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爆裂愛物語 第十二話 選ばれた民、選んだ道

 大日本翼賛会の旭日旗なびく小さな船舶の上で……話し合いの場が設けられる……果たしてこの事態に対し彼らは何を話すのだろうか?
「お待たせ、とりあえお茶をおもちしました」
 神妙な空気の会議室に静香と凪が入ってきて湯飲みを置くと、湯気とともに芳醇なお茶の香りが広がった……
「はい、我路、コーラ。氷大盛り」
「おう、センキュー」
 静寂の中……みな、それぞれに考えることがあるのだろう……茶を口に含みながらそれぞれ沈黙を守ったままである……。先に口を開いたのは、グッとコーラを一気飲み干した我路だ。
「静香、ハンスの様子は?」
「ええ、容体は安定しています」
「そうか……気をつけろよ。いちお船で一番厳重な部屋で、しかも監視カメラと盗聴器付きとはいえ、奴にはマインドコントロールの技術もある。万が一のことがあったら……」
「大丈夫ですよ、安心してください。彼、落胆しているのか大人しいです」
「……そうか」
「多分……部下も国もなくして、一人ぼっちだからじゃないですかね?」
 静香の陰った表情に、我路は頷いたまま、少し肩の力を抜いて椅子に座りなおした。
「それで、本題に入る前に状況を整理する」
 並さんが言った。会議室には大日本翼賛会のメンバーとブラッドサッカーグループ。我路たちも含めた全員が集まっていたのだが、緊迫感がみなぎっている。そんななかようやく会議が開始されたのである……
「まず、殺志はナチス党を裏切り、彼等が最終兵器として奪取していたイージス艦セリオンを奪って逃走、たった独りでセリオンを操作し、北方領土へ向かっている。しかもそのセリオンには核兵器が搭載されている。」
 改めて緊張感と圧迫感が増す中、一同は静かに話を聞いていた。災厄というにはあまりにも禍々しい悪意を前に、彼等は真剣に議論を進めている……。
「このまま放置すれば最悪、世界大戦が勃発してしまうのは明白です……」
「……」
 沈黙の中みながゴクリッと唾を飲み込んだ音が聞こえてきた……アイの口調はいつもの棒読みのまま、冷静なままだ。
「しかしイージス艦をたった独りで操作……あまりにも恐るべき身体能力と頭脳、反射神経……大日本帝国の決戦兵器。神をも殺すと思える程の完全なる兵士、か……ソレ単体で一個大隊、いや……ひとつの国家と言っていい戦闘力を有しているワケだ。しかも再生能力がある上、痛みも恐怖もない……もう勝ち目ねぇじゃねぇか! チートだろ!!」
 ダンの言葉に我路は遠い眼のまま考え事をしていた。気にかかることがあった。半分はカンなのだが……直観的に……いや、確証がない。だから、今は声に出さず黙っていた。
「北方領土に核撃ち込んだら、ロシアと戦争になって世界大戦になるっちゅーのも、当然判っててやっとるんでしょうね、殺志は」
「そう、思います。恐らく確信犯。本気で第三次世界大戦を巻き起こし、世界を滅ぼすのが目的なのでしょう」
 宮さんの問いにアイは、判り切った回答を棒読みで淡々と答える。あまりにも絶望的……いや、もはや絶望的な状況下の中で彼等は議論を続けていた……。
「とりあえず話すべき議題はふたつ、ですね。まずひとつは、このまま第三次世界大戦が起きた場合どうするべきなのか。そしてもうひとつは……殺志をいかに止めるか……」
 我路の一言に一同が沈黙する……あまりにも話が大きすぎる。重要な、あまりにも重要なことであるのは判っているのだが、大きすぎる……圧倒的すぎる闇だ。一寸先の未来も見えないほどの圧倒的な闇。その中をひたすら進み続ける恐怖感……それに押し潰されそうになる感覚に襲われながらも、彼等は話し合いを続けるのだった……。
「……殺志を止めるって……そんなこと出来るわけがないだろう?」
 沈黙を破ったのはダンの言葉であった……その声は重く暗く冷たく悲しげなものであったが、
