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『不登校少女と三人の美魔女』第四話 モデルになっても陰キャは陰キャ


 



ジャスミンみたいなCMガール


 
 若い才能が開花するタイミングで、空恐ろしくなるほど「都合よくことが運ぶ」ことは、多くの大人が目にしたことがある比較手ポピュラーな現象だ。自身のことであれ、身近な人物のことであれ。

 俗に言う「ゾーンに入る」「フロー状態に入る」状態は立て続けに起こることが多く、『スーパーマリオ』で「無敵になるスター」を取った時のようにスルスルと目の前に道がひらけていく。

 必ずしも華々しい場面に限らず、ゲームやスポーツを根気よく続けていると稀に体感する「アレ」の拡大版だ。

 若かりし頃に芸能の仕事に携わったサリーンと藤子は、経験則から、ララのCMオーディションが「嘘のように首尾よく」進んだことに、さほど驚きを感じなかった。

 サリーンにおいては、そこからはじまって、逆に転げ落ちる時は「笑っちゃうほどすべてが裏目裏目にでる」ところまで織り込み済みで、「始まったか……」と、不安をにじませた遠い目をしていた。

 もちろんララ本人は、ガチガチに緊張気味であったが。
 

 
 冬場の感染症対策もあってか、最低限の人数を入れただけの狭いオーディションルームでの審査となったことも、ララに有利に働いた。



「オニイサン怖くないからね。オニイサンはいないものと思って、カメラは無視して演技をしてみてね」

 どこにでもいる「日本の若いおにいちゃん」風に流暢な日本語を操るブラウン監督だが、見た目は典型的なアングロサクソン人。

 日本人とも外国人ともいいがたい不思議な佇まいと、真剣味のないゆるりとした物言いにまず面食らう。そんなギャップも、演技初心者の少女の「緊張感」をほぐす要因のひとつだった。

 かつてのララを悩ませた「緊張した時に吃音」は、マダムにヨガの呼吸法を教わって以来、なりを潜めていた。

 サリーンのほうは、ブランクはあれ、不惑の経験者。落ち着いた態度で審査に挑み、「落ちるのも受かるのも縁だから」と、さほど緊張を見せることもなかった。

 候補が数組にまで絞られた最終審査では、ある程度監督と、雑談をする機会も設けられた。

 結果、モデル出身のブラウン監督はニュージーランドの宣教師の息子で、ハーフではなく両親ともにキーウィ(ニュージーランド人)だが、北海道生まれの東京育ち。英語より日本語が得意な三十五歳であることも、判明した。

 監督がクリスチャンだという事実も緩衝材となったのか、サリーンと監督が軽快に会話する傍らで、ララからも、自然と笑顔がこぼれた。

 最終的には、彼が子供の頃に、サリーンが出演していた化粧品のコマーシャルのアートワークに感銘を受けたという小話も飛び出し、監督がサリーンを「サリ姐」と呼ぶまで、現場は打ち解けていた。
「ほぼ決まりじゃん、それ」

 オーディションの様子を聞いた聡美は楽観的にそうつぶやいたが、藤子とサリーンは、

「いやいや、仮に監督が決めていても、スポンサーの意向で流れることもあるから」

 と、たしなめ、ララは期待と不安で、徐々に無表情になっていた。

 オーディション合格の一報が届いたのは、二週間後だった。

 事務所の社長から直々に「おめでとう。決まったよ」と電話を受けたララは、「スマホをとり落として手を叩いて飛び上がる」という絵に書いたようなリアクションを見せ、子供らしさを遺憾なく発揮した。

 そんなララをまぶしげに見つめる中年三人組は、「やめろ、青春まぶしい。目が潰れる」「ババアのすれた心が浄化される」「浄化されたら、あたし本体ごと消えちゃうのよ」と悲鳴をあげ、ララの喜びを毒々しく彩った。



子役モデル初仕事が家族(親族)と一緒、というケースは、そう珍しいことではない。

 昨今の広告では、子供の自然な表情をとらえるために「リアル家族・リアル兄弟」を希望するオーディションも増えている。

 ただ、ララのようにティーンエイジャーのモデルで、初仕事が元売れっ子モデルの叔母と一緒というのは、かなり幸運なのではないだろうか。



 「CMの登場人物は、留学中の娘と母親、娘の彼氏。

 オンラインで、母親に卒業パーティーのドレスを見せる娘。ドレスの裾が「長過ぎる?」と問いかける。

 ファンキーな母親が、「脚がきれいなんだから、切っちゃえば」と提案する。

 すると、部屋の端で聞いていたボーイフレンドの少年がハサミを持って現れ、母親に紳士的に挨拶する。母親がニヤリとわらって「切っちゃいな」とリアクションし、ごきげんな音楽をかける。

