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「災禍に誓うサルベージ」第三話

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第三話:天と地と、災禍を刻むアポカリプス


「ロネル、奴は……」

「知ってる。破災騎士とか言ったか」

 当たり前か。ロネルを封じていたのは、おそらくこの国で伝説的存在として語り継がれている騎士、レイロウだ。彼もまた破災騎士だったという。

 ならばその警戒も当然。しかし、さっきのロネルの力さえあればこの程度の敵なら容易いのではないだろうか。俺だって人を巻き込むのは本意ではないが、それよりもなによりも助かりたい。

「おい、さっきみたいにやっちまってくれよ」

「無理だ。さっき罪人をあらかた浄化してしまったからな。私の力は罪に呼応して大きくなる、ゆえに今は赤ん坊と同然だ」

 何が厄災だ。こんなの、使い勝手の悪い破壊兵器みたいなモンじゃないか。俺たちが今まで恐怖してきたのは、罪に応じて出力の変わる滅びだったのか。

 今戦えるのは俺だけ。だが、遺産を持った破災騎士相手に何ができる。彼らは遺産使いのエキスパート。いまやただの人間と変わらないロネルと脱獄囚の俺ではできることなどない。

「厄災と死刑囚か、頭の痛い組み合わせだな。……今晩の飯が不味くなる」

 夕飯のために俺たちを消したいと。結構なことだ。確かに悩みの種を抱えたまま食う飯は美味くない。面倒は早いうちに片付けておくのがいいだろう。

「献立はなんだい、騎士様よ」

「貴様に話す必要はない」

 教えてもらえないか。献立が何であろうと大人しく殺されてやる気はないが。とはいえ特に打開策があるわけでもない。どうにか突破口はないか。

 ここに来ている騎士は三人。だが後ろの二人は遺産を与えられていない下っ端だ。一方真ん中の大男は、俺でも顔を見たことがある有名な騎士だ。

 持っている遺産はおそらく『訥槍・ペネトラ』。神速の突きを売りにする、それなりに高位の遺産だったはずだ。

 唯一勝機があるとすれば、これか。俺たちサルベージャーは破災騎士と同じか、それ以上に遺産については知っている。有名な遺産ならばなおさらだ。

 遺産は皆、それを生み出した存在の力が籠っている。奴の『訥槍・ペネトラ』ならば、強い貫通、そして突撃の力。逆に、その力さえ除けばただの武器だ。

「死刑囚よ、厄災から離れ『投降』するならば苦痛は免れさせてやる。この戦いは、常人には少し酷だ」

「イヤだね、どっちにしろ殺すんだろ?」

「ノーウィ、オマエ……」

 混乱した様子で俺を見るロネルに、大丈夫だと告げるようににやりと笑う。どうやらロネルも気付いていたようだ。

 騎士の今の宣言は、実質的に俺を一旦見逃してやるという提案だ。ロネルと戦うのは決して楽なことではないはず。であれば俺にも逃げる隙が生じる。それを暗に告げて、頭数を減らそうということだろう。

 だが、そう簡単な問題ではない。脇の騎士に見られている以上追跡は容易だろうし、見つけられる算段もなく逃すわけがない。それになにせ、名目上も俺は死刑囚だ。

 それに、ロネル一人ではわからないが、二人で協力すれば乗り越えられるかもしれない。騎士が俺を嘗めているのが何よりの根拠だ。戦力にならないと思っている存在に虚を突かれるほど痛いことはない。

「厄災に加担するとは、生かしてはおけんな」

 もはや、俺を殺す理由など何でも構わない。とりあえずロネルに当面の作戦を……。

「がッ……!?」

 次の瞬間、ロネルの口から溢れる血。そのまた一瞬の後、腹から大量の血が溢れ出す。

 まさか。わかってはいたが速すぎる。気付けば槍は俺たちの背後にあった。貫くことにかけては神ががった力を持つということはわかっていたが、それを目の当たりにすると恐ろしさに足が震える。

 俺たちは何も出来ず、ロネルの腹に大穴を開けられてしまった。この傷ではとても助からない。そして、次は俺の番だ。

「【アトラクト】」

 騎士は俺たちの背後に浮かんでいた槍を手元に引き寄せる。『魔術』だ。幼馴染に見せてもらったこともあるが、その時のものとは精度が違う。あの時は石を取るくらいが精々だった。

「君たち、厄災を拘束し本部へ連れて行きなさい」

 ロネルが両腕を掴まれ、騎士二人に連れて行かれる。俺はそれを見ていることしか出来なかった。俺もすぐ後に、ああなるのだ。

 俺の視線を遮るように、騎士の男が目の前に立つ。

「なぜ我々騎士に勝てると思った? 今の我らにとっては、厄災も貴様も取るに足らんゴミのようなものだ」

 騎士が槍を振り上げる。失敗だ。俺は驕った。俺の知識と相手の油断があれば、俺たちにも勝機があるんじゃないかと。そういう次元ではない。破災騎士と俺たちでは、格が違ったのだ。

「ぎゃっ!」

 呻くような、絞り出すような声。怪訝に思ったのは俺だけではないようで、騎士も後ろを向こうとする。

 それと同時に飛んできたのは、鋭い殴打。白い拳がちょうど騎士の顔面に直撃する。

「よくも刺しやがって! 痛かったぞ!」

 よろける騎士の顔面に今度は蹴りを入れると、この攻撃の主、ロネルは不愉快という顔で騎士を睨みつける。奥を見れば、ロネルを運んでいた二人の騎士は一部侵食、つまり浄化を受けて倒れている。