「だがやるっきゃねぇだろ?」
「ああ!?」
 我路はふたつ返事に答えた。その答えにダンは……
「ふざけんなぁ!!」
 ダンは激怒した。怒りのあまり椅子を蹴飛ばしながら立ち上がる。
「なに自分勝手な考えしてんだよ!? 後先考えねぇで! みんなの命が懸かってんだぞ!?」
「うるせぇぇぇっ!!!! じゃあ他にどうすりゃいいんだよ!?」
「バキャロ!!!!!!」
 ダンの言葉に激昂した我路に、ダンが殴り掛かる。そのまま殴り合いだ。殴る蹴るを繰り返し、お互いボロボロになりながらも、決して手を休めず、ただただ殴り合う……。
「ちょっと落ち着きなよダン!!」
「我路やめて!! やめてよ!!!!」
 咲夜と凪が、ダンと我路を必死に止めようとする。宮さんや園さん、夏凛、静香も必死に止めようとしていた。しかし……二人の勢いは全く止まらない……。
「お前はいつも後先考えねぇで!! 判ってんのかよ!! みんなの命が懸かってるんだぞ!!!!」
 咲夜と園さん、静香に抑えられながらダンはそう叫んでいた。真剣に真剣に考えていたモノだから想いが爆発する。それは悲痛なほどに悲しく、悲痛なほどに辛そうな声であった……。
「んなこたぁ判ってんだよ!!!! でもやるっきゃねぇだろ!!!!!!」
 凪と夏凛、宮さんに抑えられる我路はそう叫んだ……
「誰一人オレが死なせねぇよ!!!!」
「それが気に入らねぇんだよ!!!!」
「なんがだよ!!!!」
「テメェまた自分を犠牲にする気だろ!? 永遠学園脱出んときみてぇに!!!!」
「!?」
 ダンの一言にハッとなったように我路は押し黙った。
「お前の一番気に入らねぇとこなんだよ!! みんなに黙って勝手に独断で行動して!! いざとなりゃ自分が犠牲になりゃいい!!!! どんだけ自分勝手なんだよ!!!! そういうんを自分勝手っていうんだろ!!!!」
 怒鳴ると同時に怒りを込めて睨みつけてくるその視線からは、強い意志を感じることが出来るほどの迫力があった。そのあまりの気迫に押されて言葉を失う……だから思わずこう言い返してしまうのだ。
「……勝手なことって何だよ? オレが自分勝手で何が悪い?」
「お前が自分を犠牲にしようとする度にオレらがどんな気持ちになるかわかってんのか!? お前にかばわれて生き延びたって一生後悔しながら生きなきゃいけねえんだぞ!? なんでそこまで自分の身を捨ててまで他人を助けようとすンだよクソッタレが!! 再生能力を過信してんじゃねぇのか!!」
「……んなじゃねぇよ」
 我路はギロリとダンを睨みつける。その瞳に怒りの色はないが……静かな怒気が含まれていた。
「ご自分が納得できないからでしょう?」
「!?」
 そんなふたりに話したのは……終始無表情に静観していたアイだ。
「我路が自分を犠牲にするのは、誰かのためでなく自分のため。結局自分勝手。でも、その自分勝手には、我路の中で一本の筋がある。独特の人情と愛情が。だからここにいる全員は我路に救われているのです」
「……」
「でもその自己犠牲には、自分を傷つけることで自我を保とうとしているようにも見えます。」
「!?」
 (そんな……!)と心の中で思いながらも……言葉が出ない。アイがジッと自分を見ている。その視線に耐えかねて思わず目を背けてしまったものの……しかし、ここで目を逸らすことはできないと再びアイに向き直り……。
「……“頭の中の怪物”か?」
「私には判りかねます。我路にしか解りません。しかし、合理的にはそれの“ほんとうの正体”を知ることでより正しい選択ができるということです」
 アイの言葉に我路は静かに頷くのだった……。
「……殺志と闘う術は知らんが、第三次大戦が起きた場合の算段はある」
「!?」
 アイと同じく静観していた並さんがボソリと話し出した。冷静に、そして、的確に。
「現在この船はそこへ向かっている」
「え?」
「明日には着くだろう。話の続きはその後にする。今日は解散」
 そう言うとすぐに出ていってしまった…………。

