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「災禍に誓うサルベージ」 第二話

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第二話:蒼穹を望むイノセンス

「やっぱ、人の血なんか啜るモンじゃないなぁ」

 勝手にやっておいて、酷い言い草だ。俺は血を吸えなんて頼んだ覚えはない。

「おい、ここはどこだ?」

 人形のように均整で、無機質な視線。それは、何度もライトリック卿に投げかけられてきたようなそれとは根本的に違う。

 人間を道具か何かのように見る目ではなく、人類種そのものが道具か何かのように思っている、そういう目だ。俺が生きているのは、ただの気まぐれ、今必要だからだ。

「ティアール王国の地下牢……のさらに地下だ。そこにある『遺産』に、あんたは刺されてた」

 少女は口の端の血を綺麗に舐め取ると、少し考えるような顔をする。不味いとかなんとか言っていたくせに。

「あー……なんとなく思い出してきた。んで、オマエが封印を解いたってわけか」

 俺を見つめる視線が、少し変わる。相変わらず俺を取るに足らないものだと思っている、そういう雰囲気は変わらないが、明確な興味の色が現れた。

 しかしどうにもそこには人間への、というより俺への蔑みが含まれている気がする。どうにも馬鹿にされている気がしてならない。

「どぉーにも信じがたいが、嘘は言ってないみたいだな。ううむ……」

 散々な言われようだ。なんとか言い返してやりたいが、余計なことを言って殺されては敵わない。適当に誤魔化して立ち去ることにしよう。

「じゃ、じゃあ俺はこの辺で。ちょっと用があって……」

 とんでもない遺産を放置するのは惜しいが、それよりもこの少女が恐ろしい。一刻も早く離れるのが吉だ。

 そろそろと地下牢に戻ろうとするが、少女はそれを許してはくれなかった。立ち去ろうとする俺の首根っこを掴み引きずり戻される。

「血をありったけ寄越せ。オマエの血は不味いし魔力も薄いが、ここを出るには足りるだろう」

 いきなり血を吸われて驚いたが、どうやら血に僅かに溶け込んでいる魔力を奪うためだったようだ。この少女、魔術か何かが使えるのか。

 俺の乏しい魔力を使ってここを脱出できるというのは結構だが、それには俺の血を飲み尽くす必要がある。つまり俺は生きてはいられない。それは勘弁だ。

 とはいえ、この状況で俺はどうしたら生き残れるだろうか。俺を踏み越えてここを出るつもりの相手に対して、どうにか踏み台以上の価値を示すには。

「ま、待ってくれよ! 俺はつい最近ここに入れられたばかりなんだ。脱出経路もなんとなくだが把握してるし、道案内くらいはできる。脱出まででいい、協力しないか?」

 とにかく必死で、随分早口になってしまった。しかし、おかげで興味は惹けたらしい。俺が彼女より上回っている部分といえばこれくらいだ。あとは手先の器用さくらいか。

 値踏みするような少女の目から目を逸らさず、気を張って見つめ返す。黒曜石のような瞳は、ここ、地の底のように暗く吸い込まれそうな闇を湛えていながら、どこか他を寄せ付けない輝きがあった。

 星を喰らい続けることでしか輝くことのできない無明の闇のようだ。他を飲み込むことが、唯一許された生業、そんな悲しき生き物のようだった。

「まあいいか。私の魔力分くらいは働けよ」

 機嫌がいいのか、少女は軽い足取りで階段へと向かう。よくわからないが、助かった。俺もついて行こうとして、立ち止まる。

 大事なものを忘れていた。彼女を縛めていた遺産だ。どんな力があるのかは知らないが、飛び抜けて強力なのは確かだ。幸い鞘に収まった状態ならば荒ぶりもしないし、簡単に持ち運べそうだ。

 これから脱出しなければいけないという仕事を抱えているからか、恐ろしい少女と行動を共にしているからか、もしくは目当ての遺産を手に入れてしまったからか、帰りの階段はどうにも足が重かった。いや、上へと向かっているからか。

 階段は相当長かったが、少女の体力も相当なもので、問題なく地下牢まで辿り着いた。仮にもサルベージャーとして各地を飛び回っていた俺と同じペースで進めるとは、なかなかやるな。

「この先、多分俺を探して結構な数の兵士が駆け回ってるはずだ。あんた、壁の先を見る魔術とか、そういうの使えないのか?」

「は? そんなモン使えるわけないでしょ」

 さも当然、というように言い放つ少女。じゃあ、なぜさっき俺は血を吸われなければいけなかったのだろうか。俺から奪ったなけなしの魔力は何に使うのか。

「私が使えるのは『浄化』、えー……オマエたちの言う『厄災』の力だけだ。私は便利道具じゃないんだぞ」

 少しムッとした様子だが、そんなことを言われても困る。こちらだって血を抜かれたのだから、相応の活躍は期待したい。

 それにしても、厄災の力を行使できるとは。ほとんど確信していたとはいえ、彼女の正体は、本当に人類の仇敵、厄災なのだ。

 もう少し怪物じみたというか、そういう化物チックな見た目を期待していたのだが、人間とほとんど変わらない。これと戦う騎士団はさぞ辛いだろう。

 簡単に厄災の力と言われてしまったが、それがどんなものなのかよくわからない。俺が知っている『厄災』は、全ての物質、大地さえもが真っ赤に染められ、その後白く朽ちていくという光景だけ。確かに便利道具としては使いにくそうだ。

