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『未来からの手紙(終) § 胎動 iii そしてはじまりの音』


〈 一年後… 〉

「無事に出産されましたよ。ご予定通り、男の子と女の子の双子です。」

若い看護師が、ひたいをテカテカさせ待合室の扉を開けた。

深夜2時をまわり部屋にはぼくひとり。
待ちに待った瞬間は、ちょっと見るのが恐いような‥
複雑な感情がちらと波打った。
それでも体の反応は素直。
咄嗟に立ち上がり、看護師を追いこす勢いでスタスタ歩いていた。

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◎ 前回まではコチラです◎
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(1) シャークの森 (2) FLY!FLY!FLY! (3) 空間と体は切り離されてはいない
(4) 運命 (5) 涙の種 (6) きずな (7) 体は何も忘れてない (8) 感情を感情のままに (9) 運命Ⅱ (10)胎動 i (11) 胎動 ii (12) 出航 (13) 楽園

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              *


「エチカくん!飛べたね!」

「ん?おしゃべり鮫? どこにいるんだい?」

「ここだよ、ここ!」

「ん?…カモメ?」

声のした方を向くと、カモメが同じ高さで飛んでいる。
それはほんとうに絵に描いたようなカモメの顔をしていて、
思わず笑った。

「違うよエチカく〜ん! わたしはここにいて どこにもいない  
  Nowhere man さっ!」

「なんだよそれ!w」

存在が確認できなくても、そんなことどうでもよかった。
ぼくには、その声が確かにおしゃべり鮫だとすぐに分かったから。
どこか謎めいていて、ちょっと小馬鹿にするようなあの感じ。
でもって基本、無邪気。
なんだか懐かしくてほっとした。

「レディマンタとは仲直りしたかい?」

「仲直りってなによ、エチカ! わたしたち、もとから仲が良くってよ!」

「おっ!レディマンタもそこにいるんだね!」

「エチカくん、気づいてる? レディマンタ…。」と、おしゃべり鮫の声が
 また割って入ってきた。

「うん。すぐに気づいたよ! じぶんのこと “あたし” って言うの止めたんだね。
 “ わたし ” の方が、品が良くてレディには似合ってるよ。」
                            
「あらどうも! エチカも良かったじゃない?飛べて。
 それに、あのときの双子ちゃん、 エチカのファミリーだったんだね。」

「ん???」

アタマがこんがらがってきた…。
どうして双子が生まれたことをレディマンタが知ってるんだ???

            
                                                *


(ふぅ。夢かぁ…。)

そっか。
病院から戻ってくるなりソファで寝てしまったんだ…。
こんな夢を見ると、あれからもう一年が経とうとしてるなんてとても思えない。


ぼくは確かに飛んだ。
タヒチから帰国する前日のこと、
りゅうりゅうキンにくんに頼んでパラセーリングを再トライ。
青く、どこまでも澄みきった空を体にふくんで飛んでいた。

そのときの記憶の断片が、夢で再現されたようだったが、
そういえばタヒチから戻って、おしゃべり鮫が夢に出てくるなんて初めてのこと。
ぼくはなんとなく、彼らに祝福されたようなあったかな気持になり、
しばらくぼぉ〜っと、宙を眺めていた。

ハネムーンから戻った後の一年は、まさに光陰矢の如し。
手順としては常識的ではなかったが、〈 ハネムーン → 入籍 → 両家で会食 〉
自然にそういうステップを踏んだ。 ちなみに、式は挙げていない。

結婚を前提に同棲しているであろうことは、
当人たちよりも周りの方が当然に思っていたようで、
なだらかに新婚生活をスタートすることができた。
といっても、生活環境は以前のまま。
変わったことといえば、ぼくの部屋が仕事場兼用になったくらいのこと。

それが…。
いきなり二児のパパとなった今、どうも気が落ち着かない。
心の準備期間は十分すぎるほどあったというのに、
それはとても唐突なことに感じられた。

なんたって、早けりゃ5日間後には
これまでエルダとふたり暮らしてきたこの部屋に、
じぶんの血を分けた命が2人ぶん増えるのだ。
これはいったいどういう神秘なんだろう。そういえば…
世界共通で赤ん坊の産声は〈ラ〉の音だと聞いたことがあったが、
うちの子も〈ラ〉で生まれてきたのだろうか…。
オーケストラの音合わせもギターのチューニングも〈ラ〉。
ラは始まりの周波数なのか…?