 翌日

 船は和歌山の小さな浜に辿り着いた。この小さな船がつけるにはギリギリの浜だ。人気はなく、周囲には山だけが延々と広がっている。まるでここだけが世界から取り残されたかのように静かな場所だ……しかしこここそが重要だと並さんは言ったのだ……。
「我路とダンだけ着いてきてくれ」
 並さんに連れられ、二人が山奥へと歩いていく。わけいってもわけいっても青い山だ。木々が鬱蒼とし、空気がひんやりとして、青い苔が地面を覆っている。とこどころに竹林があり、鳥の鳴き声が聴こえてくる。まるでもののけたちが、森の精が、自分たちを見つめているかのような錯覚を覚える雄大で幻想的な森だ。彼等は山の谷間の渓流に沿って歩いていき、やがて、大きな洞窟の前に出たのだが……
「!?」
 洞窟の奥へと進んだ先には……巨大な地下壕跡があった。地下壕入り口はコンクリートで固められているが、中は木材で補強され頑丈になっているのがわかる。天井も高く、通路幅も広く取られているようだ。壁はむき出しの土だが、崩れないように丁寧に補強してあることがわかる。入り口には鉄格子があり、並さんが丸いリングにギザギザした突起がついている鍵を取り出した。並さんの手の中でカチャカチャ鳴る金属音がやけに響く。南京錠を開けて、鉄格子の扉を開け……ガチャンと、横のレバーを倒す、すると薄暗い灯りが点った……どうやら電気が通っているらしい。中に入ってみると……カビ臭く埃っぽい匂いが立ち込めていた……湿気も多いようだ……かなり古びている……並さんはさらに奥へと我路とダンを連れて行くのだった。すると……今度は近代的な扉がある。分厚い鉄の扉のようだ……しかもその扉を開けるための電子ロックらしきものまである……並さんは扉の近くの壁に取り付けられたモニターのようなものを操作し始めた……しばらくするとガチャリと音がして扉が開いたのである……そこには……
「おぉ!!」
 圧巻だ。巨大な施設、いや……地下シェルター、という方が適切だろう。東京ドーム三個分……と言われる巨大空間は複数の区画に分かれており、それぞれが迷路のように入り組んでいる。それぞれのエリアには……食料の生産プラントや加工工場などが配置されており、万一の場合にはそれらの機能をフル稼働させることも可能だという。また、居住区も無数にあり、たくさんの個室、風呂やトイレが完備されていた。だが驚くのはこれだけでなく……食堂や娯楽施設、居酒屋らしき場所や屋台、ジム、映画館に図書館、ライヴハウス、売店や病院、学校まであるようだ……地下一階には大浴場もあり、食糧庫には大量の保存食と飲料水の備蓄があった。水は地下水からくみ上げているらしく、水道設備も完備されている。地中熱をうまく回しながら生ごみや排泄物を使った発電設備も完備され、さらに驚きなのは……農園や家畜小屋まであるのだ! おそらくここで自給自足できるようにだろう。太陽光や雨水を再現するシステムも整っているらしい……まるでひとつの町のようだ……一体いつから建造されていたというのだろう……? そんな疑問を浮かべていると、突然並さんが話しかけてきた……。
「ここは先の大戦中、大本営からの指示を受け、オレの祖父が建造した非常用地下壕だ」
「!?」
「残念ながら大戦には間に合わなかったが、戦後も、オレの父の代まで建造を続けていた。この国に何かあった時のためにな」
「すごい……」
「さらにこのシェルターは、広島、長崎の反省、そして冷戦と核競争に備え、核攻撃と放射能にも耐えうるように設計されている。ツァーリボンバにも対応できるぞ」
「!?」
「まさに我等大和民族最後の砦、だよ。地下壕に命名された名前は、『アマノイワト』」
「アマノイワト……」
「ここなら第三次世界大戦と核戦争も凌げるだろう。使うといい」
 並さんは以前として眉一つ変えずに冷静、だった。祖父と父から受け継いだこの場所を我路たちに託す。そこにどれ程の熱い想いがあるだろう? それを考えると、胸が熱くなった……。しかし、そんなことを考えている暇はない!
「ありがとうございます。並さん」
 我路がそう言うと、並さんはクスリと微笑んでくれた。だが……。
「でも並さん、まだ課題があります」
 我路は真直ぐな表情で並さんに問いかけた。
「なんだ?」
 我路の瞳には確信とともに、決意の輝きがあった。

