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「災禍に誓うサルベージ」第五話

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第五話:報復と断罪のロンド



 こんなことを言うと犯罪者の言い訳みたいだが、出来心だった。1日でいろんな事がありすぎて、わかっていなかったのだ。俺が解き放たれたということを。

 人生のほとんどを誰かの支配下で過ごしてきたから、それに慣れてしまったのだ。波風を立てず、自分の目の前にある仕事と楽しみをこなせれば、それでいいと。

 だが今は違う。雇い主に見捨てられ、死罪になり、そして脱獄までしてしまった。俺を縛るものはもうない。

 最初は投げやりだった。どうせ死ぬなら、最後に好きなことをやってやろうと。だが、ロネルと出会ってその無茶に、手が届いてしまった。

 使用人の通用口から中に入る。扉が壊れていて、特定の動かし方をすると少々うるさいが簡単に開く。直してくれとあれだけ言われていただろうに。

 もうだいたい皆寝静まった時間帯だ。屋敷の中には起きている人の気配はない。俺の部屋は通用口からは離れた屋根裏にあるが、気付かれることはないだろう。

 窓から外を確認すると、騎士団から送られてきたであろう警備兵が外を見張っている。騒ぎを起こしたら、奴らと、それから遺産を持った騎士がここに集まってくるだろう。

「そういえば、私を殺せる遺産、見当はついているのか?」

 話していなかったか。今まで厄災を殺したという実績はないが、一方でその正体が分かった以上やりようもあるんじゃないか、そう思い始めてきている。

 ロネルは、厄災が世界によって作られた、人間の罪を罰するシステムだと言っていた。ならば、最上級の遺産、神の手で生み出された理に影響するほどの力を持つものなら殺す事ができるんじゃなかろうか。

「まあ、確実じゃないがな。試してみればわかる」

 ロネルが大きくため息をつく。確信もないのに面倒なことに巻き込みやがって、ということだろうか。俺としては、可能性があるなら一回やってみてもいいと思うのだが。

 とはいえ、試すのは死だ。なかなか簡単でもないか。俺も、死ぬかわからないが死にそうなことを試してくれと言われて何度もできるとは思えない。

「できれば、痛くないので頼むぞ」

 痛くない武器、そんなものがあればいいが。少なくとも一撃で死に導けるものがいいか。最後に感じるのが耐え難い苦しみというのはいただけない。

 一つ、ほぼ確実にロネルの願いを叶えられる遺産がこの国にある。曰く、因果を超えて『望み』を叶える剣。問題があるとすれば……。

「遺産だけ手に入れてもどうにもならないんだよなぁ。俺が『あいつ』みたいになんでも扱えればよかったんだけど……」

「本当に、私は死ねるんだろうな……?」

 遺産は、それを御せる人材があってこそ真の力を発揮できる。遺産を見つけて、それを使える人間に協力を取り付けてやっとゴールだ。簡単に言ったものの、よくよく考えてみると意外に大変だ。

 ロネルを安心させるように、元気よく、しかし静かに歩く。俺の居室、屋根裏部屋はそう遠くない。

「いて。急に立ち止まるなよ、ノーウィ」

 俺の背中に衝突したロネルが文句を言う。止まると予想できないのも当然か。屋根裏部屋の入り口には扉などない。

 正確には落とし戸なのだ。壁に掛けてある槍を引っ掛けて開けるのだ。小さく音を立てて開くと同時に縄梯子が降りてくる。

 素早く梯子を上がると、少し顔を出して部屋の様子を伺う。幸い中には誰もいないし、荒らされてもいないようだ。

「OKだ、来いよロネ……」

「の、ノーウィ! 助けてくれ……!!」

 使うのが初めてだったのか、縄梯子に絡まってしまい宙吊りになっていた。足を引っ掛けながらバランスを崩してひっくり返ってしまったようだ。まあ落下して大きな音を立てられるよりマシか。

 縄梯子ごとロネルを引っ張り上げると、足を引っこ抜いて解放してやる。罠に掛かった動物みたいで面白かったが、言わないでおいた。

「で、何を取りに来たんだ?」

「仕事道具と金だよ。ないと困るからな」

 仕事道具は概ねリュックサックにまとめてある。一応中を確認して何も持ち出されていないことを確認すると、空いたスペースに着替えやら金やら、必要なものを詰め込む。

「あとは……」

 戸棚を開けて、何かいい服はないかと中を探る。。動きの邪魔にはならないが、ある程度大きくて地味なやつがいい。あとはフードか何かがついていればベストだが……。

「よし、これだ!」

 頃合いの上着を引っ張り出すと、ばさばさと軽く埃を払ってロネルに被せてやる。できれば下もスボンにして欲しいが俺のだと少し大きい。むしろ今は邪魔になってしまうだろう。

