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骸骨探偵・第1話

あらすじ
 自殺、発狂死、ショック死……不可解な死亡事件が、ひと月で3桁にも上る呪われた街【木津都】。
 街で原因不明の怪事件に悩まされる人々は、警察もお手上げで匙を投げてしまう怪事件の数々をこっそりと解決し、街の平和を訪ねるべく【探偵事務所・コツコツ】のドアを叩く。
 顔を隠し、身を隠し、彼の肌を見た者はいないとされる、謎の探偵。
 彼の名乗る名は【骸骨探偵】。
 今日もまた、何も知らぬ依頼人が、何もかもを隠しながら、何もかもを暴いてしまう彼の探偵の下へ、足を運ぶ。
「さぁ、お前の全てを暴こう」

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

 ──今日、僕は初めて信じたくないものを信じることにした。
 コンクリートで作られた階段の上を、すっかりと履きなれた革靴で一段一段踏みしめる度、僕の想いは強くなる。
 信じたくないものを、信じなくっちゃあいけない。
 荒唐無稽でも、他人に信じてもらえなくても、もう……”そう”としか言い切れないことだから。

「……ごめんください」

 このご時世では比較的珍しい、木で出来たドアを拳で数回叩く。
 インターホンも何もないだけに、そうすることでしか外から人を呼び出す方法はなかった。
 ──【探偵事務所・コツコツ】。
 そう書かれたドアからは、ただ叩いただけでも何か異様な雰囲気が伝わってきた。
 ドアを叩いてしばらく待つと、女の子の声が聞こえてきた。

「はーい、どうぞー」

「……失礼します!」

 これから面接を受ける就活生のように、そっと扉を開き、中へ足を踏み入れる。
 そこには、”いかにも”な光景が広がっていた。
 壁にぎっしりと詰まった本棚、その棚を埋め尽くすような本の数々。
 洋画なんかでしか見たことのない古い音楽再生機器や、ヒモを引っ張ってつけるランプ、奥にはタイプライターや黒電話なんかが乗っちゃった机がある。
 奥の方にはまた一つドアがあるけれど、きっと奥の部屋に行くための物なのだろう……と言っても、奥の部屋に何があるかわからないけど。
 手前には、依頼人と相談するためであろうテーブルとソファが置いてある。
 最大で6人くらいまでなら座れそうだな……。

「【探偵事務所・コツコツ】へようこそ。ご依頼ですか?」

 事務所の中を見てぼーっとしていた僕に声をかけてくれたのは、さっき僕に返事をしてくれた女の子だった。
 白いセーラー服と黄緑色のリボンを身につけていて、少し青みがかったロングヘアを頭の後ろで一つ結びにしてまとめている子だ。
 可愛いなぁ……この子が探偵なんだろうか、それとも助手さんか何かなのかな。
 僕の姉と似た雰囲気があって、親しみやすさみたいなものが感じられる。

「……あのー?」

「あっ、えっ、あぁっと、その……い、依頼ですっ!」

「依頼ですねー。かしこまりました、あ、どうぞおかけになって。今お茶持ってきますね~」

 姉と似た雰囲気に驚いて呆けていたら、返答がしどろもどろになってしまった。
 だのに、それを特に気にする様子もなく、彼女は僕をソファへと案内してくれた。
 僕は学校で散々学んだマナー講座を思い出しながら、下座へと座って待つ。

「……お前か」

「わひゃっ、あ、はい!」

 物思いに耽っていると、突然低くくぐもったような声がした。
 僕はすぐに立ち上がって、声の主の方を振り向く。

「……なんの用件で、来た」

「え、えぇと……っ」

 声の主はかなりの高身長で、室内だというのにもかかわらず全身を覆い隠すようなトレンチコートと、大きめのサングラスにマスク、布帛のハットを被っていた。
 両手には黒い手袋をはめていて、全身をくまなく覆い隠している。
 奥の部屋から、出てきたんだろうか。