 二人はノリノリで裾をカットして、最後はプロムキング・プロムクイーンとなった映像が挿入される。」
 



 
 今回のCMは、物語そのものよりも、「タブレットで海を超えた家族と交流する。音楽をシェアする」という楽しさを強調することが目的とのことだった。

 ボーイフレンド役の男性モデルの中村レオンは、赤ちゃんモデル時代から広告を中心に活躍しているベテランの一八歳で、日本とインドをルーツに持つハーフ。

「やっほー」とフェミニンな仕草で眠そうに登場し、くるくるとよく動く大きな瞳で会う人会う人に気軽に話しかけ、魅了してゆく。

 私立の音楽大学で打楽器・ドラムを選考しているという彼は、アロマテラピーとファッションが大好きな、ジェンダーレス美少年だった。

 過剰にラブリーな仕草で、休憩時間はララとアニメやゲームの話で盛り上がり、おもむろに編み針を取り出しては、編みぐるみを作り始めるなど、マイペースな動きで現場を和ませた。

「おねーさまも、あみぐるみのくまちゃん、いる?」

 いきなりなつかれたサリーンは、常日頃から持て余している母性を刺激され、姪をそっちのけで「かわいいかわいい」と飲み物をすすめたり、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。

 そんなレオンは、カメラが回りだすと途端に、アラジン風の「濃い色気のあるイケメン」に豹変し、「プロ根性」を見せつけた。

「やだ、あのこ、演技に入ると、中性的なのに、セクスィー。昔のジョニー・デップみたいじゃない」

 とクネクネしながらマネージャーの藤子を肘でつつくサリーンは、アイドルにのぼせあがるおばさんそのもの。

 藤子的には「これが視線一つで群がる男どもを操っていた魔性の美少女・サリーか」といささか情けない気持ちにならないこともないが、互いに順調に年を重ねている、と思えば、友のおばさん化もまた微笑ましい。

 当然というべきか、ララの演技は棒読みそのものだったが、CM出演経験の多いサリーンは、

「無問題」

 といってのける。

「芸術作品の映画をとっているわけじゃないんだから。コマーシャルに未経験の若い美人モデルを使っているってことは、求められているのは素材だけ」

 サリーンは、カメラマンにテキパキと指示を出す監督を横目で見やる。
「プロたちがあとで素材を、いい感じにつなぎ合わせてかっこよくするんだから、あんたは言われたとおり動いていればいいの」

 そんな物言いも、ララの気持ちを軽くした。
 現場には、オタク少女をも緊張させない、乙女な美少年と、実の叔母と、親しい女性マネージャー。恵まれすぎている環境もまた、「トントン拍子でことが運ぶ」流れの一部だ。

 それでも音楽にあわせて体を揺らずシーンは苦戦しており、動きが硬いララに対して、監督が「なにか好きな曲ある?」と、声をかけた。

 十四年生きていれば好きな曲のひとつやふたつ、ないでもないが、音楽に詳しいであろう大人を前に気後れして、ララはなかなか言葉を発することができない。

 見かねたサリーンが、雰囲気をほぐす一環として、ダンスで練習した楽曲の名前をあげようと思った瞬間、レオンがエレガントな仕草でララの背中をつつきながら「はい」と手を上げた。

「ちょっと昔の曲だけど、アレあったりするかしら?」

 と九十年代のUKロックの名前をあげる。ララは、レオンに不安げな目を向け、

「しらんて。なにそれ? しらんて、あたし、洋楽とか」

 顔の前で手をパタパタさせている。
 
 いいからだまって、かわいらしく唇に指をあてララを黙らせるレオン。

 スタッフが音楽ストリーミングサービスを検索するガタガタという音が響き、やがてサリーンや藤子世代には馴染み深い洋楽バラードの、メランコリックなイントロが流れる。知らないと言っていたララははっとした表情で聞き入った。