リビングに用意されたベビーベッドやおもちゃのファンシーな色彩に、
ぼんやりと焦点をあわせながら、そんなことを思い巡らせていた。

(まだ6時かぁ…。そうだ‥
 病院へ向かうまえに親父に報告にでも行くか。)

そう思い立つと急にシャキリとし、さっさとシャワーを浴びた。
気づけば墓参りも一年ぶりのこととなる。

あれはタヒチからの帰国後、入籍諸々がひと段落つき、
エルダのご両親に挨拶に行く、前の日のことだった。

ぼくは一人、親父の墓の前にいた。
めくるめく仕事のことやエルダとのてんやわんや…
ひとしきり報告を終え、立ち上がろうとしたその時、スマフォが振動。
思わぬ胎動の音連れだった。


**〈 一年前の墓参り 〉

ブブッ===♪

部長? しかし出ると声が違う。

(ん?…これは岩面の声じゃ?)

その通り。
声の主は、開発部の部長ではなくあの岩面だった!

「結婚おめでとう。」

「えっ?!どうして知ってるんですか?」

「そんなこと、風のうわさですぐ流れてくるよ。おまえは顔もひろいしな。」

「ありがとうございます。ってか、それよりR社どうなったんですか?

「あ。ちょっと変わるね〜。」

(ん?…岩面って、こんな軽い口調で話す人だったっけ???)

そうして変わって出たのが、ようやく部長本人だった。
曰く、R社は名は残るものの事実上倒産したらしい。
社の雲行きがよくないことは開発部の部長も岩面も、
ぼくが居たころから察知していたのだという。

異例の早さだったぼくの制作部異動は、
R社の社運に、最後の望みをかけてのことだったらしい。
社を切っての異端児に革命を託したのだと…。

だが、彼らが想定していたよりも経営陣の内情は深刻だった。
途中でそれに気づき、計画を変更。
熱のある人間は、社内で戦うより去った方が身のためだと判断した岩面は、
ぼくが自ら辞めるよう仕向けたのだという。
ぼくは何も知らずに与えられた役を演じていた、というわけだった。

しかし何より驚いたのは、岩と風、というほど
まるでキャラの異なる上司2人が旧知の仲だったということ。
今は共にR社から離れ、ライヴ活動と音源配信だけに特化したレーベルを
立ち上げる準備を進めているという。

「マスコミが取り上げてたことは8割方本当だ。
 悔しいけどな、上層部は思うより腐っていたよ。」

部長の乾いたトーンが、かえってぼくの胸をぎゅっと締めつけた。

「そうだったんですね。何て言っていいか…。」

「いや、こんなこと…今さら聞かせることでもなかったんだが、
 一言詫びておきたくてな。R社辞めてからおまえも大変だったと聞いたよ。」

「い、…いえ。大したことないっす。」

「おまえみたいな地獄バカが勢いよく飛び出してくれたお蔭で、
 オレたちも背中を押されたよ。思う道を突き進めよ。」

「なんすか!地獄バカって!笑  閻魔大王に舌ぬかれたって諦めませんよ!」

「っと言っても、これからはライバルになるかもしれないけどな!」

(ん…?ライバル?)


一瞬、何のことだか分からなかった。
が、部長はきっと覚えてくれていたのだろう。
かつてぼくが熱く語りまくったヴィジョンを。

5分も話さなかったと思う。

日常に忙殺されて忘れたようにはないっていたが、
やはり意識の片隅に引っ掛かっていたR社のこと…。
それがはっきりしたからというよりは、
50を過ぎても挑戦をやめないオヤジ2人の弾むような息に触れ、
どこかまだ強ばっていた心が、ふにほどけた。
と同時に涙が溢れ出した。

親父も本当は、こんな風に生きたかったんじゃ…。
__「思う道を突き進めよ。」
そうエールをくれたのは、親父のような気がした。

それにぼくは…
やはり、多くの人に助けられていた。

岩面は、ただの時代錯誤なオヤジではなかった

上と下の板挟みになりながらも、
勢いのある水が然るべき方へ流れていくよう、
黙って堰となる意志の塊だったなんて‥。

立場上、入社して数年も経たない青二才に、
安易に内部の事情など話せるわけもなく…
自らヒールを演じてくれていたわけだ。
どことなく、その屹立する姿が親父の背中と重なった。

親父もきっと、板挟みだったに違いない…。

あのとき、ぼくをダメだと言った本当の理由が分かったような気がした。
スマフォの電源を切り忘れていたぼくの過失を責めたのではない。
ましてや、我が子の失態で被った泥に苛立っていたわけでもない。
もっと全体のことを観ていたのだ。

