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「災禍に誓うサルベージ」第六話

第一話はこちら↓


第六話:王都にて、秘密のランデヴ

「ココを出るんじゃないかったのか、ノーウィ」

「出るにしたって準備が必要なんだよ。そんな格好で遺跡は歩かせられん」

 力を封じられていたロネルの服装は、簡素なワンピース一枚だ。俺の上着があるとはいえ、遺跡を歩くのに長いスカートはご法度だ。ひらひらしてその辺りに引っ掛かるし、うっかり踏んでコケてしまったりする。

 だからぴったりロネルに合う服を買わなければいけないのだが。とはいえ服を売っているような店は一日中店を開けているわけではない。開店するまでは適当に時間を潰す必要がある。

 そこで選んだのが飯屋だ。朝から働く人や夜遅くまで働いていた人のために一日中やっている店も多い。朝一ならここに人が集まりがちだし、人混みに紛れることができるだろう。

「悪いが今は少しでも食ってるふりをしてくれよ。飯屋で何も食わないほど目立つことはない」

「ま、仕方ない。こうせざるを得ないんだろ?」

 聞き分けが良くて助かった。きっと自分から食べ物を食べる気はしないのだろうが、必要に迫られれば構わないのだろう。わがままなようで意外に合理的で面白い。

 ロネルの頭にフードを被せ、俺もフードを目深に被ると飯屋に入る。顔を明かさずに店に入る者も多いし、そうそう目立たないだろう。

「いらっしゃい! お二人ですか?」

「ああ。しばらく長居したいから、奥に通してもらって良いかな」

 店員に金を渡すと、店の奥にあるテーブルに通してもらう。食べてすぐ出る者は手前のスペースで素早く食べるし、俺たちのように街が動き出すまで待ちたい者は少し多めに金を払って落ち着く場所を取るのが一般的だ。

「何食べます?」

 さて、何を食べようか。壁にかけられたメニューを眺めて少し考える。あまり腹を満たしてもこの後の行動に支障が出るし、あまりボリュームの多すぎないものにするのがいいか。

「シチューと牛串を二つずつ頼む。牛串はスパイス多めで」

「あい、少々お待ちを!」

 店員が厨房に駆けていく。どちらも作るのに時間がかかるものでもないし、すぐに出てくるだろう。

「何を頼んだんだ?」

 どう伝えればいいだろうか。当たり前に食べていたから、特に考えたことがなかった。俺自身は簡単な料理しかしないし、うまい言い回しが思いつかない。

「はい、お待ち! アツアツですよ!」

 湯気を上げる皿が四つ、テーブルに置かれる。頼んだ通り牛串にはスパイスが多めで、少し刺激的な香りが心地いい。

 思えば拘束されてからロクな飯を食べていない。早速牛串に齧り付く。少し濃いタレと甘い脂、そしてピリッとしたスパイスの味が混ざり合って堪らない。この幸せを味わえるなら、飯を抜くのも悪いものでもない気がする。

 ロネルを見れば、まだ少し尻込みしているようだ。匂いを嗅いだりシチューの表面を眺めたりしている。牛串のスパイスを追加したのは失敗だっただろうか。

「大丈夫、美味いぞ」

「ふむ……」

 意を決したようで、ロネルもスプーンを手に取り、シチューを掬う。それをそのまま口へ……。

「あ……!」

「あっっっっっつ!!!!」

 うっかりしていた。こんなに無警戒に食べるとは思っていなかったから、注意するのを忘れていた。熱いものを食べたことがないとこうなるのか、次機会があればもっと気をつけなければ。

 涙目で舌を出すロネルを宥めると、冷ますことを教えてから俺もシチューを口に入れる。一日中鍋を火にかけているのだろう、すぐに崩れてしまうほど柔らかい野菜も煮詰まったミルクも、丁寧な工程が感じられる。

 かなり警戒していたが、ロネルもやっと食べられたようで、着実に食べすすめている。特に感想もないし表情も伺えないからよくわからないが、きっと不味くはないのだろう。

 しばらく黙って皿の上の食べ物を食べ続け、皿が空になったときにやっと目が合う。腹が減っていたせいもあって、夢中で食べてしまった。

「どうだった?」

「また、必要があれば食べてやる。その程度だ」

 やはり不味くはなかったようだ。せっかくの食事なのだ、偽装のためとはいえできることなら楽しい方がいい。再び店員を呼ぶと、リュックに引っ掛けてある水筒を二つ手渡す。

「水とスープ、それから携帯食料も頼む」

 さっき頼んだ食事の分と合わせて代金を支払う。そう長く遺跡を歩くわけではないが、念のため。水は水分を、スープと携帯食料は体温と栄養の確保に必要だ。サルベージャーの利用が少なくない店ならいつでも提供できるようになっている。