「あぁっ! まーた私のいない間にお客さんと話してる!」

「……む」

 僕が目の前の人にたじろいでいると、さっきの女の子がお盆にお茶を乗せて戻ってきた。
 それも、結構ご立腹な様子だ。

「アンタねぇ、私が言うまで出て来るなって毎度毎度言ったでしょ! もう!」

「……依頼は俺が聞かなければ意味がないだろう」

「又聞きでいーでしょうが! ほらっ、さっさとこっち来る!」

「お前は会計だろう、俺は探偵だぞ……おい、離せ」

 彼女はお盆をテーブルに乗せたと思うと、コートを着た彼の腕を両腕で引っ張る。
 彼もまた負けじと引っ張り返し、お互いが『ぐぬぬ』とうなりながら、引っ張り合いが膠着状態になる。
 ……僕はその様子をただ突っ立って眺めているだけで、どうすればいいかわからなかった。
 いや、まぁ、手を出すのは無粋だと思うし、どっちが正しいかわからなかったから。
 だから、僕は静観に徹していると──。

「ぐんぬぅぅっ……ぅあっ!」

「むっ、あ……」

 ブチン、と妙な鈍い音がした。
 次の瞬間に僕は目を見開いた、彼女も目を見開いたし、彼もまた──いや、彼には見開く目が無かった。
 彼だけは派手な音を立てて転び、その衝撃で帽子とサングラスを落として、その顔を見せた。
 帽子で隠されていた頭には髪の毛……どころか皮膚すらなく、白いツルツルのものがあった。
 サングラスで隠されていた目元も、頭同様白くてツルツルのものがあって、眼球は無かったのだ。
 ……どう見ても、人間であって人間とは言い難い姿が、そこにあったのだ。

「あぁ、取れちゃった……」

「……返せ」

「んが、が、がい、こつ……!?」

 彼の頭は骸骨、そう称するのに相応しい姿だったのだから。
 マスクをして顔の下半分は隠れているが、上半分を見た時点でもう骸骨であると言わざるを得ない。
 というか、よく見るとマスクは耳にかかっていないで頭の後ろで結ばれているし、彼の手はコートのサイズに対してあまりにも細すぎた。
 骨のように……というか、まんま骨なのだ、ボーンなのだ。

「え、ぇっ、ほ、本物……!? て、てか、え……!? じ、実在、したんですか……!?」

 被り物をしているようには見えない、あまりにもリアルな質感が僕にそう思わせた。
 噂には聞いたことがあった、夜な夜な骸骨が夜の街を徘徊するとか、死体が動くとか。
 けど、そんなものただの噂だと思っていたし、信じている人なんて一部のオカルトマニアとか『見た』と言って見間違えただけであろう酔っ払いとか、そういう人だけだ。
 僕だって信じていなかったし……けれど、いざ目の前に現れられると言葉を失いそうになる。
 けれど……今目の前に骸骨がいる、という事実以上に驚くポイントがあって、僕は”そこ”を指差した。

「う、腕……取れ、てる……」

「……早く付け直せ、バ会計め」

 顔は骸骨だから表情は読み取れないけれど、怒気を孕んだ声で彼は言った。
 彼の左腕はコートの袖ごと、肩から先を持っていかれている。
 どう見ても着ぐるみだのコスプレだのでは言えないような光景だ。

「あ、あはは……ウチの探偵、よくこうやって体取れちゃうんですよね~。
まぁ、そのなんですか、はい、プラモデルみたいなものですから、ね、はい。
その、ほら、こうやって、ね、取れちゃった腕も、こう持って、元の方と近づけて、すーっ……ふーっ……えいっ!!! と、付け直せば、ハイ。
元通りです、何もなかったかのように、元通りでございます、はい。
えぇ、えぇ、何か言いたい事とかありますよね、えぇ、はい、わかりますとも。
ですが黙っててくださいね、はい、マジで」

「は、はい……」

 バ会計、なんて言われてた彼女は彼の左腕の肩から先の腕を接合し直し、人が変わったような口ぶりでまくしたてるように喋った。
 喋っている最中も、腕を付け直す最中も冷や汗や脂汗がダラッダラに垂れていて、もうついさっき案内してくれたような可愛さはなかった。
 ……こういうところは、僕の姉には全っ然似てないな。
 まぁ、冷や汗ダラッダラで焦りに焦っていたのは僕も同じなんだけどね。

