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「災禍に誓うサルベージ」第四話


第一話はこちら↓


第四話:いつか来る、救済のエンゲージ


「おう、そうだ」

 あまりにも軽い返答に、こちらも気が抜けてしまう。もう少し重い話、切実な願いだと思っていたのだが、そういうものではないのだろうか。

「私たちの仕事なんて、やってても楽しくもない。ヘンな武器持った人間に追いかけ回されてぶった斬られて、痛いのなんの。こんなのすぐにでも止めてやりたいね」

「じゃあ、人を殺さなければいいのでは?」

 破災騎士に追いかけられているのは厄災という存在が人に仇なすものだと認識されているからだ。人を襲わなければ、『浄化』によって飲み込まなければ恨まれることはないのではないだろうか。

 それこそ、俺たちだってここまで協力することができたのだ。時間をかけて対話すれば、きっとロネルが訳のわからない化け物ではないと、わかってもらえるはずだ。

「私がそれすら思い付かない馬鹿だと思うか? もちろん人なんぞ襲うのはやめた!」

「その心は……?」

「私たちは、人の罪がある閾値を超えると意思に関係なく周囲を浄化し始める。人が罪を犯し続ける限り、私たちは力を使わないと約束できない」

 それはまた、不便な。人類を滅ぼす厄災、なんて言われているからもっと強大で圧倒的なものだと思っていた。

 しかし、そうでもないらしい。というかむしろ人間より不自由で、不便で、悩みの多い存在な気もする。俺だったらとても耐えられない。

 ……そういうことか。どういうわけか意思と知性を与えられた彼女にとって、そんな生き方は耐えられないのだ。だから、何十年も、何百年も死を望んでいるのだ。

「だから私たちは人を滅ぼすんだ。人間が一人残らずいなくなってやっと、私たちの責務は果たされ、この世から消えることができる」

 ため息をつく。理不尽で、不条理で、残酷なようで、それでも世界は『うまく』できている。与えられた使命は、同時に必要な義務でもあり、そしてそれがどんなに嫌なものでもやらずにはいられない。

「それは、俺もいずれは殺さなくちゃいけないってことだな」

「もちろん、いずれはな。今日は脱獄の手伝いに免じて見逃してやる」

 命への執着はない。いや、ないと言えば嘘になる。もし抗いようのない厄災の波に飲まれたら諦めもつく。これは、むしろ彼女のためを思っているのだ。自分でも驚いた。まさか、いずれ俺を殺すかもしれない厄災のために、彼女を救いたいと考えているのだから。

「なあ、俺がもしお前を殺せる方法を見つけたなら、人を滅ぼさずにいてくれるか?」

 思ったのだ。望みを叶えるために、何もやらなくてもいい苦行を延々繰り返す必要もないだろうと。増えていく人間を滅ぼすには時間がかかるだろう。その間、苦しみ続けるなんて。死ぬために空な日々を過ごすなんて悲しすぎる。

「見つける? 私が今まで見つけられなかったモノを、ただの人間のオマエが?」

「いや、俺はただの人間じゃない……」

 特別な力はない。騎士のように強くはなれない。だが、俺にはある。

「俺は『サルベージャー』、遺産探しに関してはプロだ」

 厄災を殺せる遺産にも、いくつかアテはある。まだ発掘されていない遺産の中にも、ロネルの願いを叶えるものがあるかもしれない。

 もし、彼女が悠久を生きる存在ならば。そのうちの、瞬きほどの時間を俺に使っても罰は当たらないだろう。一瞬に、希望の煌めきを見るくらい、許されるだろう。人類の絶滅なんてまたいつでもできる。

「しかし、無為にオマエが遺産を探すのについて回るのは頂けないな」

「そんなの、飯でも食えばいいだろ。遺産探して、飯食って寝たらまた次の日だ。案外すぐに見つかるかもしれないぜ?」

 サルベージャー、好きで始めたわけではなかったが、今では天職だと思っている。ロネルに言った通り、あちこち遺産を探し回って食べて寝て、それだけで人生は楽しかった。

「飯ぃ? あんな人間の罪の温床、食べる訳ないだろ!」

 もしや、生まれてこのかた何も食べたことがないのか。人と構造が似ているが食事で栄養を摂る必要はないのか。餓死しないのは便利だけれど、どうにも味気ない気がする。

 しかし罪の温床とは、よく言ったものだ。確かに食糧を巡った犯罪、争いは絶えない。生きるために食べ物を盗む者、私欲のために隠す者、必要以上に豪奢な食事で食材を無駄にする者。どれも罪にあたりそうだ。