 ならば仕方ない。少し恐ろしいが扉を軽く開けて見てみるしかないだろう。

 音が出ないようにゆっくりと扉を動かし、隙間から廊下を覗き見る。本当に軽くしか開けていないからうっすらとしか伺うことはできないが、どうやら騒ぎは上階まで伝播し、ここの人員は増えていないようだ。

「なんだよ、みみっちいなぁ。もう少し開けばいいだろうに」

「う、うわっ!? 押すなって……!」

 少女に押されてしまったせいでバランスを崩し、勢いよく扉から飛び出る。やってしまった。幸いそこまで大きな音は出ていないが……。

「え……?」

 背後から男の声がする。俺が覗いていた部分とは反対側、死角に見回りの兵士がいたのだ。

「だ、脱獄者をはっけ────」

 大声を出そうとした兵士に向かって遺産を鞘ごと振るう。狙いは適当だったがこめかみあたりに直撃し、意識を奪うことは成功する。申し訳ないが、一旦眠っていてもらおう。

「お前なぁ! 邪魔するなよな!」

「なに!? オマエがだらしないだけだろ! 傲慢な人間め、今すぐ浄化してやろうか?」

 少女が鋭い力を纏う。間違いなく、厄災の力だ。それこそ触れられたら最後、俺はかつて見た大地のように脆く崩れ去るのだろう。

「いや、やめておこうぜ。幸い大事にはならなかったしな。とりあえずここから出るまでは協力しよう」

 少女はしばらく厄災の力を顕現させたままだったが、少し考えてからそれを収める。何はともあれ、助かってよかった。

「私もオマエの邪魔をするつもりはない。少し気をつけよう」

 意外だった。ずっと上から目線だし、それこそ人間なんて取るに足らない存在だろう。その存在の言葉を受け入れ、反省することもあるのだ。ますます人間じみている。

 装備の短剣と通行証と奪ってから、拘束具を兵士に手足につける。悪いが事情を少しでも知っている人間に、あまり自由に動かれても困る。

 兵士から奪った道具を、少女はどこか嫌悪の籠った視線で眺めていた。やはり自分が刺されていただけあって、刃物は苦手なのだろうか。

 人の気配に注意しながら慎重に進んでいたこともあって、なんとか地下牢の出口までは誰にも会わずにたどり着くことができた。あとはここから地上に脱出するだけ。なのだが。

「うわ、昇降機がここから動かないように細工されてる。動かすとバレるな、これ」

「とは言っても、出口はここしかないでしょ。突破するしかあるまいて」

 この昇降機の長さを舐めているからそんなことが言えるのだ。旧式で速度が遅く、しかも下手に距離があるせいで地上までは5分近くかかる。そんな時間をかけて昇っていれば、駆動音なりで確実に気付かれて包囲されるだろう。

 地下牢と地上を切り離し、俺の居場所を炙り出す作戦か。とりあえず昇降機を凍結すれば、地下を孤立させて隅々まで探すことができる。理由が理由というのもあるが、かなり徹底している。

「オマエを探すために随分必死なんだな。その割に、全然重い罪は感じられないが」

「罪を感じる? あんた、人がどんな罪を犯したかわかるのか?」

「まあ、ある種の枠の中だけだけど。それでも人間の法とそこまで違いはないはずだ」

 曰く、彼女らにとっての罪とは大きく分けて傲慢・虚妄・簒奪の三種類。だから兵士から装備を奪うことに抵抗があったのか。

 道理で俺に重罪の気配がないわけだ。俺は表向き国家の安寧を脅かした大罪人だが、普段の仕事をしただけだ。少し意外だったが、サルベージャーはどうやら彼女のいう簒奪には入らないらしい。各地に眠っている遺産を発掘するのはセーフなのか。

「やったのは俺だが、指示を出したのは雇い主だしな。それに、今回の件はどうにもあんたの言う罪にはあたらなそうだ」

 今回俺が処刑されることになったのは、隣国との関係を安穏に保つため。所有権のはっきりしない土地での遺産のサルベージは、決して違反ではないが大きな顰蹙を買う。そこまでして、何故ライトリック卿は俺に遺産を見つけさせたかったのだろうか。

