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『エチカ』 ~ 運命

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:::::::: つづき

(気持ち悪りぃなーー;;なんだよこれはっ、ワカメか!?)


鮫を追って海へダイヴしたはいいが、べたりと額に張りついているものがある。
このスライムのような物体はいったい何だ。海藻の類には違いないが、コンブやワカメにしては形が複雑すぎる。 視界を遮る奇妙な海藻を手で剥ぎとりながら鮫を探した。


しかし、程なくしてぼくはあることに気づく。当たり前のことを忘れていたのだ。鮫は鮫ゆえに泳げるということを。飛行が当然となった今、ついさっきまでの常識が抜け落ちてしまっている。なんて寝ぼけた頭をしているんだ。これにはじぶんでも可笑しくなった。 それでも、鮫を救出する必要がないと分かったら気も楽になり、かえってじぶんの状態が気になり始めた。


(泳いでる? …しかも素潜りで? いや、待てよ、空を飛べたくらいだからボンベなしで潜っていられたっておかしかないか…)


ぼくは実際、呼吸をしている感覚もないほど水中を楽に進んでいた。それでも何かが変だった。そう、視界に捉えていたのは海面だったのだ。

(仰向けで泳いでるということか? 背泳ぎ、あり得る。十分にあり得る。でも、水をかいてもいなければキックもしてないぞ。それに頭だって海の中にあるじゃないか…)


「イテッ!」


足首に、チクッと刺すような痛みが走った。


「あら?痛かったかしら」

(ん?なんだ? 耳元で女の声がした気が…。えっ、まさか、五色の羽のはえた綺麗なおねえさんのご登場? つまり溺れて瀕死状態になったところをまた記憶のイメージに助けられたのか?えっ、だったら見たい!どんな美人なんだろう~~~)

ほんの数秒、高速に想像が巡った。


「乗り心地いいでしょん♪」


(やっぱり確かに女の声…)


「ひょっとしてあなたは、鏡花の絵本に出てきた五色の羽のおねえさんですか?」


「何をおっしゃてるの、失礼ね!レディにすることじゃなくってよ!」

「おっと、失礼。こちらにもいささか事情がありまして。人違い(ってか、何違いだか知らないが…)だったようです」


ぼくは海面を仰ぎ見たまま、鼓膜を叩くような声に対して丁寧に頭を下げた。なんとも滑稽な姿だ。


「海中のアイドル、レディマンタにその様な無礼を働くなんて、あなたもサメのお仲間かしら!?」

「いいえ、あの、ぼくは、エチカって言います」

「エチカ?聞いたことのないお名前ね。ま、新入りってことならしょうがないわ。あたしはレディマンタよ」

「マンタって、ああ、あの!たしかにあなたは人気ものですよ!」

「その通りよ。思考屑に引っ掛かって身動きとれなくなってたエチカを救ってあげたんだからっ」

「なるほど!それでぼく、あなたの背に寝そべってるわけですね?」(ってか、呼び捨てかよ)

「そうよ。乗り心地サイコ~でしょんッ♪」


これで合点がいった。どうやらぼくは、マンタの背に乗りたいという、あの幼き頃の願望までも叶えてしまったようだ。


「助けて頂きありがとうございます。の…、ちょっと、仰向けも心地良いのですが、あなたとお話するには失礼かと。 跨がっても… いえ、あの、座ってもいいでしょうか?」

「結構よ。あたしもエチカとお話しがしたいわ」


マンタの背で正座をする日が来るなんて、人生分からないものだ。
肉眼で見る海の中の光景は、いつか見た4Kの画像と比べものにならないほど美しかった。浦島太郎は助けた亀の背に乗り竜宮城へ案内されたが、ぼくは助けられたマンタに乗り、何処へ向かっているのだろう。わくわくが止まらなくなった。


「あの、それと…おたずねしますが、その思考屑とやらに鮫も引っ掛かってませんでした?」

「サメ? サメですってっ?! エチカはやっぱりサメのお仲間なのっ!!!」

「え、いえ、仲間というか知り合いというか…ま、飛行友達?みたいなもんです」

「は、はーーーーーーんっ!なるほどわかったわ。エチカもあのおしゃべりザメにそそのかされたのね!」

「えっ?!おしゃべり鮫をご存知なんですか?空を飛ぶヘンテコな鮫ですよ」

「知ってるも何も、そうやって新参者をそそのかしては、じぶんが飛べることを自慢してるのよっ。まったくサメっていやしいったらありゃしない!」


鮫の話しになると、レディマンタは紅潮し声を荒立てた。考えてみれば当然のことかもしれない。弱肉強食の世界では、鮫に命を狙われることだってあるのだから。ぼくの思考力は落ち着きを取り戻し、常識と非常識の行き来に慣れてきたようだった。