「わ、これ、アレじゃん!」

 好きなアニメの名前を叫ぶと、目を輝かせ、自然とアイソレーションで肩を揺らすララ。
 
 レオンが、「このこ、アニオタだから」とウインクして、なにか「アニメのセリフのようなもの」をララの耳元でささやく。

 ララは、「やばっ」と声を上げ、レオンの肩を叩いて爆笑する。子鹿のような「子どもたち」が叩きあってじゃれあう。場の雰囲気が、フワッとゆるんだ。

「オアシス、ってアニメの主題歌になってたんだ。おじさん知らなかった。昔のアニメでしょ? アマゾンとかサブスクで見たの? 若い子もオアシス聴いているなんて、うれしいねぇ」

 監督がニヤリと笑い、さりげなくカメラになにか合図を出す。

 アニメオタクにとって好きな作品の主題歌は、効率よく「酔っ払う」ことができるお役立ちアイテムだ。

 その後は、ダンスでさんざん練習したトーンアンドアイやジャクソン5でも試してみたものの、実際のCMで「違う曲」にのせて放映されたのは、アニメの挿入歌で肩を揺らしてじゃれ合う二人のカットだった。
 



  
 全国放送でララとサリーンが出演するテレビCMが放映されたのは、新学期もほど近い三月末のことだった。

 その頃になると、不登校児に分類され自宅学習をメインにしていたララも、冬眠から目覚めた熊のように、目をこすりながら保健室ではなく教室に登校し始めていた。

 モデルとして急に売れっ子になったわけではなかったが、通販カタログやヘアカタログのような仕事を数回こなし、少し現場に慣れた頃だ。

 そんなタイミングで、全国放送のCMが放映された。

 ララとレオンという少年少女は、アラジンとジャスミンのようなエキゾチックなオーラで、同世代視聴者の記憶に瑞々しい爪痕を残した。

 とりわけ、レオンが裁ち鋏でザクザクとスカートの裾を切り、ララの美脚が顕になるシーンは目を引き、ララはサリーンが昔専属モデルをしていた女子大生御用達の雑誌『VIVA』編集部からもお呼びがかかるようになった。

「CM見た。なんかあたし一瞬しか写ってないんだけど。しかもいかにも母ちゃんって感じで二重顎なんだけど」

 ブーブー不平を漏らしていたサリーンも、古巣の『VIVA』編集部、と聞いて、パッと目を輝かせる。

「顔見せにいくとき、一四歳だから保護者いるよね? マネージャー扱いでもいい。行きたい、連れてけ、一緒に行く」

「サリーちゃんがきてくれたらそりゃ心強いけど。藤子さんや事務所がいいなら、連れて行ってあげてもいいけど、おとなしくできる?」

 小さな子供に言い聞かせるように、姪に諭されたサリーンは、

「やだやだ、なんで? あたしが元専属モデルっていっとけば、二世ってことで、受かりやすくなるかもしれないじゃない」

 そう駄々をこねるが、藤子は、吉と出るか凶と出るか微妙なかけだな、と首をかしげる。

 結局は、家族付きで顔見世に行くのは、リスクが高いかもしれない、と藤子が判断して、サリーンは連れて行かないことになった。

 そのかわり、サリーンのプロフィールを事前に送付。編集部に「元専属モデルの姪であること」を告げて、ララを一人で送り出した。

 サリーンは不満そうだったが、結果、ララは単発とはいえ『VIVA』のヘアスタイル特集に登場し、サリーンも同出版社の主婦雑誌の『ケイティ』からお声がかかった。

 「「『VIVA』先輩モデルのセカンドキャリア」という特集の中で「ダンス講師」としてのキャリアについて語るサリーンは、ろくろを回すように両手を前に出すポーズをとってキャリアウーマンを気取りつつ、今回はしっかり二重顎を隠している。

「ほらー。業界ズレしたステージ叔母が物欲しそうにくっついてくるより、それぞれのプロフィールを送りつけて正攻法で売り込むほうがよかったでしょうよ」

 藤子は得意げに鼻を膨らませ、この前は駄々っ子と化していたサリーンも、

「おっしゃるとおり。よ、藤子マネージャー! 最高。いやぁ久しぶりに雑誌に出ると気分が上がるね。ララ改造計画も大成功―」

 上機嫌だった。

 新学期のクラス替えを機にララは教室に登校しはじめ、藤子のコミックエッセイ『百七十センチ七十キロの引きもり中学生は二十キロ痩せてモデルになったはなし』もネットではまぁまぁPV(ページビュー)を稼いている。
 