 そんなことは今はどうでもいい。今考えるべきは脱出の方法だ。この昇降機の前をいつ兵士が通るかもわからない。方法はないだろうか。

「面倒だ。無理に動かして正面から突破してやろう」

「いや、いくらあんたでも押し寄せる警備兵を相手にするのは厳しくないか?」

「舐めるなよ、私は『厄災』だ。ちゃんと考えもある、信じろ」

 不服ではあったがここにいても埒が明かないのも事実。そこまで自信があるというのなら、俺も乗ってやろう。一応俺を生かしてくれた恩もある。

 昇降機の動きを妨げているのは楔のようなもの。魔力を通すことで起動する昇降機の、魔力の通り道を塞いでいる。これをうまく取り外せば、あとはさっきの兵士が持っていた通行証で動くはずだ。

「そういえば、オマエ、名前は?」

「急だな。俺はノーウィ。ノーウィ・マクアフィテルだ。あんたは?」

 反射的に聞き返してしまったが、彼女は人間ではない。名前などあるのだろうか。なかなか面倒な作業だが、この程度の会話ならば問題ないだろう。

「ロネル・ディア・グラトニ。人間に名を訊かれたら、こう名乗ることにしている」

「ロネルか。似合うじゃん。お、外れたぞ」

 短剣しか道具を持っていないから、随分時間を使ってしまった。きっと処分されてしまっているのだろうが、俺の普段の道具が恋しい。

 探索に使うものから、護身用のものまで。新しいものでこそないが、きちんと整備して気に入って使っていたものたちばかりだったのに。

 もう手に入らないであろう道具たちを思いながら、通行証を昇降機に差し込み、起動させる。もう引き返すことはできない。

「頼むぜ、ロネルさんよ」

「任せておけ、ノーウィ」

 不敵に笑うロネルに宿っているのは、自信だけではない。彼女の言う『浄化』、俺たちには禍々しくすら感じる滅びの力だ。

 昇降機が止まり、そして扉が開く。

「動くな!」

 やはり俺の思った通り、昇降機の大きな駆動音で気付かれたようで大勢の警備兵に囲まれてしまう。無理に飛び出しても取り押さえられてしまうだろう。

 だが、ロネルは余裕だった。吹き荒れる力を携え、恐れることなく前へ進み出る。

「牢と聞いた時から思っていたが。……予想通り、ここは罪の坩堝! オマエらは罪人とは関係ないが、残らず浄化してやるよ!」

 ロネルの軽い足踏みに合わせて、牢が禍々しい赤い光に侵食されていく。これぞ厄災の真の力。世界を書き換え、全てを無かったことにする恐怖の象徴。

 牢全体を侵食し終えたところで、ロネルを覆う激しい力も消えていく。罪人が消え去ったからか、それとも彼女が満足したからだろうか。

 俺のすぐ足元まで迫っていた侵食は、間一髪のところ、もう少しで触れてしまうというところで止まってくれた。俺は消さなくていいのだろうか。

「ここから出るまでは協力する、そう約束したからな。共犯者というヤツだ。私も約束は守る」

 妙なところで律儀な厄災だ。しかし、共犯者か。ずきりと胸が痛む響きだ。目の前に広がるこの惨状、作ったのはロネルだが、俺も加担したのだ。この牢に囚われていた罪人は、ここにいた兵は何人だったのだろう。

 それら全てを飲み込み消し去ったというのに、ロネルは平気な顔をしている。それも当然か。彼女は罪ある人間を滅ぼすのが仕事なのだから。

「さ、この先を案内してくれ。この狭苦しいのはもう懲り懲りだ」

 禍々しい赤と朽ち始めた部分の白に染まった屋内は、目ぼしい道標もなくなってしまって少し歩きにくい。だが、この程度ならば抜けられるだろう。

 幸い、入り組んだ牢獄のエリアを抜ければ後の構造は単純だ。すぐに出入り口となる大扉の側まで辿り着く。ゆっくり慎重に歩いたからか劣化が進み、扉はすでに白く、脆くなっていた。

 もはや押し開けるまでもない。軽く触れると、がらがらといくつかの欠片になって崩れてしまう。

 建物全体がこの程度の強度になっているのか。ちょっと危ないな。

「こんなところで圧死は御免だ。ちゃっちゃと離れようぜ」

 そう言って振り向くが、ロネルの顔は険しかった。何か気に食わなかったことでもあっただろうか。

「そうだな。すぐに離れたいが……」

 嫌な予感がして前方、建物の外に向き直る。俺たちが求めていた青い空、その下に燦然と輝くのは太陽ではない。磨かれた装甲と、強大な力を放つ遺産だ。

 ここまで盛大に暴れれば、奴らが現れるのも当然か。厄災を狩り、滅ぼすことを目的としたティアール王国最強の集団、破災騎士団が。


あとがき


 脱獄成功! ですがこれで一安心、とはいかないようですね……。
 破災騎士団と相対したノーウィとロネルは、このピンチをどう切り抜けるのか……?
 次回もお楽しみに!


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