 その様子を、またロネルはおかしそうな顔で眺めていた。食べ物が、栄養がなければ俺たち人間は死んでしまう。そのために重い荷物を抱えてでもそれを運ぶし、必要とあれば奪い合うのだ。

「お待ち! お二人さん、随分変わったコンビだね」

 流石にバレてしまうか。サルベージャーがよく訪れる店の店員は、それだけどんな奴がベテランかを見分ける術を身につけている。素人のロネルとそこそこ経験のある俺が組んでいては違和感があるか。

「こいつ、新米でな。俺が面倒見てやってるのよ」

 合わせろ、と目配せをすると、ロネルはこくこくと頷いてくれる。新米なのも面倒を見ているのも嘘ではないし、きっと大丈夫だろう。厄災の力で罪を検知することもあるまい。

 軽く店員と雑談してから店を出る。時間もちょうどいい、今なら服屋もおおむね開いているだろう。

 俺の横をついて歩くロネルは、どこか憔悴した様子だった。もしかして、食べ物が身体に合わなかっただろうか。だとしたら申し訳ないことをした。

「人が多いところにいると、どうにも罪を感じてしまってな。まったく、罪を重ねずには生きていけない生き物どもめ」

 なるほど、そういうことか。ロネルの悪態に、ははと笑う。確かに生きるために罪を重ねてばかりいる俺たちだが、今はロネルもその一人なのだ。できれば彼女が快く過ごせるようには心がけたいが、人と生きるとは彼女にとって罪と生きると同義。相応の覚悟は必要だろう。

 よく行く店に行くと気付かれてしまうから、普段は使わない服屋を選んで入る。ロネルはかなり細いから、サイズが合う服があるといいが。不十分な部分は仕立て直してもらおう。

「相棒が一丁羅をダメにしちまってな。丈夫で動きやすいのをいくつか見繕ってくれ」

「はいよ〜。お客さん、遺跡を歩くにしちゃちょっとひょろいね。大丈夫かい?」

「こいつは新人でな。これから俺が鍛えるさ」

 少し心配そうだったが、店員は合いそうなズボンをいくつか持ってきてくれる。どれも質はいいが、それ相応に値は張るようだ。収入源も決まっていないのにこんな高い買い物をするのは気がひけるが、ロネルを素足で歩かせるわけにもいかない。

 結局合う靴とズボン、その替えとその他小物を見繕うと、着替えてもらってから店を出る。血まみれのワンピースは、他の人に見せるわけにもいかないしロネル用のリュックサックに入れて隠しておくことにした。

 ぴったりの服に着替えると、ロネルも随分様になった。服が真新しいのはご愛嬌だ。

 懐は少し寂しくなってしまったが、またこれから稼げばいい。他の国に行けば、俺をサルベージャーとして雇ってくれる人もいるだろう。経歴は明かせないからまずは実績作りから始めなければいけないが。

 これで準備は万端だ。今日中に王都を地下遺跡経由で抜け出し、その勢いで国を出る。明るくなってから如実に巡回の兵士が増えているし、うかうかしていると見つかってしまいそうだ。

「急ぐぞ」

 路地裏に入ると、露出した古めかしい石を退けて隙間に入る。王都は遺跡、つまり旧都の真上に造られたから、一部こうして地表に露出しているのだ。

 新人の練習で使われる入門の遺跡でありながら、未だその全貌は解明されていない、既知と未知、二つの側面を持つ遺跡。

 俺が手伝えば、ロネルも相当のスピードで抜けられるはずだ。暗い部屋を照らすため、照明の魔導具に手を掛ける。

「あ……」


あとがき

 ついに王都地下遺跡へ。
 ほとんど踏破された上層と未開の下層に分かれた巨大遺跡、王都地下遺跡。ノーウィは余裕といった雰囲気だが、一方のロネルは……。

 次回もお楽しみに! 応援よろしくお願いいたします!


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