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1番目アタール、アタール・プリジオス(30)笑顔




 *



気がつけば、隣の少年もその隣の大男も、一様に涙を浮かべて準司祭の祈りを見つめていた。


勿論、ロエーヌ自身も…自分が泣いていることに気づいていた。


そのくらい、純粋に心打たれた。



アリエルは涙を拭いながら、こんなことってあるのかと思った。


人がただ祈りを捧げている姿を見て感動してしまうなんて…。


この人は、本当に身も心も清らかな聖人なのだろう。


「…お待たせしてしまいましたか。申し訳ない。短い間でしたが、あの方のお話をする機会を持てて、私も荷が降りたような心地になりました…。
十分なおもてなしができたとは言えませんが、感謝していただき、嬉しく思います」

「いえ、こちらこそ。有意義な時間を過ごさせていただきました。…レッカスール様、レミエール様の御加護でしょう。本当に、ありがとうございました」


互いに深々と頭を下げて、イオクとロエーヌたち一行は、教会の外に出る。


「それでは、お元気で…」

「道中お気をつけて。安全を祈念しております」


ロエーヌを見、パルムを見、最後にアリエルを見て、準司祭はにっこりと笑った。



懐かしさと喜びにまた涙ぐんでいる自分を、イオクは感じた。


エクトラスは無事に都にたどり着き、実家に戻ることが出来たのだろう。
恐らくあの病状では長くは生きられなかったであろうが…。

だが、そんな自分の命などよりずっと大切な特殊眼の息子はアペルの家で守られながら育てられ成長した。

後日、大きな苦難を得ることになったが、少年から青年への過渡期、こうして彼の元に導かれてきた。
そして、父の在りし日の真実の姿を知ることとなった。


たった数日で、頼もしい目つきになっていた。

少年の成長は、早いものだ。


アリエルもまた、にっこりと笑い返して頭を下げた。清々しい笑顔だ。やはりよく似ている。
あんな青ざめて痩せこけた状態でありながら、
エクトラスの笑顔は明るかった。
内面に様々な葛藤を抱いていたにせよ、それでも暗い表情を人に見せようとはしなかった。

それは、彼のプライドだった。


「最後に、一言だけ思い出したことをお伝えしても宜しいですかな」


「…勿論です」


「不幸は伝染する。だから、人に不幸な顔は見せたくない…あの方のお言葉です。
“笑顔を絶やさぬように” それが、自分の幸福にも繋がる、とも言っておられた」


「そうですか。笑顔、ですか…はは、笑顔、笑顔ね」


アリエルは顎を引き、自分の左胸にある“烙印”を見下ろすように目蓋を少しだけ伏したが、やがて微笑みを含んだ口元で、何回も「笑顔」と繰り返した。



 *




イオク準司祭は、彼ら一行が遠ざかって見えなくなるまで見送った。

去り行く少年の後ろ姿を見届ける彼の心の中に、深い感慨がしばらく居座っていた。


「…イオク先生。だいじょうぶ? 今朝は、お胸は痛くならなかったの?」


立ち尽くす老司祭に話しかけてきたのは、孤児院の子どもたちだった。


「ああ、そうだね。今朝は大丈夫だったよ、ありがとう」


「よかったぁー」


子どもたちは安心したように、とりどりに笑顔の花を咲かせる。

彼はそれを見ながら何度も頷いて、近くにいた少年に小さな声で耳打ちをした。それは先日倒れた大男を運ぶのを手伝った兄弟の兄のほうだった。


「…悪いが、ルイマス。ラウド先生を、呼んできておくれ」


少年は黙って頷き、村の唯一の医師であるラウドの家に走って行った。


ルイマスの弟バーレクに付き添われて、礼拝堂に戻ったイオクは、長椅子に腰を下ろし、ステンドグラスを見上げた。
横に座るよう、バーレクを促す。
イオクに寄り添うように腰掛けた少年は足をぶらぶらさせながらも、黙って老人の背中に支えるように手を当てる。
イオクは違和感のある胸にそっと左手を遣りつつ、右手では不安になると無口で無表情になるバーレクの頭を撫でてやった。



数ヶ月前から、心臓に痛みを感じるようになった。



教会のことは、村長にも相談して、新しい司祭を既に手配していた。恐らくもう2、3日後には訪れて引き継ぐことになるだろう。ただ、赴任してすぐには孤児院のことまで手が回らないかもしれないと思い、村長と医師に協力を頼んでいた。


「イオク様!」


息を切らせて、ラウドが扉を開けて入ってきた。


「ラウド先生。ご足労をおかけして申し訳ない」


「そんなことは構いません! それより、お身体のほうは…」


「大丈夫ですよ。良い状態とは言えませんが、すぐにどうということではありません。ただ先生にお伝えしておきたいことがありまして…」


「何でしょうか…」


「このお金を、この村の医療の為に役立ててください。先日、宿泊された方たちからのお慈悲です。使い道は先生にお任せします」


彼は銀貨の入った布袋を開けて見せた。


「…このような大金、私のような若輩が頂けるものではありません」


「いえ。お好きにお使いください。未だこの国の医学界にもまかり通る差別、偏見、その才能を妬む者も多くある中で、なお人々を傷や病の苦しみから救いたいという信念を貫かれている貴女です。
きっと有効にお使いいただけると信じております。
私はもう先が短い。
こういうものは、お若い方にこそ必要だというのが私の考えです」


ロエーヌから渡された銀貨の入った布袋を、彼は40歳手前ほどのやや小太りの女性医師に預けた。
彼女はそれを恐る恐る受け取ったが、まだ不安そうに準司祭を見つめる。


「私の手紙も添えてあります。これは貴女のものだ。そして、神とこのルイマス、バーレク兄弟がその証人です。何も気に病むことはありません」


医師と共に、バーレクの兄ルイマスも同じ場の片隅に入ってきていた。


「…ありがとうございます。必ずや、この村の為に役立てます」


「お願いします。レミリシア・ラウド医師」



2人は互いに頭を下げて、敬意を表し合った。


西日が『虹の窓』から差し込み、居合わせた者たちを赤みを帯びた七色の光で暖かく照らした。







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是非ご覧下さいませ。よろしくお願いします。






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