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【小児医療コラム】愛嬌ある 小児科医の友人

■小児科病棟への入院


大人でさえ日常生活から切り離されたり、先の見えない不安な状態だったりすれば、心身ともに負担がかかるものです。それがましてや小児科に入院する子どもとなれば、どれほどの負担がかかっているかは想像に難くないでしょう。コロナ禍で家族の付き添いばかりか面会さえもできない状況では、入院した子どもたちの疾患から回復まで時間のかかることかかること。

もちろん、小児科は入院へのハードルを上げ、極力、外来経過観察するように心がけています。ですが、それでも入院が必要になった場合に、わんわん泣いてしまう子どもや、年齢的に人前で泣くこともできない子どもが、ぐっと泣きたいのを我慢しているのを見ると、4人の子どもを持つ小児科医としては、病気を治すためとはいえ、胸を絞めつけられる思いになるものです。

■子どもに刺激を与えるもの


小児科医は子どもの病気を治して家庭と学校に帰すのが仕事だよと、散々先輩や上司に言われてきましたが、「入院が必要ですね」と言うセリフは言いたくないセリフです。

さて、そんな子どもたち。
とくに、ネフローゼ、悪性腫瘍、脳炎、神経性やせ症・・長期入院となる子どもも数多くいます。院内学級、季節の行事もありますが、やはり病院外の世界とは違い、入院中は刺激を受けるような経験も少ないものです。

そんな中、私が医師となった25年前には、映画『パッチ・アダムス(1998年)』のモデルにもなった、ハンター・アダムス医師の活動であるクリニクラウンが病院に来てくれるようになりました。カラフルな衣装で赤い鼻。ハーモニカを吹き鳴らす「クリニクラウン(臨床道化師)」です。

「クリニクラウン」は、「クリニック(病院)」と「クラウン(道化師)」を合わせた造語です。子どもたちを興味の渦に引き込んでいきます。

入院している子どもたちのキラキラした目。小児科医としても心動かされずにはいません。かと言って、我々は子どもたちを診療するのが仕事ですので、クリニクラウンのような活動はできないものです。

■頑張り屋の同僚


しかし私の同僚の中には教室にまで通い、手品や腹話術を覚えた小児科医がいました。ですが医師という仕事をしていると、それ以外の時間を作るのが難しく、練習をすることは困難だったと思います。彼は病院内でクリスマス会や納涼会で、手品を披露してもドッタバッタしていましたが、それでしょんぼりすることもありません。それどころか、胸を張ってこういうのです。
「どうだ、完璧じゃない方が愛嬌あるだろう!」
そんなことを同僚に言われてしまうと、笑わずにはいられませんが、その必死さに私は心の中で泣いたものです。

お互いに勤務先も変わり、その後の様子はわからずじまいとなってしまいました。そんな同僚が昨年、コロナ禍のオンライン懇親会でジャグリングを披露していました。コロナ禍に覚えたそうですが、やっぱりドッタバッタして、道具があっちこっちに転がっていました。
「どうだ、完璧じゃない方が愛嬌あるだろう!」
そんな同僚のことを知っている人なら、ほっこりせざるを得ません。知らない人から見たら、なんてことないことかもしれませんが……。彼のことをよく知る私は、「今も頑張っているんだな」と変わらぬ彼にほっこりしたのでした。

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