見出し画像

「災禍に誓うサルベージ」第七話

第一話はこちら↓


第七話:神と人の棄てしアーキテクチャ


 あまりにも自然だから、忘れていた。俺は魔力封じの拘束具をつけられているのだ。魔術を使わないから大丈夫、なんて思っていたが、魔導具も魔力を注がなければ動かないのだ。

 暗いところでの活動は慣れている、とはいえ光源もなく遺跡を歩くなんて自殺行為だ。完全に失敗した。あたふたしていると、ふとあることを思い出す。

「ロネル、お前俺から血と一緒に魔力吸ったよな。これに通してくれないか?」

「おう、任せろ」

 結局照明魔導具はロネルに持ってもらうことにして、先へ進む。俺が灯りを持てないせいで少し融通は効かないが、真っ暗よりよっぽどいい。このルートは何度か使ったことがあるし。

「ロネルが生まれた頃は、まだここって使われれてたのか?」

 いままで何気なく過ごしてきたが、ロネルは大昔から生きているのだ。もしかしたらまだ見つかっていない遺跡や遺産の場所を知っているかも。

「私は『神』の消滅とともに生まれたけど、その頃には既に今みたいな形だった気がする。まだ人は住んでいたみたいだけど。あまり昔のことは、私もよく覚えてない」

 それもそうか。俺でさえ生まれてすぐのことはおろか、数日前何をしたかすら覚えていない。いや、ここ何日かは囚われて取り調べやら裁判やらを受けていたか。

 静かな空間に、俺たちの足音だけが響く。この辺りは探索され尽くしてある程度補強などが施されているから、散歩感覚で歩ける。もう少し進むと少し足場が悪くなってくる。注意させなければ。

「よし、ここから第二階層だ。気をつけろよ」

 未だ全貌は明かされていないが、旧都とされる王都地下遺跡は層状の構造になっている。ある者は大型船と言い、またある者は巨大要塞都市だという。だが、確信に至るほどの証拠は見つかっていない。

 原因はロネルの言う通り戦災だ。きっと負けたか、ここを囮として放棄したのだろう。床や壁には燃えた跡や武器の跡、そしてたまに人骨を見かけることがある。

「ノーウィ、道を変えないか? なんだか嫌な予感がする」

 ロネルの足取りが急に重くなる。暗い中を歩き続けて気が滅入ってしまったのだろうか。しかしどこを歩いても同じだ。可能な限り安全な道を通っているし、変える方が危ないと思うのだが。

 とはいえ無理して歩かせるのも可哀想だ。一旦一休みしてみて、落ち着いたらそれでよし、どうしても嫌ならば別の道を考えるか。

 水筒に入れたスープを一口飲む。昔高価で高性能なものを買ったおかげで、まだ十分に暖かい。ひんやりとした遺跡を歩くには必需品だ。

 ロネルにも勧めてみたが、必要ないらしい。身体を温めると落ち着くこともあるだろうに。無理強いするつもりはないが。

「どうだ、いけそうか?」

「ああ……大丈夫だ。行こう」

 まだ不安はあるようだったが、どうにか立ち上がってくれた。もし遺跡に長時間いるのが嫌なのなら、少しペースを上げて早めに出られるようにするか。

 先人たちが残してくれた目印も頼りに先に進む。一応王都から王都外に出るルートというのは開拓されてはいるのだ。まだ整備されていないだけで、きちんと歩けば確実に出られる。

 研究者が言うに、この遺跡は南北に長いらしく、それがこの遺跡が元々船であったという仮説の大きな根拠の一つになっているらしい。当時から今のように地中に埋まっていたらしいし、ロネルにも正体はわからないか。