「……お前には正体を隠せそうにもないな、取り繕うのはやめだ」

「はぁ……わぁ……」

 彼──骸骨は、ため息を吐きながらもマスクを外し、コートを脱ぎ、ソファの上座に座った。
 コートの下はもろに裸……だけど、全身骨なだけになんとも思わなかった。
 骸骨自身もそうなのか、骨だけの状態にブーツと手袋だなんて格好でも何の気にも留めないようだ。

「俺が、この探偵事務所唯一の所属探偵、骸骨探偵だ。用件を聞こう」

「あはは……普段は内緒だし、他言無用でお願いしますね、ねっ」

 二人の言葉を受けて、僕はこれから依頼することに、目を背けてはならないと僕の心そのものに命じる。
 現実に存在しないと言われていたお化けや妖怪の類……怪異。
 それらは確かにここ──僕の住まう街、木津都(こつと)に存在して、誰かの生活や、誰かの命を脅かしているのだ。
 事実、木津都では人による犯罪よりも人の手で起こしたとは思えない怪事件が頻発していて、それらは人ならざる怪異の仕業だと言われている。
 それでも、僕は今の今まで怪異なんて存在を認めず、怪異なんているはずがないのだと強く思い込もうとしていた。
 けれど目の前の喋る骸骨を見て、それを信じないわけにはいかなかった。

「……行方不明になった姉を、探してるんです。多分、怪異に攫われました」

「そうか……どんな怪異だ」

「わかりません、現場は見てないんです……ただ、警察や色んな探偵に頼んでも、姉の痕跡一つ見つからないんです。だから……だから、友達や親戚の伝手を辿って、ここに来ました」

「そうか」

 彼の骨の色のように、淡泊な返事が返って来るばかりだ。
 依頼を持ち込んだ僕の情報が少ないせいなのか、それともそれは怪異の仕業ではないと言いたいのか。

「……姉の写真はあるか」

「あ……はい、これです」

 僕は胸元から手帳を取り出して、そこに挟んでいた一枚の写真を取り出して手渡す。
 今年で社会人三年目になる、僕の唯一の家族である姉。
 いつだって優しくて、いつだって頼りになって、いつだって立派な人で……いつだって、僕の人生の指針を示してくれた人だった。
 底抜けのお人好しで、簡単に人を信じて、どんな人にだって分け隔てなく接して、善性の塊みたいな人だった。
 そんな姉が満面の笑みを浮かべている、僕にとって宝物同然の写真。

「ふむ……怪異の好む女はわからんが、少なくとも人間は好む女だろうな」

「あ、ありがとうございます?」

「……まぁいい、人探しならば俺一人よりも、力を借りるべき奴がいる。そいつのところに行くぞ」

「わ、わかりました」

 骸骨探偵は姉の写真を指に挟んだまま、ソファを立つ。
 当然、依頼人である僕もそれに追従するようソファを立って、ゆっくりと歩き始める彼を追う。

「例のものはあるか」

「いつものアレね、はいはい」

 骸骨探偵がそう言うと、彼女はもう動き出していた。
 もう『つうかあ』の関係なのか、彼女はスカートのポケットから何かを取り出して彼に手渡した。
 ……手渡したもので、いったい何をするつもりなのか。

「うむ、では行くぞ」

 骸骨探偵が僕の方を振り向いて言う、当然僕もうなづいてついて行く。
 彼は壁にある本棚の方に寄り、本の背を触る。

「今は、確かこのパスワードだったか」

「お、おぉ……?」

 本を棚から抜き、並べ替える。
 そんな動作を数回したと思うと、本棚がズズズ……と音を立てて、床の下へとズレていく。
 まるで、ドラマとかにあるようなからくり屋敷の仕掛けだ。

