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「災禍に誓うサルベージ」最終話
第一話はこちら↓
最終話:神の愛を浴びる騎士、未来に星を見るカラミティ
「ロネル、ロネルッ……!」
首を斬られた衝撃と共に倒れるロネルを支え、首を元の位置に戻してやる。厄災の再生能力は本当に凄まじいようで、首を近づけると何もなかったかのようにさっきまでの姿に元通りだ。
「問題ない。それより敵は?」
その『敵』が察知できない。遥か遠くにいるのか、もしくはなんらかの方法で姿を隠しているのか。何が厄介かといえば、ロネルが首を斬られたということは、おそらく相手は遺産を持った破災騎士である可能性が高いということ。
どこにいるんだ。それがわからなければどうにもならない。ロネルへの攻撃の正体もわからないままでは、こちらがずっと不利なままだ。せめて遺産の正体だけでも。
「ロネル、やられた時のこととか覚えてるか?」
「気付いたら斬られていた。だが、明らかに首の左側から順に身体から離れた感覚があった。速かったけど、これは確実だ」
つまり、不可視の糸のような罠を空間上に仕掛けていたわけではない。そういう力を使える遺産もあったはずだが、それは候補から外れる。
「もしかして……」
最悪の予感が全身を走る。いや、もし俺の言葉を聞いてもらえるとしたら最良に変わるかもしれない。だがそんな賭けに出てもいいのだろうか。
ロネルが斬られたところから、首と同じ高さに攻撃の跡がないか見て回る。俺の予感が正しければ、おそらくこれは伸長した斬撃だ。であればどこかに、ロネルと遺産の持ち主の間にも痕跡が残っているはず。
どこだ。周囲には木や遺跡の残骸も多い。どこかが絶対に……。
「あった!」
俺たちの後方、木の枝が不自然に落ちている部分がある。つまり敵がいるとすれば方角はあちら。どこに潜伏しているのかはわからないが、そう離れた場所にはいないはずだ。
そしてあの攻撃、俺の想像はほとんど確信に変わった。あとはそれが本当に正しいのか確認するだけだ。
「いるんだろ、マキュラータ。出てこいよ」
「……命乞いか、もしくは油断か? いずれにせよ、愚かと言わざるを得ないな」
どうやって気配を消していたのか、急にその迫力と魔力が強風のように叩きつけてくる。上手い具合に遺跡の影に隠れていた騎士、マキュラータがゆっくりと姿を現す。
銀河のような瞳と、空気のように透き通った蒼い髪。そして放たれる威圧感は彼女が常人ではないことを何よりも克明に示している。
「なんだ、知り合いか?」
「ま、一応な。俺がまだ騎士を目指してた頃の同期だ」
破災騎士は国を、世界を守るヒーローのような職業。俺もそう思っていたから、馬鹿正直にそれを目指した。
才能は多少はあったと思う。見習いの中でも成績は悪くなかったし、俺が一番出来の良かった訓練もいくつかあった。
だが、決定的に才能がなかった。俺が制御できる遺産が全くなかったのだ。騎士になるには十分な力を持ちながら、騎士になれない。そんな矛盾の中で、彼女は、マキュラータは眩しすぎた。
その凜とした見た目だけではない。強い意志、卓越した戦闘技術、そして全ての遺産を御する圧倒的な力。すぐに皆が彼女を『神に愛された子』と呼んだ。その強さは、かつてこの国で活躍した最強の騎士、レイロウの再来と言っても過言ではない、むしろそれを超えるレベルのものだった。
だから正直すごく苦手だ。真面目だし、強いし。同期の頃も何度か喋ったことはあるが、終ぞ仲良くなることはできなかった。今はそんなことは言っていられないが。とにかく交渉だ。しかしその前に……。
「どうしてここがわかった?」
そう、槍の騎士を退けて以降俺たちの動きは察知されていないはずだ。王都の捜索網が盤石となる前に抜けてきたからバレていないと思っていたのに。もしなにか理由があるなら、今度からは対策が必要だ。次があればの話だが。
「そ、それは……その、勘だ。ノーウィ・マクアフィテル、サルベージャーであるお前なら遺跡を使うのではないかとな」
