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「災禍に誓うサルベージ」 第一話

あらすじ

 世界を滅ぼす厄災を祓う唯一の手段、『遺産』を発掘するサルベージャーのノーウィ。しかし彼は裏切りによって死刑を宣告される。残された希望に縋るように脱獄した彼が地の底で出会ったのは、かつて『遺産』によって封印された厄災の少女、ロネルだった。
 『遺産』を得るため彼女の封印を解いたノーウィは、人類の敵、厄災と一時的な協力関係を築き脱獄に成功する。自身の死のため人類を滅ぼしたいと願うロネルに、ノーウィはある提案を持ちかける。もしも彼女を殺せる《救える》遺産を見つけたのなら、人類を滅ぼすな、と。


第一話:罰と邂逅とアペタイザー


「ノーウィ・マクアフィテルを縛り首とする」

「ま、待ってくれ! ライトリック卿の指示なんだ、話を聞いてくれよ!」

 厳粛に告げる裁判官に吠えるが、表情はぴくりとも変わらない。罪人の言葉など聞くに足らないということだろうか。だが、聞いてもらえなければ俺はこのまま死刑だ。なんとかしなければ。

「国の安全を脅かした罪人が、今度は恩人を笠に着て言い逃れをしようなど、言語道断! 今すぐ連れ出せ!」

 裁判官のうち一人の声により、そのまま俺は連れ出される。仕事の中で死ぬならそれもいいと思っていた。でもこんなのはないだろう。弁明すらすることができず、一方的に処刑されるなど。

 俺の処刑は三日後。そう告げられて、兵士に牢に放り込まれる。腕の拘束具は外してもらえたが、魔力を封じる足輪はそのままだ。

「ま、腕が自由なだけでも御の字か」

 魔力が使えたところで、この状況を変えられるような高位の『魔術』は軍部が独占しているのだ。せいぜい暇つぶしくらいにしかならない。むしろ手足が自由な方ができることは多い。

「まだ、悪巧みをしているのかね?」

 懐かしく、そして今は忌々しい声。俺を心配してきたのか、それとも嗤いにきたのか。声を聞けば一瞬でわかる。そしてそこには、一抹の怒りがあった。

「あんたのおかげで、それも叶わなくなったよ」

 吐き捨てるように言う。

 腹が立つくらい落ち着きはらって、そして憐れむように俺を見下ろす男、プローフ・ライトリック。こんな男が恩人なものか。

 貴族の連中は皆、自分が雇うことを『恩』だと信じている。確かに給料はいい、飯も上等だったし部屋も広かった。だが、それだけだ。金とこの男の名声のために、何度も危ない橋を渡らされた。

「審議の場で、私の名を出したようだね。そのような虚偽を申す男とは思っていなかった。残念だよ」

 こんな時に限って俺の味方をしてくれる。そんな希望が少しもなかったかといえば、そうではない。少し口添えして、それこそ死刑だけでも免れさせてくれるんじゃないか、そんな希望はあった。

 この男の良心に期待したのではない。俺の腕に、少しばかりの自信があったからだ。もしかしたら、俺の技術と経験には生かすだけの価値があるのではないかと。

 しかし、そうではなかった。俺を生かすことで被るリスクと、俺を生かした時に得られるリターンが見合わない。そういう判断だろう。加えて、きっとさっきの俺の発言が、俺の運命を決定付けた。

「貴様のおかげで既に敵対勢力の間者が私の周囲を嗅ぎまわり始めた。二度と私の名は出すな。絶対にな」

 鋭く俺を睨みつけて、ライトリック卿は牢を去っていく。自らここに足を運び、釘を刺していくとは。相当お怒りのようで何よりだ。少しは仕返しになっただろうか。

 急に気が抜けて、床に倒れる。死刑を待つ者のための牢だからか、環境は非常に悪い。ベッドはおろか、毛布の一枚もないのだ。あと三日もここで過ごさなければいけないと思うと気が滅入る。

 そうだ。どうせ三日後に俺は死ぬのだ。ならば、その最後の三日くらいは、やりたいことをすべきなんじゃないだろうか。

 そう考えると急に力が湧いてくる。がば、と起き上がると、周囲に巡回の兵士がいないことを確認して牢の錠前を軽く触る。

「ふむ、これはなかなか……」

 なかなか簡単だ。普段から隠し持っている針金だけでも、容易に開けられるだろう。足首のあたりに隠してある針金を抜き取ると、牢の外側に手を回して、鍵穴に入れる。

 俺は自棄になっているのだ。どうせ殺されてしまうのならば、せめてもの抵抗として脱獄くらいしてやろう、と。

 逃げる途中で殺されるも良し、捕まって予定通り縛り首になるのも良し。自由になる可能性が少しでもあるのなら、そちら側に賭ける。

「お、開いた開いた」

 彼らの最大の敗因は、俺の拘束具をほとんど外してしまったこと。一流のサルベージャーともなれば、この程度の鍵は楽勝だ。

 息を、そして足音を潜めて外に出る。何も考えず出てしまったが、牢の外出ていることがバレたら、つまり巡回の兵士が俺の牢の前を通ったら脱獄が露見する。それまでに、どうにか逃走経路と手段を確保しないと。