「念のためですけど、あのおしゃべり鮫は泳げますよね?」

「あったり前じゃないっ!サメなんだからっ!」

「ですよね! はぁ、よかった。ぼくが飛べたと思ったら落下したんで、ちょっと心配してたんです。なんだか不自然だったし…」

「え?!なんですって??? エチカまさか、あのいけすかないサメと一緒にお飛びになったの!?」

「そうですよ。最初はいきなり宙に吹っ飛ばされてえらい目に遭いましたけどね」

「もう一度おたずねするわ。サメの背中に乗らずに、エチカひとりでお飛びになったの???」

「そうですよ。そういえば、あのお喋り鮫も興奮してました。“わたしの背中に乗らずに飛んだのは、きみが初めてだよ!”って」


そう言いながらぼくは、鮫と一緒に飛んだ時の高揚感を思い出していた。最初は食べられてしまうんじゃないかと恐れていたけれど、言葉を交わしているうちになんとなく距離も縮まり楽しくなっていた。それに鮫は、飛べることを自慢してる風でもなく、本当に喜んでくれてる様子だったが。


「まぁ、なんと言うことなの!空を飛べたというのに、あっさり思考屑なんかに引っ掛かっちゃうなんて!やっぱりあなたもサメと同じなのねっ!恥知らずったらありゃしない!」

ペシッ!!!

「なっ、なんなんすかっ!」

レディマンタは増々カラダを紅くし、長い尻尾をぼくの背に打ち付けた。どうやら鮫のことをよく思っていないらしい。

「そんな中途半端なことだからっ、ダメなのよっ!」


(ダメ?)


ぼくはカチンときた。ダメとは、決して言ってはならない地雷言葉だ。あの嫌味な上司の岩のような顔が脳裏によぎる。まるでレディマンタの苛立ちがぼくに憑依したかのうように心がざわつき始めた。

「エチカって、Mr.ジョブズなんかに憧れて坐禅などおやりになってるくち?」

「何なんすか、いきなりジョブズって。ま、何度か禅寺には通いましたが、まったくですよ;煩悩ばっかで」(ったくっ、女の話しが飛ぶのは陸上も海中も同じかっ!?)

「煩悩って、どういうことですの?」

「無になれやしないんです。いろいろ頭に浮かんで」

「わからないわ! 何をおっしゃってるの? そのいろいろ頭に浮かぶことを煩悩って誰が決めたのよ」

「ん?そういうことなんですよ。頭にいろいろ妄想とかね、雑念が…」


ぼくは面倒くさそうに答えながら、わき上がる苛立ちを必死で堪えようとした。が、理性でねじ伏せようとすればするほど、あの場面がリフレインされる。


___『それではダメだ!』『そんな中途半端なことだからっ、ダメなのよっ!』『おまえはダメだ!』『ダメダメダメダメダメダメダメダメ!!!!』


(いったい誰の声なんだよこれは!)


上司の声にレディマンタの声が重なり父親の声が重奏した。記憶の格納庫から漏れ出す声色が、フルオーケストラとなりぼくの頭蓋骨を支配しはじめる。 いびつなベートーヴェン交響曲第5番。


(誰だっ、やめろ!)


指揮棒が振られるだびに、舞台は蜘蛛の巣で張り巡らされあっという間に視界が曇る。歪んだ弦の不協和音がホールに漲る生気を飲み干していく。


「お黙りっ!エチカ!!!」

レディマンタは容赦なく、その尻尾を警策のように打ちつけた。

「なっ、なんなんすか!痛いですよっ!」

「そんな中途半端なことだから」

「そうなんですよっ!中途半端だから無になれやしないんです!」

「おバカっ!違うわよっ!中途半端なのは、無を追いかけようとするその解釈めいたやり方そのものだわ!」

ペシッ!!!

「もうっ!!!痛いですってば!いったい何のつもりですか!あなたの言ってること、まるで支離滅裂で分かりません! それにチクチク刺すような痛みが‥、ぼくの背中に釣り針でも刺さってま…」


全身に痺れが走り意識が朦朧としはじめた。レディマンタの毒針にやられてしまったのだ。

::::::::

つづく

本日も💛 最後までお読みいただきありがとうございます☺︎