 大日本翼賛会船内

「人数が足りない?」
 船に戻った我路たちは、全員に地下壕の説明をするとともにそう言った。
「万一核戦争が巻き起こり、世界が滅んだあと……地下壕を円滑に動かすにも世界を復興するにも人数がいる」
 それを聞いたみんなの反応は様々だった。
「確かにその通り……」
 と夏凛が言う一方で、
「またお前は理想論を……」
 と呆れ気味に顔を仰ぐダン。
「しかし合理的です。私たちだけでは足りません」
 アイは無表情に淡々と答えた。
「……宛はあるのかい?」
 咲夜は腕を組んだまま落ち着いた声で、訊いた。
「ツイッターを使おうと思う」
「……なんだって?」
「ツイッターだ」
「ツイッター!?」
 我路の答えにダンは呆れながらも驚いた様子だ。
「ツイートで告知する」
「なんじゃそりゃ!?!?」
「アイ、政府関係者など、妨害したり利用しそうな人間にツイートが届かないよう、アルゴリズム操作することはできるか?」
 我路からの質問にアイはコクリと無表情に頷く。
「元々してましたから、簡単です」
「うし!!」

「ちょっと待ってくれよ!!」
 ダンが叫びだした。
「んな顔も素性も知らないやつのツイート、何人が信用すんだよ!」
「やってみなきゃ判んねぇだろ?」
「またお前は後先考えず……」
「大丈夫、右翼の教えは護り続けてきた」
「はぁ?」
「何が正しいか間違っているかは時代や場所によって移ろっていく。だから判らない
 しかし、誠意をもって、言った言葉や、行った行動は、必ず、何かを残す」
「……」
 我路の迷いなき言葉に、ダンは沈黙したが……
「私!!」
「!?」
 凪が叫んだことに全員が注目した。全員の視線が凪に集まる中、こう言った。
「私は……我路を信じる。私の命は、ちゃんと、残ったから……我路のツイートで、言葉で、誠意で……」
「凪……」
 そう言うとうつむき、黙り込む凪に、我路が。
「……ありがとう、凪……わかった……オレも、覚悟を決める」
 そう呟き、凪の頭をそっと撫でた。
「……っふぅ」
 ダンは溜息をひとつついた。そんな様子を見た咲夜は、クスリと笑って、
「負けだよダン。やらしてやんな。実害も別にないんだし。いざとなったらアタシらだけでなんとかするさ」
 と、ダンの頭をポンポンとたたいてみせた。まるでヤンチャな可愛い子供をあやすように……。
「さて、あとは……」
 すると我路は、
「誰が殺志を止めにいくか、だな」
 特攻服の裏ポケットからクジを出してきた。
「文句なし、オレとダン、アイ、夏凛、咲夜さん、園さん、宮さん、並さんの中からクジを引いた一人が行く……ってことでいいな?」
 辺りが沈黙する。緊張感が走り、みんな固唾を呑んで成り行きを見守った。そんな中、口を開いたのは……
「仕方ないね」
 と言って、夏凛がクジを引いた。ハズレだ。
「ま、公平なら文句なしっしょ」
 次に園さんがクジを引く。ハズレ。それから咲夜、ダン、並さんとクジを引く。ハズレが続くなか……
「そのクジ引き、無駄ですよ」
「!?」
 アイがそう言うと、その場にいた全員の意識がアイに集中した。アイの無表情な瞳に射抜かれたように全員が固まった。
「イカサマ、ですよね? おそらく我路一人が当たるようになってます」
「な……」
「つまり我路は、初めから自分ひとりで殺志と闘うツモリ、ということです。」
「……」
「我路は最後の最後は独りでやる人、ですから」
 アイの指摘に、沈黙する我路……しかし!
「行ってください、我路」
「え……?」
「私は我路を支えることを最優先課題としています。その目的上、私ができる、合理的かつ最適解は、気持ちよく“お見送り”すること、“背中を押すこと”です」
「……」
「私は足手まといのヒロインにはなるツモリはありませんので」
 アイはいつもの無表情と棒読みだが、いつになく凛として美しく見えた。まるで女性として筋を真直ぐに通し、侍を見送る……大和撫子のように。そんな姿に、みながしばし見惚れてしまった……
「行ってこいや、我路」
「宮さん?」
「腹くくった男止めんのはいっちゃん失礼や」
「……ありがとうございます」
 そう言って、深くお辞儀した。宮さんはクスッと笑ってみせた。
「待て」
「!」
 突然の美しい青年の声に、みながハッと視線を向けた先は……怪我をしたままベッドに横たわる、ハンスの姿があった。
「我路独りでは役不足。ボクも行く」
「!?」
「核兵器を止めるための知識ある人間が必要。我路にはそれがない。ボクならイージス艦セリオンの核発射システムを止めることができる」
 だがその瞳は……まるで青空を仰ぐ総統の鷲のように、真直ぐで、気高く、美しかった。そんな彼にダンが尋ねる。
「……お前が殺志に寝返らない保証は?」
「ある。みっつある。
 ひとつ。ボク自身が彼に満身創痍にさせられた。その時点でもう信頼に値しない。憎悪の掟がある。
 ひとつ。SSの部下を殺され、第三帝国の誇りを傷つけられた。奴には怨みがある。復讐の証がある。
 ひとつ。ボクの目的は千年王国の再生。殺志の真の目的が世界滅亡と判ったいま相容れない。野望の炎がある。
 千年王国再生のためには世界に残ってもらわなければならない。不本意だが君たちに協力しよう。目的のために手段は択ばない」
 