 重罪人が叩き込まれる地下牢だからか、他の囚人は殆どいない。話ができないように牢が離されて配置されているのだ。何も俺の敵は兵士だけではない。他の囚人もだ。

 俺の存在を知らせれば、刑期が短くなるかもしれない。そう考える囚人もいるだろう。暇を持て余している彼らは、絶対に変化を、俺を見逃さない。

 少し無計画に牢を出てしまった。しかし今更戻るというのも……。

「おい、脱走者がいるぞ! 上から応援を呼べ、絶対に捕まえろ!」

 まずい、もう巡回が来てしまったか。とりあえず、今は隠れるしかない。今まで歩いたところに隠れられるような場所はなかったし、あるかもしれないのはこの先だ。

 とにかく全力で走る。どうやら地下牢は円形のようで、いつかは兵士とかち合ってしまう。そうなれば捕まるか、最悪殺されるだろう。どうにかそれまでに隠れる場所を……。

「立入禁止……?」

 扉に直接書かれた文字。まさか囚人に見せるためのものでもあるまいし、つまりこれは兵士に向けられた言葉ということ。ここならば、あるいは。

 ガシャガシャと重たい足音も迫っているし、意を決して扉を開ける。怪物がいても、死を招くガスが充満していてもいい。とにかく、今は逃げたい。

 ただ暗い部屋の中、造りの古い階段だけが伸びている。ここよりも遥か地下深くへ。

 額のゴーグルを下げようとして、やめる。俺は囚人の身、そんな装備は全て没収されている。だが普段の癖が出てしまうほどに、ここは俺の仕事場と同じ空気を纏っていた。

 崩落に気をつけながら、ゆっくりと階段を下る。静かでひんやりとしていながら、どこか飢えのような、渇きのような、耐え難い感覚が奥から伝わってくる。

 隠れるだけならば、こんなに奥まで進まなくてもよかったのだ。しかしそうさせたのは、この雰囲気が異様だったから。奥に、とんでもない『遺産』が眠っている。そんな予感がしてならなかった。

 どれくらい歩いただろうか。地の底なんじゃないかと思うくらいに下って、やっと階段が終わる。

「すっげぇ……」

 途中からわかっていた。ここにはとんでもないものが隠されていると。見なくても、伝わってくるのだ。ここにあるのは正真正銘、人智を遥かに超えた神代の『遺産』だと。

 広い空間の中央に鎮座していたのは刃物だった。片刃の、ナイフとも太刀とも言い難い武器。鉈にも似ている気がするが、やはりちょっと違う。

 そして、その刃物は少女の胸を貫いていた。黒い髪の美しい、俺と同じくらいの歳の少女。顔立ちも人形のように整っていたけれど、どこか生気のない、不気味な感じがした。刺されて死んでいるのだから当然か。

 放たれる威圧感、魔力からして、この遺産は俺が普段発掘してたそれとは一線を画す。俺の力にできれば脱獄など容易いだろうが、『遺産』は御することができなければ身を滅ぼす。

 そして何より、この少女。絶対に只者ではない。遺産である武器に貫かれていることからしても、正体は明らかだ。この少女こそ、人類を滅ぼす厄災だ。

 様々な言い訳が俺の中を駆け巡っても、手を伸ばさずにはいられなかった。遺産を御せなかったら。少女が本当に厄災だったら。そんな迷いは、俺の興味の前にはひどく虚しかった。

 サルベージャーが一生で一度、出会うことができたらと願い、そして叶わぬまま一生を終えるほどの貴重な遺産だ。一度くらい、手に取ってみたい。

 俺が、世界が、どうなろうと知るものか。どうせ俺には身寄りなどない。命令のまま、遺産を探し続けた人生だ。遺産の力に呑まれて終わるのならば、縄に首を絞められるよりもよっぽどいい。

 遺産の柄を握り、力を込める。重い。が、決して動かないほどではない。びっしりと張った草の根のようなしぶとさではなく、純粋なこれそのものの重み。

「あ……」

 ゆっくりと、遺産を持ち上げる。造りはシンプルながらも、細かく美しい意匠の施された、見事な刃物だ。見惚れるように刀身を眺めていたが、そのうち遺産はぶるぶると震えだし、そして何かに引っ張られるように部屋の奥へと動いていく。

「ま、待てよ……!」

 抵抗虚しく俺の手から抜けていった遺産は、部屋の奥に飾られていた鞘の中に収まる。同時に、さっきまで放っていた威圧感のようなものも消え失せ、再び静かな部屋に戻る。

 仕組みはわからないが、鞘とよほど親和性が高いとか、そういうものなのだろうか。世界には意志を持つ遺産があるというし、これもその一つなのだろう。

 一息ついたところで、思い出す。あの遺産はただここにあったわけではない。少女の胸を貫いていたのだ。あの少女は、厄災と思しきその少女は……。

「うがっ……!?」

 首筋に鋭い痛みが走り、動けなくなる。針ではない。刃物でもない。これは、『歯』だ。

 歯と思われるそれが離れると、地面に倒れ込む。痛みもそうだが、恐ろしかった。初めて感じた、絶望を束にしても足らないような感覚。

 おそるおそる振り返ると、口から血を零した少女が、不満げに俺を見下ろしていた。

「……不味い」


あとがき

まずは、第一話を読んでいただきありがとうございます!
以降の話も少しずつ投稿していくので、ぜひ最後まで読んでいただけたら嬉しいです!
この作品は「創作大賞2023」にも応募しているので、ぜひ応援よろしくお願いします!


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