よろしくお願いいたします」
美影「うぇっ、おねが、しまっ」

 深早は蚕姫の方に向き直り、三つ指を突き、隣の美影頭を押さえながらお辞儀をする。

蚕姫「面を上げなさって、もぬけの城の者でしょう? だったら皆家族の様なものよ」

 蚕姫は先程までの冷たさを感じさせる態度から、一変して、包み込むような、朗らかな表情になった。

切り姫「して、おさなねぇ。嫁ぎに行ったのではなかったのですか?」
おさな「それね、私、旦那様に我慢できなくなってよ。夜逃げして、この街に来て、必死に働いていたら、こんな豪奢な服装になっちゃったわ」

 艶やかな着物をひらひらと揺らすおさなは、困ったように笑って言った。

おさな「貴女達こそ、その、もぬけの城は……賊に堕とされたのでしょう?」
切り姫「はい……城主様は、もう……」
おさな「そう……とにかく貴女達が無事で良かったわ」

 少し寂しそうな表情をした後、おさなは立ち上がり伐り姫達を抱きしめた。

~~~

 伐り姫達は、賊の襲来の際の状況や、近況報告など昔話をし、長い夜を過ごした。深早と美影は途中眠りにつき、蚕姫が柔らかい布団をかけてくれた。

切り姫「私は、復讐を為そうと思います。二度も失ったはずの命です。散っていった皆の為、なにより、城主様の敵をこの手で刈り取りたい」

 爛々とした伐り姫の瞳は、射殺す様に紅く光っていた。そんな彼女におさなは目を伏せる。

おさな「……止めはしないわ。けど、無理はしないでね」
切り姫「えぇ、大丈夫です。これでも、もぬけの城では城主様を除いて一番だったのですよ。縁談も、何度も相手を打ち負かして破談にしてやりました」
おさな「そう……。では、私も賊の情報を集めておきましょう。それから、先程貴女達を案内した狐面の子達、桑子は私が買った孤児だから、協力してくれるはずだわ。この街以外にも結構な数がいるから、見かけたら頼りなさい」
切り姫「はい、ありがとうございます」

 一変、嬉しそうに語る伐り姫に、苦笑いするおさなは思い出したように付け加える。

おさな「あと、お昼なら仕事もないから、いつでも休みにおいでなさない」
切り姫「ふふ、私はもう子供ではありませんよ」

 ただ、復讐に燃えていた伐り姫だったが、昔の家族の愛情に触れ、ようやく心から笑う事が出来た。

~~~

 翌朝、おさなにお礼を言い、遊女屋を後にする。朝焼けで眩しい空を見上げて、自身に言い聞かせた。

伐り姫(あの方の剣技は、誰より近くで見てきた。誰より長い間見てきた。なら、出来るはずだ……)

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