演奏を楽しみに会場に集まったひとたち、
その時を迎えるまでにどれほどの研鑽を積んできたか分からない演奏者や指揮者。
親父の功労に報いてくれた会長の思い…。

ぼくはじぶんのことしか見ていなかった。だからなおさら傷ついたんだ。
見なきゃいけないじぶんの心からは目を背けて。

とんずらした仲間のことを警察に言わなかったのも、
本当はめちゃくちゃ傷ついていたからだ。
裏切られた事実を認めてしまうと悲しみを感じなくてはいけない。
そんなこと、認めたくなかったんだ‥。
エルダにはカッコつけて、高い授業料を払った、なんて、
あのときは本当にそう思って言ったけれど…。

ぼくは悲しみに蓋をしていた。

その悲しみの根っこは、親父に認められたかった、ただその幼稚な勘違いだ。
親父はぼくのことを認めていた。
からこそ、ぐだぐだ言わず〝ダメだ〟とだけ言ったのだ。

( 親父‥ それにしてもあまりに不器用な方便だよ‥3文字って。)

ぼくは墓の前で、泣き崩れた。
親父が死んだとき、泣けなかったぶんまで声をあげて泣いた。
ガキみたいに涙でぐしゃぐしゃ‥ 。

あのときたしかに、親父に抱きしめられたような気がした。


**〈 産婦人科 〉

「ねぇ、抱いてみる? 経過も安定してるって、先生言ってたし。」

エルダの胸元ですやすやと眠る、
蝉の幼虫みたいな我が子をまじまじと見つめた。

「うん。なんかおっかないけど、抱いてみたい。
   こっちは、華だね?」

「そう。わたしも服の色が違わなければ、
   どっちが華で泉かまだ分からないよw 」

「あ、ちょっと待って。手洗って消毒してくる。」

ぼくは、エルダに手ほどきを受けながら、
首の据わってないふわふわとした生きものをおどおどしながら抱いた。

(これがぼくの娘…)

と言っても、まだ実感はわかない…。
それでも、真っさらな光が胸の奥へすぅ〜っと入ってくるような、
底知れぬ感動が打ち寄せてきた。

「うわぁ、あったかぁ〜いぃ。こんなにちっちゃいのに。」

「ほら、泉〜 パパが来てくれたよぉ〜。」

と、エルダはなんの躊躇もなく、ベビーコットから息子を抱きあげた。

「さすがはママだなw 」

「体のあちこちが痛くて衰弱しちゃってるけど、
 なぜだか赤ちゃん抱くときだけは自然に力でるw」

「男には一生わからない実感だなw 」

「ん?‥エチカ、お父さんとこ、行ってきたでしょ?」

「えっ! なんでわかったの?」

「双子を産むと、透視能力が開花するらしいよ。」

「へっ!? まじ???」

「うっそ〜w お線香の匂いするもん。」

「なんだぁw」

「ってかさぁ、その本、いつも持ち歩いてるけど、読めないのになんで?」

と、サイドテーブルに置いてあった
美しいアラベスク模様の古書に目をやりエルダが言った。

「読む気はあるけど、読む間がないだけだよw」

「え? それ、ヒエログリフとかサンスクリット語の類でしょ?」

「なに言ってんだよ、エルダ。透視能力どころか乱視になってないか?w」

はじめはふざけてるんだと思った。
が、どうやらエルダには、本当に異国の文字に見えてるらしい。


その本は、どういうわけか誤ってぼくの元に届いた。
タヒチでの出国時、空港で持ち込み荷物の検査に並んでいたときのこと。
ホテルのサービス係が、忘れ物だと言って慌てて届けてくれたのだ。
受け取ったときは、てっきりスーツケースに入れたつもりでいた
ビジネス書を忘れたのだと思い、さっとバッグに仕舞った。

が、帰国後も旅行用バッグのなかに放置されままで月日は過ぎ…。
つい先日、エルダが入院の準備にバックを使うというので出したところ、
何やら袋が入ってる。
お土産でも忘れていたのかと中を見ると、美術書のような本が出てきた。

その装幀の美しさに目を奪われ、
せっかくだから読んでみようと持ち歩いていたのだった。


「エルダ…。ぼくには読めるんだよ、ふつうに。」

「ぇえ〜、エチカの方が、なんか開いちゃったんじゃない?w
 で、なんて書いてあるの?」

「表紙には… 『Mind Opera 〜 ただのひとり芝居さ 』って。」


そのとき、ぼくの腕のなかにいた華が、
 “ プフッ♪” と、寝息のような音をたてたのと同時に、
エルダの胸元にいた泉も、同じ音を発した。


:::::: 第一章 おわり

本日も💛 最後までお読みいただきありがとうございます☺︎