モデルになってもカーストは低め


 
 その日は聡美の家で、藤子のダイエットエッセイの書籍化決定祝の夕食会で、ララは、学習塾が終わり次第、かけつけることになっていた。

 ララが痩せて、CMが決まった直後、美魔女たちはにわかに忙しくなり、ララと会うのはおよそ三ヵ月ぶりだった。

「ところで、だ。きみたち」

 やや浮かれ気味で、バランスボールに乗ってコロコロしているサリーンと藤子に対して、真顔の聡美が、釘を指す。

「もうひとつの目的を忘れていや、しないかい」

「ララのモデルデビューじゃなかったっけ。おおむね成功じゃない?」

 非常勤とはいえ中学教師の聡美は、「すくすくメール通信」というページが表示されたダブレットをかざし、

「それだけじゃないでしょ。中学校で、スクールカーストの位をあげるんじゃ、なかったの? あんたたち、モデルの仕事のことばっかりで、ララちゃんの学校生活にはてんで無関心だけど」

 ボールペンで画面をつつく。

 藤子は、自身の執筆したコミックエッセイが、ララは匿名とはいえネットで好評を博した段階で、「ララ改造計画」は成功に終わったつもりでいた。

 だがしかし、CMと雑誌に出たくらいで、中学生の世界はひっくり返らない。十四歳の日常は続いている。

「えーでもさぁ。新学期でクラス替えしてから、ララは、たまにオーディションや仕事で休んでいるけど、ちゃんと登校をしているみたいだよ。て、カルロスに聞いている」

 主催するダンス教室の生徒の発表会の準備と本番、そしてそのお疲れ会として企画した夫と二週間のヨーロッパツアーを挟み、しばらくララと顔を併せてなかったというサリーンは、呑気に肩甲骨を伸ばしている。

「それは教師のあたしが一番よく知っている。学校側が不登校児に気を使って、幼馴染の女子と同じクラスにしたから、行きやすくなったのも間近で見ているし。ただ、スクールカーストは別に登ってないし。あと、体調はどうなの? 風邪ひいた時は、こじれて激痩せしてたよね」

 サリーンも、ララの激痩せについては、両親から聞いて一応は把握していた。ヨーロッパからも本人にラインして確認したけれど「ただの胃腸炎で二週間ほどで持ち直したよ」という返信を得て、深彫りはしなかった。

「一昨日久しぶりに顔を見たけど元気そうだったよ。モデルになったのに人気者になってないの? あたしは、大学でもサークルでも、モデルデビューしてカースト爆あがりしたけど」

 十八歳の女子大生時代にダイエットに成功して痩せてモデルになったことで、まさに「世界がひっくり返って」モテるようになったサリーンには、ララの現状が理解できないらしい。

「あたしの場合は雑誌に出てもそうモテなかったけど。女子短大だし」

 青文字系個性派モデルだった藤子が、ぼそっとつぶやく。

「そうそう人によるでしょうよ。さらに、大学生と中学生、二十世紀と二十一世紀では違うんじゃないの。サリーン、あんた叔母でしょうよ。聞いてないの?」

 聡美は呆れたように天井を仰ぐ。

「最近そんなにララに会えていないとはいえ、モデルの仕事の話はたまにするよ、ラインで。でもさ、正直スタンプのやり取りでしかないわ。身内にあんまり学校のことは話さないよね。こっちが聞かないと」

「だからそこは聞けって」

 聡美は脳天気なサリーンを、ピシャリと叱りつける。

 多忙な中年女性三人が、半年間集中して、登校拒否の女子中学生を痩せさせるために試行錯誤を繰り返した。

 結果は、彼女は学校にも行けるようになったし、モデルデビューするほど痩せて美しくなった。「希望者ほぼ百%」と言われる高校推薦もとれそうな成績をキープしているし、本人も元気だ。

 これを大成功といわずして、なんといおう。という状況ではあるのだが、そもそもの目的「スクールカーストをあげる」ことに対しては有耶無耶のままで、教師の聡美としては、スッキリしないものを感じていた。

「ごめんごめん。短期集中で結果がでたからすっかり満足していたわ。聡美から見てどうなの? ララの両親に聞いたら『激ヤセ胃腸炎』は心配したけど、今は学校の人間関係で悩んでいる様子はないみたいだけど」

 サリーンは、わりぃわりぃ、というように、手のひらを鼻に当てる。聡美は「私も担任じゃないから詳しくはないけど」と断った上で、

「えぇと。スクールカースト的には、やっぱりおとなしいグループにいるよ。ただ、モデルをはじめて一目置かれている感が、あるような気もするけど、今も仲良くしているのは、オタクっぽい子。二人はさ、スクールカーストってどんなのがあるか知っている」