「安心しろ、通る時にいきなり閉まったりはしない」

「わ、わかりました」

 僕の懸念を読み取ったような骸骨探偵の言葉に頷きつつ、三人そろって本棚の空いたスペース……の、奥の空間へと歩を進める。
 そこにはウォークインクローゼットのように狭い通路と一つのドアがあるだけ、ぱっと見物置にしか見えない。
 けれど、ドアには郵便受けのように小さな開きが付いていて、骸骨探偵は開きを軽く引いて開けて、すぐに右手に握りしめている何かを放り込み、開きを閉めた。

「あの、何を……?」

「三歩ほど離れろ。耳をやられるぞ」

「はぁ……?」

 本当に何をしたんだ……と想像もつかぬまま僕は骸骨探偵の指示に従い、彼女と一緒にこの隠し通路の出入り口付近に立つ。
 疑問符を浮かべること数秒。

「ほわああああああああああああああ!?」

 パン、と何かが弾けるような音と共に一人の男の人の悲鳴が聞こえてきた。
 ……本当に、いったい何をしたんだろう。

「出てこい、音玄」

 ネクロ。
 骸骨探偵がそう言ったと思うと、ドアは内側から開き、中から悲鳴の主と思しき男の人が出てきた。
 彼は僕の隣に立つ彼女同様学生なのか、学ランを着ていた。
 青色の髪にやや小柄な体格、中学生くらいなのだろうか。
 だがそれはそれとして、何故か焦燥した様子だった。
 本当の本当に、いったい何を投げ込まれたんだろうか。

「が、骸骨探偵……! 何の用だ、とうとう僕を追い出しに来たか? あぁそうとも、僕は彼女と違って居候さ! でも僕の能力は君にとって凄く役立っているだろう!? だから──」

「そういう話ではない、依頼人だ」

「あぁー……あぁ、そういう、コト」

 捲し立てるように喋る彼は、僕の顔を見ると何かホッとした顔をしていた。
 ……この人が、僕の姉を探すのに向いている人なのか。

「話は事務所でするぞ、出てこい」

「了解了解、ところで次からはちゃんとノックして声をかけてくれたまえよ。僕だって人間だ」

「今までそれで出てきた試しがあったか」

「あるだろ、一度くらいは」

 音玄、と呼ばれた彼と骸骨探偵は軽口を叩き合いながら事務所へと戻っていく。
 当然僕らも事務所の方へと戻り、全員揃ってソファへと座る。
 僕は下座、骸骨探偵たちは皆上座だ。

「それで、改めて用件を聞こうか。僕を頼るってことは、人探しか物探しだろう? それならばこの僕、【音玄(ねくろ)道馬(どうま)】に任せると良い。逆に言うと、それ以外なら僕は無力だから」

「……行方不明の姉を、探してます」

「なるほど……怪異絡みか。やれやれだね」
 
 音玄道馬、そう名乗った彼は骸骨探偵から僕の姉の写真を受け取りつつ、僕の言ったことを反芻しながら顎に手を当てる。
 結構様になるポーズだな……と思っていると、彼は写真を左手の人差し指と中指だけで余白の部分を指で挟んで持つ。
 そして、右手も同様に人差し指と中指だけを揃えて立て、写真の前で何か印を切り始め、ブツブツと何かを唱えだした。

「……探シノ急──」

「こ、これは?」

「道馬はあぁすると、不思議な術みたいなのを使えるんですよ」

「ふ、不思議な術?」

「道術、ってやつみたいで……これを使って、人探しとかに役立てられるとかなんとか」

 喋って動く骸骨が目の前にいるだけに、もうそういうものが出てきても驚きはしなかった。
 この木津都にそういうものがある、それは昔から聞かされ続けてきたことだから。
 ただ、僕が目を向けるのが遅かっただけだ。

「──! ふぅ……よし。彼女がどのようにしていなくなったか、そして今はどこにいるか。案の定おおよそではあるけれど、掴んだ」

「ほ、ホントですか!?」

「あぁ。君の姉がいなくなったのは、木津都の霊脈【穂根之浦神社(ほねのうらじんじゃ)】。連れ去った怪異は──【水難法師】さ」 

第2話

第3話

第4話

第5話

エピローグ


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