妙に動揺している理由はわからないが、勘ならば運が悪かったと諦めるしかないだろう。強い上に勘も鋭いとは、本当に死角がない。
「交渉しないか。条件によっちゃ俺は王都に戻って処刑を受けたっていい」
「まあ、聞いてやろう。その条件とやらを言ってみろ」
良かった。まず交渉のテーブルには乗ってくれた。そしてそれならば希望はある。なにしろこの提案は、向こうには利しかない。
「お前の遺産でこいつを殺してくれ。一撃で、できるだけ苦しむことなく。その遺産なら、できるだろ……?」
「の、ノーウィ……!?」
驚いたような声を上げるロネルの肩を押さえる。マキュラータが主として使う遺産、『叶剣・フルレイティオ』は俺が真っ先に思い浮かんだ、ロネルを殺すことのできる遺産だ。本人の力次第で、『剣』にできる範疇で所有者の望みを現実とする剣。
その力は理、世界そのものにすら届き、自在に斬ることができるという。それは世界そのものに作り出されたロネルを斬り、殺すことすらできるということなのではなかろうか。
「それは……出来かねるな」
何故だ。俺は大人しく王都に戻り、厄災を殺すことができる。そんなチャンスを何故棒に振る必要がある。嬲る趣味などないだろうし、何が目的でここまで来たのか。
「ロネルを殺して都合が悪いことでもあるのか?」
それくらいしか理由が思いつかない。確実に国にとっては利益になるはずなのに。
「この剣にそんな力はないからだ。サルベージャーともあろう者が、随分夢見がちなことを言うんだな」
「嘘を言え、本当はオマエが使えないだけなんだろ?」
何故か前に進み出たロネルが、歪んだ笑顔でマキュラータを嘲る。わざわざそんなことをしなくても。怒気を露わにしたマキュラータはその勢いのまま……。
「口には気をつけろ、厄災」
そんな静かな警告とともに、マキュラータはロネルの目の高さを横一直線に切り裂いた。
速い。いつ剣を振っているのか全く見えない。この遺産のこの使い方は斬撃の伸長。つまり剣を振らなければ斬撃は生じないのだ。それが見えない。
「おっと、図星か?」
涙のように頬に血を残しながら、ロネルは不敵に笑う。マキュラータの斬撃も異様だが、ロネルの修復もまた早い。
「今度はこちらから交渉させてもらおうか、ノーウィ」
脅すように剣をきらりとちらつかせてから、静かに言う。こうなったら頷くしかない。こちらとしても争いは避けたいのだ。受け入れられるかどうかは別として、聞くだけ価値はある。
「その女と腰の遺産を渡せ。そうすれば、お前の処刑には私の権限で別人を立ててやる」
「何をするつもりだ?」
「無論、その女を封印する。そうしてこの国はその権威を保ってきたのだから」
殺せないから、封印したいということか。しかしそれは俺たちの本意ではない。俺だけが自由を得ても、その旅はもはや色彩を失った画、味を失った飯だ。本来の目的が消え失せてしまう。
脱獄して、俺は決めたのだ。もう無為には生きないと。だから、この提案に乗るわけにはいかない。
「残念、交渉決裂だ」
ロネルの方を見ると、少し迷っていた様子だが最後は頷いてくれた。これで意思は同じ。あとはここをどう切り抜けるかだ。
「こちらとしても残念だ。ならば力ずくで……」
「荷物を捨てて散れッ!」
もはや背負っている荷物などどうでもいい。手元の武器だけで十分だ。少しでも視界を遮ることができるかと投げつけたリュックサックは簡単に弾き飛ばされ、そして次の瞬間。
「うッ……!」
まさに神業。瞬きの暇すらない間に、ロネルの四肢が身体から離れていた。音もなく首を斬った時から思ってはいたが、ここまでとは。
「この程度で勝ったつもりか?」
「フン、無駄な足掻きを……」
マキュラータが剣を振り上げる。斬られてもロネルは無事だが、できることなら……。
「やめろッ!」
腰の銃を引き抜き、デタラメに放つ。いくら下手でも牽制にはなるはずだ。
弾丸を全て剣で弾くと、鋭い視線がこちらに向く。注意をこちらに引きつけることには成功した。
「もうやめろ。私とて、その、同門の徒を傷つけたくはない。今からでもいい、諦めてくれ」