「こ、これは……?」

「穴の空いた服だと目立つからな。一旦俺の上着で隠して、今度替えの服を買おう」

「なるほど……」

 ちょっと違和感はあるが、俺の上着なだけあってサルベージャーという感じはいい具合に出ている。あとは少し大きいだろうが無理して俺の靴を履いてもらえば、奇異の視線を向けられることはないはずだ。

「さて、この部屋にもう用はない。ちゃっちゃと脱出しよう」

 今度は注意深く縄梯子を使わせて、ゆっくりと廊下に戻る。あとは落とし戸を元に戻せば完璧だ。残る仕事はライトリック卿への仕返しと、ここからの脱出だけだ。

「そういえば、オマエの雇い主はどんなヤツだったんだ?」

「うーん、好きでも尊敬してもいなかったけど、決して馬鹿ではなかったかな。良くも悪くも目的に忠実というか」

 高慢で欲張りだが、必要経費を払うことには少しの躊躇いもない人だった。他者を道具同然に扱っていたけれど、その整備は欠かさなかった。

 狭いとはいえ、俺に十分な部屋を与えてくれたし、食事も質の良いものを欠かさず与えてくれた。そこに寸分の愛もなかったけれど、少しだけ感心した。

 出世欲と金銭欲に塗れてはいたけれど、そこに関しては筋が通っていた。今となっては俺を切り捨てた人間だが、今回の件が露呈しなければ、俺は今でも問題なく彼の下についていただろう。それだけの旨味がある雇い主ではあった。

「金に立場か、くだらん」

 ロネルの態度は変わらなくて、面白い。本当に人間とその罪が嫌いなようだ。彼女の言葉を借りるとすれば、実際金も権力も『罪の温床』だ。それでも、今の俺たちとは切って切り離せないものだけど。

 しかし、それで思いついたことがある。奴への仕返しの方法だ。金や権力を何よりの目的にしている彼にとっての最大の罰は、それを崩し全てを奪ってやることだろう。

「よし。執務室に行くぞ、ロネル」

「……? 罰を下すんじゃなかったのか?」

 どうやらロネルは彼女自身の力、浄化の力を使うことを罰だと考えているらしい。だが、それはあくまで厄災と呼ばれた彼女なりの罰だ。人には人のやり方もある。それを見せてやろう。

「俺に被せた罪の証拠が入っているとなれば執務室だ。それを衆目の下に晒して、金も立場も奪ってやるんだよ」

 あくまで今回の件は、俺が独断で動いていることになっている。だが、事前調査の資料や俺を派遣することが記された書類が絶対にあるはずだ。そういう記録を残し、目的達成のための道のりを自分で確認しながらでないと動けない。そういう人間だ。

 部屋から回収してきた道具で鍵をこじ開けると、執務室に入る。何度も入ったことがあるから構造は覚えている。他人に見られたくない書類を隠しているのは……。

「この抽斗……の、上だ」

 抽斗の中に手を突っ込み、情報に手をやると木ではない何かに指が触れる。手繰り寄せるようにして引っ張り出したそれは、小さな、装丁の綺麗な本だった。

「何が書かれてるんだ?」

「自分のやったことやら予定やらだ。日記みたいなもんだな。多分俺の記述も……」

 あった。明確に、俺への指示が書かれている。あとはこれを公表すれば立場を失うのは確実だろう。

「しかし、立場や金を奪ってどうするんだ? それでその人間の罪がなくなるわけではないだろう」

 少し、思ったことがある。ロネルにとっての罰とは、浄化を受けこの世から消えることなのだ。俺を焚きつけたし報復への理解はあるのだろうが、そのやり方は『厄災』の域を出ていない。

「自分がしたことに対して、それ相応の罰、そうだな……報いみたいなものを受けるんだ。それが人間が与える罰だし、復讐だ」

「ふむ、そうやって人間は罪を重ねるわけか」

 ロネルの神妙な視線は、俺と、手に持つ本に注がれていた。そういえば、これに関しては明確に泥棒か。また、俺は簒奪者になってしまったわけだ。

「まあいい。人は罪を重ねるものだ、その程度は気にしない。用が済んだのなら帰るぞ」

 とりあえず、許してもらえてよかった。実際こんなところはすぐに出るべきだろう。

 入った時と同じ通路を通って、外に出る。準備にそこそこ手間取ってしまったせいで、結構時間が経ってしまっていた。もうしばらくすれば使用人が起きてくる時間帯だったから危なかった。

 しかし、おかげで装備も揃い、やっと旅支度は大体整った。捜索の手はどんどん広がるだろうし、早く遠くに逃げたい。明日の昼にでも出発するか。

「よし、決めたぞ!」

 ロネルがこちらを向く。二人で行ける追跡から逃れやすいルートは俺が知る限り一つだ。成功すれば、事態は一気にこちらに傾く。一気に国外逃亡だ。

「明日の午後から国外に向かう。王都地下遺跡を通ってな」


あとがき

 第五話、投稿です!
 自由へと向かうノーウィとロネルは、この先にどこへ向かうのか。

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 次回もお楽しみに!



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