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1番目アタール、アタール・プリジオス

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自作の小説をまとめています。連載中です。 天才占星天文学者を名乗る不思議な『水晶玉』アタール・プリジオスとその弟子たちを巡る物語です。 月3〜4話くらいを目安に書いていきます。
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#ファンタジー

1番目アタール、アタール・プリジオス(21)視えるもの

1番目アタール、アタール・プリジオス(21)視えるもの

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全身の震えがようやく収まってきた。

床にうつ伏して、あまりの眼の痛みに思わず知らず打ち付けていた額は切れて、血が床の木目に滴り落ちる。
胃液だろうか。
口に苦味があり、透明な水っぽいものを嘔吐した跡もある。
それをぼんやりと見つめながら、アリエルは肘を付いた状態で胸を上げ、顔をゆっくりともたげた。

「…アーリェ?」

目の前に、パルムの大きな身体を支える膝があり、心配そうな声で彼の名を

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1番目アタール、アタール・プリジオス イラスト&解説

1番目アタール、アタール・プリジオス イラスト&解説

6月になりましたねー。
雨の時季ですが、noteを創作したり、インドアを充実させて乗り切りましょう☺️

今年2月より連載中の『1番目アタール、アタール・プリジオス』ですが、「連載もう1本」という以外に、特に何の説明もなく始めました。

今回少しだけ紹介をさせていただきます。

まず、ヘッダーに使っておりますイラストの全体図の掲載とちょったした解説をいたします。

まずは、イラストです。

ほぼ全

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1番目アタール、アタール・プリジオス(20)予兆

1番目アタール、アタール・プリジオス(20)予兆

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あ… “神様” が、倒れた…。

ずん、という地響きと共に、肉付きのいい身体は一度だけ弾んだように見えたが、その肉の振動はすぐに収まり、鼻を潰された丸顔の大男は力なく地に沈み、動かなくなった。

アリエルは見開いた目を閉じることなく、パルムを殴ってしまった少年に向けた。

もちろん、事故である。

本当なら殴られるのは、アリエルの予定だった。
受け流して技を掛けてやるつもりだったのに、予定

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1番目アタール、アタール・プリジオス(19)吃音

1番目アタール、アタール・プリジオス(19)吃音

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夜明けの光が、カーテンの隙間から差し込む。

真っ黒な東の空に滲んだ白い絵の具が水に溶けてどんどん広がって、太陽の無限の色が究極の青みへと向かっていく…。

パルムはアリエルの目蓋にそっと触れる。

薄い皮膚を透かして、瞳に青白い光が灯っていた。

「アーリェ…き、きれ、い、だよ。す、てき…だよ」

うっすらと目蓋を開けると、青い光が漏れる。
目の周りに光輪が生じる。神秘な瞳が静かに大きく

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1番目アタール、アタール・プリジオス(18)信愛

1番目アタール、アタール・プリジオス(18)信愛

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静かな夜だった。

暗躍する闇の獣を冬の三日月が支配の鎖に繫ぎ、その冷たい光の鞭で、猛る咆哮を鎮めているかのようだ。

「アーリェ…!」

階段を一段づつ、ふらつきながら降りてくる虚ろな顔の少年が目に入るなり、彼は声をあげた。

声のほうに、徐ろに視線を向けた少年は、うっすらと微笑んで、そのまま階下の床に降りた。

「…ごめんね、さっきは。驚かせて」

かすれた声を発した途端、少年はくらっ

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1番目アタール、アタール・プリジオス(17)烙印

1番目アタール、アタール・プリジオス(17)烙印

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自分の呼吸と鼓動が、どんどん速く激しさを増していく。

部屋に駆け込んだ少年は、もうすぐ自分は内側から破裂して弾け飛んでしまうのではないかと思った。

導火線が…爆弾へと繋がっている導火線が…刻一刻と短くなっていくような感覚だ。

黴のにおいの籠もる白い枕に顔をうずめて、自分を落ち着かせようと深く息を吸い込もうとするが、逆に咳き込む。
加えて、声を押し殺そうと幾ら堪えても、嘔吐のように苦し

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1番目アタール、アタール・プリジオス(16)村の教会

1番目アタール、アタール・プリジオス(16)村の教会

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夜のうちに、レッカスール大寺院のある教区域を抜けて、隣りの教区域ウラブレル村に入った。