「お」

 大扉の残骸が見えてきた、ということはそろそろ中間地点だ。このルートは特大の広間を通過する。よく休憩地点や目印として使われているのだ。

 廊下を抜けて大広間に出る。相変わらず驚くほど大きい。柱がないのにこの広い天井を支えられているのが不思議なくらいだ。不自然なほどに丈夫に造られている。

「い、嫌だ……」

 背後のロネルが震え始める。彼女の『嫌な予感』というのはこの広間のことだったのか。なんの変哲もない部屋な気がするが。

「おい、ロネル、大丈夫か? 気分が悪いならさっさと抜けるぞ……!」

「無理だ、無理だ……! オマエは感じないのか、この冷たい死の空気を……!」

 目を閉じて、感覚を研ぎ澄ますが何も感じられない。……いや、この感じ。微小な揺れを感じる。

 目を開けるのと同時に、壁だと思っていたものが開いて中から大量の兵士が現れる。

 こんなことは初めてだ。この広間は何度も使ってきたのに、こんな機能があったなんて、全く知らなかった。普段と違う部分があるとすれば……。考えるまでもない。

 現れた兵士は、よく見れば人間ではない。鎧を着ているが、中身が空っぽなのだ。きらきらとわずかな光を反射するそれは、糸か。人形のように糸に釣られて動かされているのだ。

 そして、今ならわかる。ロネルの言っていた嫌な感じ、死の空気、それは、無数の兵士全てが持っている武器だ。あれは確実に遺産だ。いや、兵士そのものが遺産のようにさえ感じられる。

 どうなっている。人間が制御できなければ遺産は使えないのではなかったのか。厄災であるロネルに自動的に反応し起動する遺産など、存在するのか。

 これだから、探索が完全でない遺産は。何も先人が悪いわけではない。ロネルが、ましてここに住んでいた人間が悪いわけでもない。ただ噛み合わせが悪かったのだ。

「ノーウィ、私を置いていけ」

 諦めたようにロネルが告げる。確かにこの数の敵に囲まれて諦めたくなるのもわかるが、せっかくここまできたのだ。ここで辞めてしまうなんて勿体無い。

「何言ってんだよ。ここを切り抜けるだけならなんとかなる」

「そうじゃない。今向けられている刃を数えられるか? こんなのはその一端、私の敵の一部だ」

 実際、俺も話すまでは厄災が人類を滅ぼす存在だと思い、そして彼女を傷つけるのに間接的に協力していた。今まで俺たちが向けてきた刃が、今度はこちらに向いたのだ。

「敵は絡繰、人じゃない。私の力は少しも使えないのに、こんな数、無理だ。」

 確かに、数え切れない。だが……。

「やってみなきゃわかんねぇだろ!」

 腰から護身用の銃を引き抜き、手当たり次第に兵士に向かって放つ。

「げ。マジかよ……」

 予感はしていたが、まさか傷一つつかないとは。つまり鎧も遺産と同じ力を持っているということ。遺産は遺産でないと対抗できない。

 銃を腰に戻して、あることを思い出す。そういえば、俺は遺産を持っているのだった。ロネルさえ封じる高位の遺産、ほとんど御することはできないが、一瞬抜くぐらいなら大丈夫だろう。

 鞘に収めたままの遺産を構え、兵士に接近する。やはり俺のことは認識していない。これなら隙だらけだ。

「うおおおおおおおおおおおッ!」

 抜き払いの動作と合わせて腕を切り落とす。腕さえ奪えば武器は握れない。攻撃はできなくなるはずだ。

 俺の手の中の遺産は激しく荒ぶり、再び素早く鞘へと戻っていく。同時に、腕が引きちぎられるような衝撃が走る。鞘に戻った勢いではない。何かを俺から引き摺り出そうとしているような感覚。