「あの騎士も、飯のために私たちを襲っただろう。そういう危ないモノは、私は要らない」

 まあ、そういう見方もできるが。過度に贅沢な食事をしているつもりはないし、それこそ一般的な食事ぐらいしてみればいいのに。

 だがそうなると俺が遺産を見つけるまでの時間を待ってもらう理由がなくなってしまう。他に何かないだろうか。

「そしたら、ロネルもサルベージャーの仕事を手伝ってくれよ。いろいろ探検するのも楽しいぞ」

「……わかったよ。とりあえず付き合ってやる。お前はよほど死にたくないらしいしな」

 死にたくないのは事実だが、そう言われると少し違和感がある。でも、ロネルが納得してくれたならばそれでいい。さて、そうなったらこれからどうするか。

 俺たちはどちらもこの国では重罪人だ。できればほとぼりが冷めるまで離れたいところだが、今すぐに動くわけにもいかない。

 まず第一に物資がない。他の国に行くにしても、日用品や金、食料は必要だ。しかし俺たちが今持っているのは遺産だけ。正直役に立たない。

 そして第二にロネルが目立ちすぎる。何より服装が悪い。穴の空いた血まみれの服など着ていて、注目を集めないわけがないのだ。

「よし、俺の家に行こう」

「構わないけど、何をしに?」

 それはもちろん、俺の荷物を回収するためだ。ティアール王国の法律では証拠品の押収が可能だが、逆にそれ以外は判決が出るまでは手をつけられないことになっている。俺の判決が出たのは今日だから、荷物が処分されるのは明日以降。今日の深夜ならば回収できるはずだ。

 俺が脱獄したせいで、警戒されていないといいのだが。俺が被せられた罪の性質上、大々的に脱獄が露呈するようなことはできないはずだ。

 ロネルの服が目立たないくらいに暗くなってから路地を抜け、俺の家、というかライトリック卿の館に向かう。

「サルベージャーってのは結構儲かるんだな。随分いい家に住んでるな」

「あいや、正確には雇い主の家なんだ。仕事の関係で部屋を用意されてるだけなんだ」

「ま、なんでもいい。早く片付けてくれ」

 正門から入ろうとすれば衛兵や警備魔術に阻まれてしまうが、裏口なら大丈夫だ。こっそり入って必要なものを回収して帰ろう。

「む……よく考えたらこれ、思っきし泥棒じゃないか?」

 言われてみれば。家に忍び込み、物を持ち出す。どう考えても泥棒だ。しかし人の罪を感じられるロネルがよくよく考えないと気付けなかったということならばセーフなのではないだろうか。

「どう、俺の罪が増えた感じする?」

「……いや、しないな」

 俺の家に俺の荷物を取りに行くからセーフということだろうか。国の法律だと確実にアウトだろうが、やはり世界と俺たちでは少し罪の捉え方が違うようだ。

「そういえばノーウィ、オマエを嵌めたのはここに住む雇い主なんだろ? 罰さねばとは思わないのか?」

 さすが、人の罪を罰する厄災ならではの発想だ。気に食わない部分はあったが、生活に必要だから逆らうことは考えてこなかった。しかし、罰すると言っても俺にできることなどない。堂々と殴りになど行ったらそれこそ大立ち回りになってしまう。

 だが、今は罪と人を滅ぼす厄災、ロネルがいる。それに俺はもう裏切られ、切り捨てられた身なのだ。悪どい所業も知っているし、この国を出る前に少し仕返しをしてやってもいいかもしれない。

「……やってみるか」


あとがき

 ついに明かされたロネルの目的。
 サルベージャーと厄災のコンビの物語はここから大きく動いていきます!

 次回もお楽しみに!


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