 と問いかける。二人は同時に、「詳しくはない」「ざっくりしか」と首を振る。

 聡美は、タブレットのメモ帳を開き、サラサラと手書きでスクールカーストの概要を書いてみせる。
 
一軍『クラスの人気者』(ジョック、クイーンビー)
二軍『人気者の取り巻き』(サイドキックス、ブリーザー。ワナビー、メッセンジャー、プレップス、プリーザー、スラッカー)
三軍『PCやアニメが好きな、オタクグループ』(ギーク、ブレイン)
底辺『嫌われ者』(ナード、ターゲット)
圏外『よく分からない不思議ちゃんや不良』(フローター、バッドボーイズ・ガールズ)
 
 
メモを取って、説明する。

 さらに「ついでだけど」とつぶやき、インドのカーストまでメモをする。
 
・バラモン(司祭)
・クシャトリア(王侯貴族)
・ヴァイシャ(庶民)
・シュードラ(隷属) 
・ダリット(不可触民)
 
「不可触民、触ってはいけない人とか、酷くない? 言い方……」

 藤子が、誰に向かってか分からぬままそう抗議すると、

「まぁ、ヒンズー教に基づいて、古くから社会に根付いている身分制度ではあるけど、元々はゆるかったみたいだよ。でも、イギリス統治時代にカースト制度を厳しくしたとかなんとか。士農工商でもあったよね。政治への不満を有耶無耶にするための分断」

「クイズ王サリーン」は、いつも唐突に降臨する。

 倉子は「そうそう」と頷き、

「アメリカのスクールカーストだから日本のは、このまんまじゃないんだけどね。だいたいこんな感じ。で、ララと仲が良い幼馴染は、大人しい眼鏡のみつあみちゃんだけど、学年トップスリーに入る成績で歯科医師の娘だから、ブレイン(頭脳)かな」

 ブレインに三軍丸をつける。

「お向かいの吉田歯科医院のリサちゃんでしょ? あんな優秀な子と仲いいなんて親は安心だわ」

 藤子に「あんた親じゃなくて叔母だろ」と突っ込まれたサリーンは「心は母なの」と言い返す。

「スクールカーストなんぼのもんじゃい。どうせ、中学の一軍なんて半分は、昔でいうギャルかヤンキーか運動部バカで、二十年後に一番出世しているのはオタクのギークかガリ勉のブレイン。または、育ちのいいプレップスでしょうよ」

 切実な実体験を交えつつ、

「途中で勉強を放棄しなければ、ジョックのイケメンサッカー部員より、ブレインの医者の息子のほうが、よっぽど将来若い美人にモテる。断言できるね」

 身も蓋もないことを言う。

「意外と知ってるね、スクールカースト」

 藤子が感心したようにつぶやくと、サリーンは、「海外ドラマで見たの、思い出した」と得意げな顔をする。

「そうそう。だからさ、教師としては今のままでまったく問題はないと思うよ。むしろ変にサッカー部にモテはじめたり、派手な女子に祭り上げられなくて安心なぐらいだよ。でもさ、サリーンはララを陽キャにするのにこだわっていたじゃない」

 聡美にそう言われて、急に当初の目的を思い出したのか、

「そうだった。ていうかみんなもっと祭り上げてよ、うちの姪を神輿に乗せて。告白しろよ、サッカー部」
 
 不満げに口を尖らせた。

 その時、来客を知らせるブザーが鳴りひびく。オートロックを解錠する画面から、ヒョロリと背の高いララが、母親・百合からの「お持たせのケーキ」をかかげて手を降った。

 



 
「あー、サッカー部キャプテンには、話しかけられはしましたねぇ。『姉ちゃんがファンだから、よかったらサインくれない?』って。でも、ウチのこと好きではないみたいです、彼は、バスケ部の巨乳に告白していました。いまのところモテはないですね」

 中年三人の宴に駆けつけて、カロリー低めの米粉のザッハトルテをかじりながら、ララは首をかしげる。

「スクールカーストも、多分あんまりあがってない。友達はいまもオタクだけど、上の身分のやんごとない方々に話しかける権利はもらった気はします。向こうからもたまに興味本位で声をかけるし」