高圧的で超越的ではあったものの、それはどこか懇願のようでもあった。実際こちらもそうしてしまいたいぐらいだが……。
再生を終えてなお苦しそうに腕の、斬られた部分を押さえるロネルを見る。遺産のせいで浄化の力を十分に使えない彼女を、これ以上傷付けさせるわけには……。
「……わかった。だが、もう一つ頼みがあるんだが」
「言ってみろ」
少し警戒を解いたマキュラータに、魔力封じの拘束具を見せる。これが邪魔だったのだ。破災騎士ほどの立場なら、管理の権限くらい与えられているはず。俺を見逃してくれるというなら、外すくらいしてくれるはずだ。
「これ、外してくれよ」
「そんなことか。構わない」
ロネルに静かな視線を向けられながら、拘束具を外してもらう。魔力に秀でているわけではないから特に解放感はないが、それでもどこか自由になった気がする。
「こちらの約束は果たした。さぁ、遺産を渡してもらおうか」
言われた通り、腰に手を回す。ロネルを長い間封じていた超高位の遺産。これさえ渡せば。
「く、くくくくく……」
可笑しくて、高らかに笑う。最強の騎士様がここまで素直とは思っていなかった。こんなに簡単に、騙されてくれるとは。
「魔力が使えれば、もうお前の指示なんか聞く必要ない」
「なに……!?」
「俺はこの遺産、『封刀・キャティニール』を完璧に、誰よりも巧く制御できる。これさえあれば、お前なんざ敵じゃねぇのさ」
ありったけの魔力を込めて、遺産を少し引き抜く。やはり、思った通りだ。あの何かを引き摺り出されるような感覚、あれは魔力だ。
ロネルのおかげで気付くことができた。この剣は力を、つまり俺たちの魔力を吸い上げるのだ。ならば、拘束具さえなくなれば代償なく使うことができる。
とはいえ、俺の魔力では力を引き出すには全然足りない。ここでも、適性はあるのに役に立たないジレンマを味わうことになるとは。
「う、嘘だったの……!? ゆ、許せない!」
マキュラータの顔が、一瞬少女のそれになり、そしてまた厳しい騎士の顔に戻る。約束を裏切った俺を、彼女は許さないだろう。
静かに遺産を構えるマキュラータ。しかし、俺は本命じゃない。
鋭い蹴りがマキュラータの側頭部に飛ぶ。予想できていなかったのか、攻撃をモロに食らい吹き飛んでいく。
「ナイス!」
「ま、オマエにしてはいい誘導だったよ」
俺はあくまで主力じゃない。遺産を完璧に扱えるなんて嘘、俺だけで余裕なんていうのは俺に警戒を向けるためのハッタリだ。ついでに、財布も掠め取っておいた。
傲慢、虚妄、簒奪、俺の中でのこれら全ての罪が膨れ上がっていくのをロネルも感じ取ってくれただろう。罪を介した、俺たちの間だけで通じる会話だ。
「舐めた真似を……!」
膨れ上がる魔力、そして振るわれる剣。来る。
「さっきは、結構痛かったぞ……!」
伸長された刃を、ロネルが腕で受ける。さっきまでは簡単に斬れてしまっていただろうが、今は違う。腕に浄化の力を纏った今ならば、最強の遺産の一撃ですら受け切ることができる。
浄化の力と遺産の力、方向は違えどどちらも罪を消し去る存在に由来するものだ。その力は反発し、激しく鍔競り合うものになる。
「まだだ、【サモン】!」
マキュラータが左手に呼び出したのは槍。形状的に投擲用だろうか。流石はあらゆる遺産を制御できる神に愛された騎士。『叶剣・フルレイティオ』の攻撃を抑えるのにやっとのロネルでは防げない。
だが、そんな時のために俺がいるのだ。遺産、『封刀・キャティニール』を引き抜いて、飛んできた槍に叩きつける。遺産に対抗できる力は、何もロネルの力だけではない。
魔力が使えるようになって、俺の遺産は鞘に戻ることはなくなった。荒ぶる力でぶるぶると震えているし、際限なく魔力を吸い上げられるが、ちゃんと使うことができる。
「マキュラータ、俺たちは先に行かせてもらう。一旦、眠っててくれ」
「させない! ノーウィ、君は行かせないッ!」
湧き上がる力。周囲に複数の遺産を携えたその姿は、それこそ神のようだった。だが、これを超えて、俺たちは行くのだ。
