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『エチカ』~ 胎動 ii

意味を探すな、用法を探せ。__ヴィトゲンシュタイン

「意味そのものより、用法に本質がある・・・。」この頃のぼくはまだ気づいていなかった。モノゴトの意味を追うと人生は狭まり、用い方の工夫しだいで未来は広がると。

                *

さらに時を遡る。
R社に入ってすぐの配属先は、新人開発部だった。大手レコード会社のなかでも、R社ほど新人発掘に力をいれてるところは当時なかったと記憶している。ネームはお固いが、業務内容はいたって柔軟。要は、キラリと光る才能を発掘する仕事。
ライヴハウスをまわったり、YouTubeをチェックしたりして、新たなスターの卵を探すのだ。最も骨が折れたのは、会社企画のオーデションに送られてくる資料の仕分け。1日で300件さばかなきゃいけないこともあり、鼓膜が吐き気をもよおすことさえあった。

それでも、キラリと光る音源を見つけたときはたまらなく心が躍った。金の卵に出会えるなんてめったにあることではないが、ぼくはツイていた。 たまたまピックアップしたアーティストが、無名の歌手をさがしていた大物プロデューサーの耳にとまり、あっさりデビューが決まった。その手腕が評価され、ぼくは異例のはやさで憧れの制作部異動を命じられた。この時ほど、親父に感謝したことはない。
幼い頃から良質なサウンドに触れさせてもらったお蔭で耳が肥えたのだと自負。 クラシックとポップス、ジャンルは違えど音色の質を嗅ぎ分ける点では違わない。

R社の制作部は、第一から第三制作室に分けられており、それぞれ特色があった。配属されたのは第三で、クラブミュージックや海外配信にも力を入れている社内では比較的新しい制作室だった。だが、看板の華やかさとは裏腹に、どこかしらけたムードが漂っていた。その直感は、3日で確信に変わる。

担当になったアーティストの、プロジェクトチームの飲み会でのこと。スタッフの不満が露呈。出す企画がことごとく取り下げられ、やる気が萎えているという。
みんな口を揃えて言ったのは、室長のアタマは固過ぎる、だった。その席でついた室長のあだ名は、岩面。

ぼくも岩面とは、第一印象からそりが合わない、そんな感触がお互いにあるのは感じていた。が、ぐちまみれの飲み会というのにも、なんだか馴染めずにいた。
トップダウンに従うばかりで下剋上を起こす気概のあるやつはここにはいないのか? いつもならノンアルの発泡酒でも気持ちよく酔えるのに、そんな疑問にひっぱられさめていたのも事実。

それでも、とにかく目の前の仕事に全力をそそいだ。スタジオに入れば外部の才能との交わりもあり、現場は刺激に満ちていた。なんてったって、羽化したアーティストが蝶となりはばたく瞬間をともに過ごせるのだ。 こんなに素晴らしい仕事があっていいものかと、なんど歓喜したことか。
そうしてぼくは、異例の昇進を後押ししてくれた開発部の部長の期待にもこえたえるべく、業務外の時間をつかって新人発掘にも熱を入れた。一時期は、エルダと合う時間もめっきり減り危機にみまわれたが、なんとか同棲にこぎつけ乗りきる。
体力的にはハードだったが、エネルギーを注いだ分だけ面白いほど仕事は応えてくれた。

ある週末、いつものようにライブハウスを3軒ハシゴし帰る道すがら、ようやく見つけたのだ、街角で歌うダイヤモンドの原石を。ぼくは即動いた。 以前から気になっていた新進気鋭のサウンドクリエーターDJ.pH氏が出入りしているクラブにその足で向かい、たった今見つけたばかりの原石をさり気なく紹介した。彼女は、ブルーと名のっていた。

DJ.pHは、トップシンガーにも引けをとらないブルーの堂々としたオーラにひと目で惹きつけられた様子だった。本人がウェブにあげていた動画を見せると、翌週のデモ録りがその場で決定。ぼくは早速、この案件に乗ってくれそうなチームスタッフに声を掛け、徹夜でプレゼン資料を用意。DJ.pHプロデュース企画を自社で派手に打ち上げるため、新システムを導入した前代未聞の戦略をぶちこんだ。このシナリオがうまく展開すれば、疲弊しはじめていた音楽業界に、少なくとも祭のような非日常を演出し盛り返せるのではないかと意気込んでいた。

が、岩面は資料にさっと目を通すなりテーブルに叩きつけ「ダメだ」と一蹴。
連日応酬はつづき、その度に重箱の隅をつつかれる始末。従来のやり方に照らしながら如何に不可能かを説かれ、ぼくは室長のことをただのテクノフォビアだと感じていた。 こちらから仕掛けていかないと業界は疲弊する一方だと噛みつくと、「ルールに従えないなら辞めろ!」と怒声。上がなびかないと分かると、チームスタッフも及び腰になり保身に走るやつも出てきた。ぼくの熱さが浮いた色となりはじめたころ、現場で何かを思いついても、どうせまた岩面のダメ出しが…、そんな思考がおおうように。
異動から半年が過ぎ、ようやく慣れてきたと思っていたが、気づけばじぶんも同じ穴の狢になりはじめていたのだ。ゾッとした。
考えてみればそのころからだ。あのいびつなベートーベンが激しく鳴りだしたのは。
その後、DJ.pHの企画は別のメーカーに流れリリース。そこそこのヒットを飛ばしていることは、業界を離れても肌で感じられるほどだった。ブルーの歌声が、陽の当たる道で人の心を照らしていることにほっとし、ぼくは影を振りきるように起業街道をばく進していった。

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 つづく

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(1) シャークの森 (2) FLY!FLY!FLY! (3) 空間と体は切り離されてはいない
(4) 運命 (5) 涙の種 (6) きずな (7) 体は何も忘れてない
(8) 感情を感情のままに (9) 運命Ⅱ (10) 胎動i



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