 キッとこちらを睨むハンスの、瞳には憎悪と復讐心と野望が燃えていた。皆が考える……この男を信用してよいのか?
「……」
 だが、凪は……

“ボクは理念達成のために弱者を利用することはある。
しかし殺志と違って、弱者を弄ぶ趣味はない。
千年王国再生の理念が濁るからだ”

「我路! この人も一緒に連れて行って!」
「凪!?」
 我路は驚いたが、凪は……安心の笑みを浮かべた。
「この人、悪い人だけど、千年王国再生の理念も信念も、第三帝国の誇りも本物だよ! そこは我路たちと同じ」
「……」
 ニコリと微笑む凪をハンスがジッと見た。その眼は冷酷だが、粗暴さや狡猾さ、邪心はなかった。

 その夜……ベッドに横たわったハンスは眠れずにいた。窓の外を見ると月が出ていて、淡い光が室内に差し込んだ。
「……」
 ハンスはしばらく窓から夜空を眺めていた……すると不意に声が聞こえた。
「なんだ? お前も眠れねぇのか」
「?」
 声の方向を見ると、そこには……黒い着物姿の我路がいた。
「何の用だ?」
「いやな~に」
 我路の手には、
「せっかくだから酒でも呑まねぇかと思ってよ。の方が治りも早いだろw」
 日本酒の一升瓶が握られていた。辛口の剣菱だ。剣菱の黒い模様が月に映えている。
「は?」
「別に構わねぇだろw 一緒に組むんだ。付き合えよ」
「……」
 ハンスは呆れ顔だが、まんざらでもない様子で、小さく頷いた。それは……
「だがボクは日本酒はたしまない」
「そう言うと思って持って来たぜ」
「?」
「イエガーマイスター。ちょうどいいだろ? 薬酒だ」
「……気が利くな。祖国ドイツのリキュールだ」
 今までにない会談のやり方に興味を持ったのだ。二人がベッドに並んで座り、まずは一口呑む……。ひと息つく二人。二人はしばらく黙ったまま月を見つめたが、やがて我路が口を開いた。
「月が好きなんだ。月って、一説では大昔はなかったらしい。何億年も前に地球のそばにやってきたんだと。そう考えると不思議な気持ちになるんだ。今では当たり前のようにあるけど、昔はなかったんだなって考えるとさ」
 そうつぶやいた後、再び黙り込んでしまう我路だった。ハンスは相変わらず無機質で美しい横顔を浮かべている。まるで氷細工のようだ……。その冷たさと美しさに吸い込まれそうになる……。その時、
「……ボクは完全なる兵士として教育されてきた」
 不意に、ハンスが口を開いた。
「ボクは兵器だ。戦争のための道具にすぎない」
 そこで言葉を切ると、彼は遠くを見たまま続けたのだった……。
「君の目的はなんだい?」
「目的?」
「この会談の目的だ。ボクに何を求める? 殺志との決着までの安全か? それとも共闘しての作戦か?」
「……っぷ」
 ガハハハハ‼‼‼‼ 我路は腹を抱えて大笑いを始めた。
「……なにが可笑しい?」
「いや、思った通り真面目な奴だな~って 笑」
「?」
「この会談の目的? 共に酒を酌み交わすこと、それ自体だ」
「なに?」
「強いて言えば互いを知ること。だがその真の目的は……みんな寝てっから、一緒に呑める相手探してただけだ」
「は?」
 こいつはバカなのか? と、ハンスは思った。
「ククク……だが解ったことがある」
「なんだ?」
「お前もオレらも、一緒ってことさ」
「なに?」
「翻弄されたんだよ、大人共の勝手な都合に」
「……」