「ロネル、俺の罪を裁いてくれ」
「任せろ。そのために、私は生まれてきたんだ」
ロネルの浄化の力が伝わり、俺の遺産、『封刀・キャティニール』はマキュラータに対抗できるほどの強い力を放ち始める。両手でギリギリ支えきれる程度。
合図は必要ない。ロネルと同時に走り出す。飛んでくる遺産を、伸長された斬撃を、全て弾き返してマキュラータに迫る。
恨みはないが、俺たちの前に立ち塞がるのなら消えてもらおう。
「行かせ……ないッ……!」
「厄災の力、舐めるなよ」
ロネルの、その不敵な笑みが合図だ。浄化の力でがっちりと遺産を抑えてくれたおかげで、マキュラータの防御はガラ空きだ。
「らあッ!」
勢いのまま、俺たちの罪と罰を乗せた一撃を振り抜く。
遺跡や木々を巻き込んで吹き飛んでいったマキュラータだが、咄嗟に溢れんばかりの魔力で防御したらしい。気を失ってはいるが、傷は深くなさそうだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目を開けると、私は土埃に塗れて地面に倒れていた。意識の浮上とともに還ってきた記憶。そして自分に何が起きたのかを思い知る。
ああ、私は負けたのだ。また負けたのだ。こうしてボロボロになっていると、思い出さずにはいられない。
騎士見習いの訓練の頃。無理をして一人で進みすぎた私を助けに来てくれたのがノーウィ君だった。視野の広さと卓越したフットワーク、それら全てが私では敵わないものだと直感でわかった。あれは天性のものだ。
だというのに、彼はあっさりと騎士を目指すのをやめてしまった。私では絶対に届かないものを持っていると思っていた彼が、騎士ではなくサルベージャーになってしまった。
そして、彼はまた遠くに行ってしまった。今度は厄災と友達みたいに協力して。私は、いつか彼に追いつくことはできるのだろうか。
傷薬を出そうとして、見知らぬものがポーチに入っていることに気付く。財布は返ってきていた。律儀なものだ。財布と共に入れたと思しきそれを、手に取ってみる。
「これは、まさか……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦いの場からはかなり離れた。流石にここまでは追ってはこられないだろう。放棄したおかげで荷物は無事だったが、俺もロネルもボロボロだ。宿を取ったら予備の服を買い足さなければ。
もうこの国に思い残すこともない。少し懸念だったライトリック卿の手帳も、財布と共に無事マキュラータのポーチに忍ばせることができた。彼女ならば、きっと正しく使ってくれるに違いない。
必死に戦ったせいもあって、腹が減ってきた。街までしばらくあるし、携帯食料とスープで誤魔化すか。
「それ、美味いのか?」
携帯食料を齧っていると、ロネルが興味深そうに訊いてくる。食べ物には興味がないと思っていたが、意外とそうでもなかったのか。
「まあまあってとこだな。食うか?」
特別美味いものでもないが、腹が減っている時なら最高だ。特に今なんて食べるのにぴったりだろう。
冗談のつもりで言ったのだが、ロネルは俺の差し出した携帯食糧に齧り付く。しばらくして飲み込んだ後、少し不思議そうな顔をしてから笑う。
「確かにまあまあだな。……本当はあのシチュー、美味かったよ。へへっ」
「他にも美味いもんはいくらでもある。楽しみが増えたな」
俺の言葉にロネルはやんちゃに笑う。ロネルを救うこと、殺すことがこの旅のゴール。だけれど、少しでも長く続いてほしいと思ってしまう俺がいた。
願わくは、これから歩む未来に、燦然と輝く星があらんことを……。
あとがき
最後まで読んでいただきありがとうございます!
一旦ここで完結。ということにはなりますが、時間や体力に余裕があるときに続きにあたるような部分を書いていければと思っています! またいつか、ノーウィとロネルと共に旅ができる日を!
ありがとうございました! 応援、感想もお待ちしています!
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