小さな村だが、霧が薄らぐと、のどかな田園の風景が静寂の中にだんだんと現れる。
更に奥へ進んでいくと、山肌に面した切り立った場所に古い教会が見えた。

ここまで来れば、即座に身の危険に晒されることもない。

聖剣『時空』が懐中時計に変化してしまった為、剣士は仕方なく、聖剣ではない普通の剣を腰に下げ、懐中

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1番目アタール、アタール・プリジオス(15)出発

1番目アタール、アタール・プリジオス(15)出発

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背を向けたアリエルを見るなり、パルムは一瞬の躊躇もなく走り出し、その背中に抱きついた。

「アーリェ!!」

そのとき、パタッ、という音がした。

パルムのズボンのポケットから何か黒っぽいものが飛び出して床に落ちた。

“本”のようだった。

それを拾ったのは、中扉で繋がった隣室からちょうど入ってきた僧侶ガロこと凛々しい剣士姿の聖剣士ロエーヌ・オットーだった。

「どうしたのですか?………

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1番目アタール、アタール・プリジオス(14)帰還

1番目アタール、アタール・プリジオス(14)帰還

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なんだ?

いったい、なんだ?

この…どうしようもない、烈しい「心の動き」は…。

なんだ?

“時の繭”の中で、彼は両膝と両手を柔らかなその底に着き、四つん這いになったまま動けなかった。

自分の両腕が、ガクガクと震えているのが分かる。

全身が震えているのだろう。

「アリエルさん? 大丈夫ですか?」

心配した僧侶が、自らの“時の繭”を移動させ、彼の“時の繭”に接して叫ぶ。

「…

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1番目アタール、アタール・プリジオス(13)嵐の日

1番目アタール、アタール・プリジオス(13)嵐の日

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求婚したばかりの女の前で…。

エクトラスは俯いたまま、しばらく下唇をぐっと噛み締めていた。

外界では灰色の空から雨が降り始め、神殿の窓を叩いた。風も強まる。

「…逃亡者。いったいどうして? 船が難破したからではなかったのですか?」

「確かに難破した。それは事故だ…僕はね、海中に投げ出された。僕と数名の船員は泳ぎの心得があったが、ほかの乗員たちは溺れて死んだ。
海の藻屑だ。僕は大波に

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1番目アタール、アタール・プリジオス(12)バイモの花

1番目アタール、アタール・プリジオス(12)バイモの花

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「……俺の、両親…?」

彼は膜に顔を押し付けて、目を見開いて見る。

「ああ、そうだ…お前の父親、エクトラス・ブラグシャッド・アペルと、お前の母親ミューフィ・ルーサ・オルト・ホロヴィルだ」

アタール・プリジオスによると、自分たちは時空を超えて16年前の過去に飛んできたのだという。
3人はそれぞれ蛙の卵のような透明な“時の繭”に覆われ、その時代の者たちには、こちらの存在は無で、姿は見えず

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1番目アタール、アタール・プリジオス(11)誕生

1番目アタール、アタール・プリジオス(11)誕生

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神天星暦2934年10月9日。

その島は、閉ざされていた。

聖地に最も近い島とされ、島民たちもまた島を『聖域』という意識から島民以外の禁足地として、長い間、何者をも受け入れなかった。

そして、静かに滅びようとしていた。

「ミュー、おはよう」

「エクトラスさま…おはようございます」

「もうすぐだね」

男は女の大きな腹を愛おしそうに優しく撫でると、黒髪に栗色の瞳の整った顔に穏やか

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1番目アタール、アタール・プリジオス(10)真実の姿

1番目アタール、アタール・プリジオス(10)真実の姿

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聖剣が、砕け散った?

呆然とする、『時空』の聖剣士と少年。
銀色の粉塵がキラキラと狭い室内を流動しながら舞う。

「『時空』が…」

聖剣の主が、思わず声をこぼす。

なぜ自ら砕けたのか? 

まるで自死だ、と彼女は思った。

「ガロさん…」

あまりのことに、アリエルもまた言葉を無くしていた。

「…大丈夫です」

何が大丈夫なのだろう。

自分でも分からぬまま、彼女は立ち上がって『時

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1番目アタール、アタール・プリジオス(9)聖剣

1番目アタール、アタール・プリジオス(9)聖剣

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男の名は、パルム・ラビト。

口が利けないという、この大きな太った男の赤茶色の短髪は、アリエルの変えた髪色と似通う。僧侶ガロによると、年は恐らく27歳であろうという。
まだ若いものの、喋れないという障害から、世間から見放されてこの寺院にたどり着いたらしい。

こんな茶目っ気のある愛らしい人なのに、だれにも相手にされなくなってしまったのだ。

どんなにか、落ち込んだことだろう。

その謎の高

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