「産んで育ててもらっただけで感謝している。ほんとは……わが子が無事に産まれて、そこそこ無事に育ってくれるだけで喜んでもらえたら……全部が丸く収まるのにな」
「……」
「子供は育てるものじゃない。育つものなんだ」
「……なるほどな」
 ハンスはクっと笑みを浮かべた。この男のことが、少し解った気がしたのだ。だが……
「ではボクから質問がある」
「ん?」
「ボクは君を裏切らない保証がある。殺志を打倒するまでは」
「……ああ」
「ではその後は?」
「は?」
「殺志の打倒を終え、世界を滅亡から解放した後……ボクはなおも君と共闘する必要はないよね?」
「ほぉ」
「ボクがもし、君の寝首を欠いたとしたら?」
「……」
 我路はここで日本酒の一合をグッと吞み干す。
「んな先のことまで判んねぇよ」
「は……は?」
 こいつはバカだ……と、改めてハンスは認識した。
「だがとりあえず当面の目的である殺志の打倒と阻止。そこまでは確実なんだろ? じゃあそれでいいじゃねぇか。あとはそれぞれの道だ」
「……」
「ただ、」
「?」
「月が……それまでなかった月が、いつかそばにいて。そして……いまでは当たり前のようにそばにいる。オレとお前も、地球と月のように、なれたらおもしれぇんじゃね?」
「……」
「現に」
「?」
「お前がいまその質問をオレにした、ということは。ちょっとは興味を持ってもらった……って、ことじゃねぇの? オレのやり方によ、ハンス」
「!?」
「……いや、だからオレはお前の考えに興味があるぜってことなんだけどな?」
「……」
「お前さんは兵器じゃない。誇りを持った兵士だ。だろ? ハンス」
「……」
「第三帝国の誇り。聴かせてくれねぇか?」
 そう言って笑うと、ハンスは少し戸惑った表情を見せた後、フッと笑みを返したのだった。
「言っておくが。ボクは月になったツモリはない。ボクから見れば、君が月だ」
「ハッ!!笑」
 そう言って、二人は酒を酌み交わした。ドイツ第三帝国の歴史と誇りの話。戦後連合国による印象操作と洗脳教育によって、ドイツの悪い部分バカリを強調されたプロパガンダにより、国民から愛国心が剥奪されていった話。それだけ連合国は第三帝国を恐れていた、という話。我路もまた語り逢った。大日本帝国もまた、GHQによる印象操作と洗脳教育を受け、愛国心を剥奪されたこと。大和民族の誇りと大和魂、そして大東亜共栄圏の理想……あの戦争が、欧米列強からのアジア開放を目指す大東亜共栄圏のための戦争で、日本が犠牲となり、その理想を達成した、ということ……すると、次第にお互いの警戒心が薄れていったのである……やがて吞みかわすこと数時間、すっかり二人とも酔っぱらってしまい、眠ってしまった……

 翌朝

「我路!!」
「!?」
 凪の大声にハッと目覚めた。
「来て!! すごいことなってる!!」
「は?」
 凪に連れられ我路が甲板へと向かう。
「!?」
 そこで見た景色は……
「なんじゃこりゃ」
 昇る旭日(アサヒ)を背に、数百人の人々が山から降りてくる。

 弱すぎるぐらい、繊細な心持ち合わせて
 気持だけで生きる? それが意思と理想

 選ばれた人々、選んだ人々だ!! 我路のツイートを信じ、ここまでやってきた人々だ!!

 支えてくれる君がいる
 君との時間や絆や想いがある
 ならばできる

 みな一様に影があり、憔悴しきっているが、表情は決して暗くない! 絶望の果てに一縷の光を見たかのような表情をしている!!
 