 腕がびりびりと痺れて痛いが、すぐに腕がダメになるようなものでもない。左腕も使えばあと5回くらいはいけるだろう。

 とはいえ、敵はその5回では殲滅できない。どうにかして先に抜ける方法を探さなければ。

 周囲を伺うために身体の向きを変えると、足に何か当たる。そういえば。この傀儡の兵士たちが持っている武器もおそらく遺産に準ずるものだ。これならば、もしくは。

 柄の長い変わった形の剣を握り、辺りを見回す。今のところ腕が千切られるような感覚はない。制御できていると考えていいのだろうか。

 ロネルに最も近い兵士のところまで走り、剣を叩きつける。金属がぶつかる甲高い音と共に兵士の鎧と、俺の剣が欠ける。これは、使えなくもないという感じか。

 腕を執拗に攻撃して砕くと、すぐさま持っていた剣を投げて新しい剣を拾う。こうしていけばなんとか倒し切れるだろうか。

 いや、そんなことをしている暇はない。多少無理矢理でも、ここを突破して先に進むしかないか。

「なんとか奥の通路まで抜ける。行くぞ」

「嫌だ。人ばかりか、こんな誰もいないところで、亡霊のような奴らにすら剣を向けられるなんて! これなら、世界が終わるまで暗い部屋に封じられている方がよかった!」

 それは、ロネルの切実な叫び。人に憎まれ、追われ、傷つけられ、そしてもはや人の気配すらない遺跡ですら、その憎悪の片鱗を刃として浴びることになる。雨のように悪意を浴びて、平気でなどいられるものか。

 もし、そうだとしても。悠久の時の中、暗い部屋で一人在るのと憎しみを浴びながら外を歩くのとどちらが良いのだろうか。とても俺には答えを出すことはできない。でも……。

「でも、俺は味方だ!」

 叫んで、手を伸ばす。もしも何人に刃を向けられようとも、俺はこうして手を伸ばすのだ。

「どうして、そこまで……!?」

 きっかけはたくさんある。孤独の中で死を望むのが、悲しく思えたから。彼女の中にある理性や感情を知ったから。せめて最後の時は、幸せであるべきだと思ったから。でも、そうじゃない。理由はただ一つだ。

「約束しただろ! ほら、行くぞ!」

 世界を好きに滅ぼす悪魔のような厄災などいない。ここにいるのは、苦しみ、足掻く、力も生き方すらも不器用なただの少女だ。

 ふらりと持ち上がったロネルの手を掴み、奥の通路へと走る。俺の先導で、剣で敵を押し退けるようにして進めばなんとか間に合うはずだ。数こそ多いが、層はあまり厚くない。

 敵の真ん中に飛び込み、出鱈目に剣を振り回して兵士を退かす。動きはのろいし踏ん張りもない。やはり押し退けるだけなら大した手間ではない。

 突破まであと少しというところで、鈍い音を立てて剣が折れる。あと2体ほど退かせば通れるのに。

「クソ、保ってくれよ!」

 腰の遺産に手を伸ばし、引き抜くと同時に斬り払う。ここまではいい。問題はここからだ。

 鞘に戻ろうとするのを無理矢理押さえつけ、もう一体の兵士を斬る。腕が今にも折れそうだったが、なんとか無事に済んだ。

「ってぇッ……!」

 右腕が悲鳴を上げている。無理矢理動きを抑えた反動と、何かを引っ張り出されるような感覚が同時に襲い、今にも砕けそうだ。

「本当に、抜けちゃった……」

「いや、まだだ」

 ロネルの言う通り、通路まで辿り着くことはできた。しかし、残った兵士たちは俺たちを追いかけてきている。遅いとはいえこの先の道もついてこられたら厄介だ。

 今度は、両手で遺産の柄を握る。十分に引き寄せてから、一撃でできるだけ数を減らす。右腕はそろそろマズそうだが、この振り抜きには力と勢いが必要だ。

「私にも手伝わせてくれ。ささやかな礼だ」

 頷くと、ロネルは右手に何やら強い力を纏い始める。間違いない、これは厄災の、浄化の力だ。わずかだが、これは彼女の力に相違ない。

 ロネルの手が背に置かれると、力は体を伝って腕へ、そして遺産へと移っていく。厄災の力と遺産の力、反率するものかと思っていたが、そうではない。ロネルの力を吸い、遺産は赫く輝き始める。