 ララは、「昔よりそっと扱われている。なんというか、『そっ』て、感じです」と、両手を、真綿を触るようにもふもふと動かしてみせる。

「えーと、尊重されるようになったってこと?」

「どうですかね。珍獣として?」

 ララがそう答えると、サリーンはまた不満そうに口を歪め、ほうれい線を刻み込む。

「そういや学校で、CM出たりしたことあるの、ララちゃんだけじゃないしね」

 聡美が思い出したように手を叩く。

「あそこの中学ってそんなに芸能人率高いの?」

「芸能人率高いというか、たまたまなのかな。子役あがりの、地下アイドルちゃんみたいな子がいて、今はグラビアをやってます」

 ララは思い出すように目を上にやった。

「その子は、かわいいっちゃかわいいけど、童顔すぎて好みが分かれるし、前に二十代のおじさんと付き合ってるとか自慢してみたり、リストカットしちゃったりするんで、若干、引かれてます」

 そういいながらララは、カースト表を指でなぞる。
「このカーストだと不思議ちゃん(フローター)か、不良(バットガールズ)で、上位ではないですね。なんか雰囲気、怖いんで。男子に『愛人』てあだ名つけられているし」

「じゃあ上位って誰なの?」

 藤子に聞かれて、「うーん」とまた首をかしげる。

「アメリカみたいに、女王はいないかな。三、四人、顔も普通にかわいくて運動ができて色んな意味で『声がでかい』グループがいて、モテていますねぇ。勉強はできたりできなかったりして。成績は関係ないかな」

 「サイコとかね」と聡美が口を挟むと、

「そ、サイコパスのサイコはそこのチームのひと」

 宿敵だったはずの名前をサラリと口にするララ。

 サイコと聞いて、姪の屈辱を思い出したのか、サリーンが嫌そうな顔をする。

「サイコって、そういえば、ちゃんとクラス離してもらったでしょうね。あの意地悪なマセガキと」

 プンプンしているサリーンに、ララと聡美は即座に「バッチリだぜ」と親指を立てる。

「もちろんですわ。大竹くんと彩良さんと同じクラスなら学校行きませんって、ちゃんと言いましたよ」

「そうそう、教師的にも揉めたもの同士、同じクラスになられたら迷惑だしね」

 聡美が肩をすくめる。するとララはこともなげに、

「あ、でも、サイコさんと仲直りっぽいことはしましたよ」

 なんて言ってのける。

「はぁ?」

「なんでよ?」

 拍子抜けしたようにサリーンと藤子が同時に叫んだ。

「おお、おもしろくなってきた、漫画っぽい展開。悔い改めて親友になるとか、モデルデビューを見て恐れ入ってすりよってきたとか?」

 ライター兼漫画家の藤子としては「ドラマになりやすい展開」を期待したが、ララは真顔で首を振る。実情は、ちょっと違うらしい。

「そんな感じじゃなくて。なんかスピリチュアル系になっちゃったみたい、彼女」

 と、意外なことをいう。

「家がクリスチャンじゃないですか、私達。最近あそこのうち、親が離婚したみたいなんですよ。それで、急にいろいろ考え出したのかな」

「ああ、うちの姪に恐れ入ったわけじゃなくて、そっち系か」

「いきなり教会で、『私が意地悪だったよ、ごめんなさい』て謝られて、こっちは面食らって『お……おぅ』て。まぁ、多分その日の気分が賢者モードだっただけで、中身はそんな変わってないのかもしれないけど」

「どうしてだろう? 叔母のあたしもクリスチャンだし、いい話なはずなのに、物悲しい既視感がある」

 サリーンの言葉に、ララも深く頷く。

「教会で仲直りするのはいいことよ。ただ、心を入れ替えて聖書とかを勉強して、少しずつ変わっていくならともかく、ある日いきなり性格が激変するわけないから、それは情緒不安定なやつだわ」

「分かるわぁ。ありがちよね、チヤホヤされて人生イージーモードだった奴に試練あって、急にいい人風になるの。唐突にスピリチュアルにハマって悔い改める動き」

 藤子も同調し、聡美は、

「大体そう長続きしないけど、中年にありがちな『悔い改めプレイ』を中二でやるとは、早熟だけど、害はないかな。思春期も更年期もホルモン乱れるからね」

 腕を組んで、うんうんとうなずく。そんな話の流れでララは、先々週の日曜日を思い出す。

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https://note.com/clear_lynx1235/n/ne249636ecd0e

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