 わが路を行け‼ オレたちは開拓者
 オレが先を行く‼ オレは先導者
 君が必要なんだ……君はどうだい? 
 オレは信じてる
 誠意にこそ奇跡は宿る

 何かを背負って、ここまで生きてきた者バカリだ。その背負うものには各々理由があって当然だし、それが重荷になっている者もいればそうでない者もいるだろう。

 言葉は呪にもなるが祝福にもなる
 人を最後に動かすのが気持ならば

 オレの背には君がいる
 たくさんの想いを背負って今いる
 ならばできる

 しかしそれらを背負いながらも歩み続けるのだ! 彼らは新しい時代を築く民として選ばれてここにいるのだ! 我路の言葉に導かれるままここを選んだのだ!

 わが路を行け‼ オレたちは開拓者
 オレが先を行く‼ オレは先導者
 君が必要なんだ……君はどうだい?
 オレは信じてる
 気持にこそ奇跡は宿る

 それはつまり新しい世界の幕開けを告げる者たちに他ならないのである! 彼らこそ現代における神話となるべき英雄たちなのだ! 人類の歴史においてもっとも大いなる革命が起きる!!
 
 壁をブチ壊せ‼ 君は生きている
 現実を超えろ‼ 君は一人じゃない
 君が必要なんだ……君はどうだい?
 オレは信じてる
 愛にこそ奇跡は宿る
 

 彼らの行進を止める者は誰もいない。 なぜなら、これから起こる出来事こそがすべての始まりなのだから。
「スゲェ……」
 ダンは信じられない、とも言わんバカリの驚いた表情を見せていた。すると……宮さんが言った。
「誠意や。我路の誠意が残した信頼や。」
「誠意?」
「せや。嘘をつかれへん。それがあいつの最大の武器や。他ん奴やとあかんねん、でもあいつが言うとなんもかもロックに聴こえてまうんや。それがあいつの最大の武器や」
 すると……静香が
「でも……全員じゃない」
 と、少し暗い表情を見せた。しかしそれをかき消すかのように、宮さんが言う。
「それが判らんアホは旧時代と共に死んでまえばええねん。どうせいらん」
「うわ! メッチャ右翼な考え方ですね」
 思わず率直な感想を口にした静香であった……。

 『レイ・病み垢』が発信した我路の言葉、それを信じた数百人の人々がやってきた。圧巻だ……彼等はそれぞれが様々な想いを背負う者たちである。そんな彼らが今こうして集まっているのである。しかも皆一様に神妙な面持ちをして。これから起きるであろうことが想像できたのだろう。そう、ここは聖地なのだ……ここに集いし者たちは皆信仰心が強く、特に宗教を持っている者はいないものの、自らの中に生まれた神を信じ、祈る者たちなのだ。
「!?」
 その中に……
「え……」
 凪は見つけた。
「パパ?」
「……」
 再会した父娘の間に沈黙の時間が流れる……しばらくして、パパが言った一言とは?
「全部知ってたんだ……レイさんのことも。アカウントも……凪が彼のところへ家出したということも」
「!?」
「これが……パパとして、正しいかどうかわからない。ずっとそうだ。ずっと……ママがいなくなった、あの日から」
「え……?」
「話、聞いてくれるか?」
「……」
 戸惑う凪が、ふと……我路を、レイを見ると、彼は……ニコリと微笑んで拳を向けた。
「……うん」
「パパは仕事が忙しくて、あまり家にいることができなかった。凪の幼少時代も、ほとんど子供保育園に預けることが多かった。ママがいない分、オレ一人で凪を育てていかなければならなかったからだ。だからなおさら……オレは仕事に没入したのかもしれない……」
「……」
「だがずっと葛藤していた。職場で……凪が、寂しい想いをしていないか」
「あ……」
「凪に何か起きてはいないか。凪と……遊んでやれないのか」
「パ……パパ……」
「こんな話するの、初めてだな……凪」
「パパ!!!!」
 そう呼ぶ声が震えていることをお互いに感じただろう。なぜなら二人は親子なのだから……いや……だからこそなのか……? そんな想いを感じた二人が抱き締め逢う。レイ・病み垢と中嶋我路。独りの男に導かれてきた者たちもそれを見ていた。そして思ったことだろう……これこそが新しい時代なのだと……。これは今まで人類の歴史に存在したどの社会体制よりも素晴らしく自由だと思えたのではないだろうか? いや、思わなければならない! これが新しい世界の幕開けなのだ!! もう誰にも止められないのだから……。わが路は、始まった。

つづく

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