「ぐ……!」

 荒ぶるような力は、常に代償を持つ。鞘に収まった状態でもこの圧力、抜いたらどれだけの力になってしまうのだろう。

「言うこと……聞けッ……!」

 引き抜いた遺産は美しく、強く、そして何より俺から逃れるように荒ぶっていた。

『汝、何故に我を使う』

 美しい声が響く。誰だ。これはまさか、遺産の声か。荒れる力を制御しようと苦労しているところを、厄介な。気が散る。

「とにかく、こいつら、ブッ飛ばす!!」

 短く答える。瞬間、遺産が俺に身を委ねたかのように従うようになる。これならば、いける。

 鋭く放った一撃は、いや、一撃ではない。ロネルの込めてくれた力が四方八方に拡散し、兵士たちだけでなく壁や床も滅茶苦茶に斬りつけていった。それはまさに、斬撃の嵐。ロネルに降る悪意を吹き飛ばして余りある烈風だ。

 ロネルの力が抜けた遺産は、再び駄々をこねるように鞘に戻っていった。だが、今回は不思議と腕は痛くなかった。

「やったな」

 拳を合わせ、にやりと笑う。何が起きたのかはよくわからないが、とりあえず窮地は抜けたのだ。

「しかし、さっきの声はなんだったんだろな」

 再び先へと歩きながら、ロネルに問う。遺産から聞こえたように感じたが、まさかそんなことはあるまい。それとも、本当に意志を持つ武器があるのだろうか。

「声? なんのことだ?」

 どうやらロネルには聞こえていなかったようだ。ますます気になる。だが、俺にはそれよりも気になることがあったのだ。

「さっきはなんで力を使えたんだ? 絡繰に罪は生じないって言ってた気がするけど」

 ロネルの力はあくまで罪を裁くもの。そもそも罪を生み出すことのない傀儡の兵士相手には使えないと思っていたのだが。

「オマエだよ。自分の力を過信した宣言に、わずかに私の力が反応した」

「そりゃ困ったもんだな」

 自分の手を眺めがなら神妙そうに言うロネル。実際、それくらいで反応されたのでは俺はいつか大罪人になってしまう。俺は本気で、ロネルを殺す遺産を探しているのだから。

 他にもロネルに反応する仕掛けが何かあるのではないかと思い警戒して進んだが、特に変わりないようだった。少し拍子抜けだったが、何もないのならそれに越したことはない。

 第一階層に戻り、そのすぐ近くにある出口から地上に出る。大変なこともあったが、なんとか助かった。でもこれからは遺跡に入る時は気をつけよう。他にも厄災対策があるかもしれない。

「いやぁ、やっと抜けられたな。やっぱり外の空気は気持ちいいや」

 ここならば誰も見ていないだろう。フードを取って大きく息を吸い込む。ロネルも窮屈なのは嫌だったのか、フードを取って辺りを見回している。

 そういえば、ライトリック卿の屋敷から持ち出した手記を、誰にも預けず持ってきてしまった。他の国で生活する目処が立ってから送りつければいいか。

「宿まではしばらくある。もう少し歩くからな」

 ……ロネルからの返事がない。俺の後ろをついて歩いているものだと思い込んで、足音すら消えていることに気づいていなかった。

「ロネル!?」

 振り返ると、そこにはロネルの姿が。何か言おうとした彼女の動きが固まり、首から上が転がり落ちる。なんだ、これは。何が起こっている……。


あとがき

 ロネルの急な負傷の原因は、そしてノーウィたちは無事に旅に出ることができるのか。
 人の罪と罰をめぐる旅は、どこへ向かうのか。

 次回、一旦最終話の予定です、お楽しみに!



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?