「オマエに貰った魔力で奴らを沈めた。ほらな、役に立ったろ?」

「それよりも、なんで生きてるんだ……?」

 傷の大きさも出血量も、とても生きていられるようなものではなかった。しかしよく見れば傷は既に完全に塞がっている。傷のあった部分を撫でながら、ロネルは面倒そうに再び騎士を蹴り飛ばす。

「確かに遺産は私を傷つける。が、世界が、私を創った力が死を許してはくれない。故に遺産による攻撃もただ痛いだけだ。受けるだけ損ってコト」

 いや、死んでも損だろう。とにかく、ロネルが生きていてよかった。ほっとしたのも束の間。騎士が起き上がり、今度は明らかな敵を持って俺たちを睨みつける。

 今度こそ、逃してはくれなそうだ。瞳に湛えた真剣さだけではない。周囲に溢れる力が先程とは比ではない。遺産の力をさらに解放したのだ。

「来る……!?」

 わずかな空気の揺らぎを掴み、反射的にロネルを押し飛ばす。その反動で俺もいい具合に倒れることができた。

 俺たちがいたところの地面は抉れており、今度は槍だけではなく騎士ごと俺たちの背後に移動していた。

 この力、知っている。遺産を持ったまま突進することで、自分すらも槍の貫通力を持つ、使用者と遺産を一体化させる力だ。

「これで粉微塵にすれば、再生もできまい」

「試したことないなぁ。実験の価値アリだが、痛そうだからパスで」

 ふとした違和感。ふざけたように言うロネルの瞳には、何故かどこか希望的な色が見えた。同時に、嘘をついているようには思えなかった。

 まさに風前の灯とでも言うべきこの状況で、どこか夢見るように笑っている彼女は、まるで……。いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。

「貴様の意志など知らん。死ね、厄災」

 今回は避け切れたが、これがあと何回続くかわからない。いや、俺たちが死ぬまで続くだろう。どうにか逃走につながる一手はないのだろうか。

 ロネルは一度傷も受けている。ここで俺が頑張らなければ。必要なのは遺産への対抗策。ロネルが本調子ではない以上、頼りになるのは俺の遺産だ。

 厄災を長い間封印せしめた、圧倒的な力を放つ遺産。俺に御すことはできていないが、その格だけは変わらない。上手く使って攻撃を防ぐ。

 一つ、考えがある。完全な勝利は求めない。取り巻きの騎士はロネルが倒してくれたし、あとはこいつの動きを抑えるだけだ。

 勝負は一瞬、俺が奴に追いつけるかどうか。俺の殺気というか、闘志を感じ取ったのか、騎士はこちらを向いて槍を構える。

 ────来る。

 吹き抜ける殺戮の風に遺産を振り抜く。金属音と共に伝わる、確かな感触。

「な、なぁッ……!?」

 槍を投げず、身ごと突進してきてくれて助かった。槍と一体化しての攻撃、それは貫き砕くという性質だけではなく、勢いそのものも同じだ。そして、この槍は直進する分横からのからに弱い。

「行けぇッ!!」

 遺産で無理矢理軌道をずらし、建物に叩きつける。ただの建物ではない。白く朽ちた牢獄だ。俺が少し押しただけで、あれだけの軽微な衝撃で崩れたのだ。遺産の荒れ狂うような力を受けて無事でいられるはずはない。

 建物を破壊する音と、それに呼応するような崩落の音。いくら破災騎士といえど、ここから逃れて逃げ出すことはできないだろう。

「今だ、いくぞ!」

「お、おう!」

 ロネルの手を掴んで路地に入る。俺たちを追っている破災騎士が奴だけとは限らない。早く現場からは離れるべきだ。

 しばらく走り、牢獄はかなり離れたところで立ち止まる。適当に走ってきてしまったが、ここまでくればさすがに察知できないだろう。

「いい機転と度胸だ。助かった」

「素直に褒められると、ちょっと照れるな」

 へらへらと笑いながら頭を掻いて、ロネルを見る。いろいろあったが、ここまでくれば俺たちの協力関係も終わりだ。あれだけ恐ろしかったのに、今となっては少し名残惜しい。

 一方のロネルはそんなことは気にしていないようで、穴が空いて血まみれの服を気にしている。確かにこれでは歩きにくいだろう。そういう意味では、もともと遺産が刺さっていた部分は綺麗なのは何故だろう。傷ひとつない。

 そんな様子を見て、ふと思い出してしまった。ついさっき、投げ捨てていた疑問を。思い出してしまっては聞かずにはいられない。

「なぁロネル、一個聞いていいか?」

「お、構わんが?」

 あまりにもあっけらかんとした様子というか、寛容すぎてびっくりしてしまった。もう少し警戒されたり、そういうのがあると思ったのだが。

 でも、それならちょうどよかった。遠慮なく聞かせてもらおう。

「お前さ、その……死にたいのか……?」


あとがき

 締切には間に合うかな、というペースで書けています。多分余裕を持って完成させられると思うので、応援よろしくお願いします!
 次回もお楽しみに!



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