1000文字ショート(シュール)/ピエロ

「先生、恐怖ってさ……」
 クニヲが話しかけてくる。

 美術室。
 棚の上に、マルクスやブルータスの石膏像が置かれているはず。 
  
 だが、美術室は真っ暗だ。
 理由は後で述べる。 

 私は美術教師として、この男子高校に赴任してきた。

 高校に2名しかいない女教師として、男の子たちの羨望の的となっている。 

 当然だ。
 ぴちぴちの女子大生ではないが、匂い立つような美貌に惹かれぬ男子などいない。

 クニヲは、受け持ちの生徒。
 エキセントリックな天才肌。何を考えているかわからない。

「先生、答えてよ。本当の恐怖さ」
 たどたどしいしゃべり方。
 舌の先を切って、蛇のような二股にしているのだ。 

「スプリットタン」
 クニヲは、教えてくれた。
 人体改造の一つらしい。

 クニヲと二人きりになったのは、初めてではない。
 赴任してすぐ、クニヲの自宅に行った。

「クニヲが、首をつっているの」   
 両親から、呼び出しがあった。   
 クニヲは懸垂トレーニング用のバーに、ロープを引っかけていた。 

 それから、8回、自殺未遂をしている。
 ほぼ月一回のペース。

「先生。ほら、来たよ。ピエロ」     
 私とクニヲは、机の下だ。

 校内放送があった。
「学校の敷地内で、ナイフを持ったピエロがうろついています。至急、校外へ避難してください……」

 私たちは逃げ遅れた。 
 クニヲと、美術室の机の下で危機が去るのを待っている。

「わからないわ」
「死だよ、先生。人は死が近づいてくる危険性があると、恐怖を感じるんだ」

「死?」
「ええ。僕が自殺するのは、恐怖を克服するためです。死ぬことによって」

 廊下から物音。
 生徒は誰も残っていない。
 殺人ピエロが、とうとうやってきたらしい。

「怖いわ」
 遂に、口走る私。
 教師の言うことではない。

「死のうよ。そうすれば、もう怖くないから」
 錠剤を、スプリットタンの上にのせているクニヲ。

「ばか、やめなさい」
 
「グッバイ。先生。あっちで待ってるよ。すぐに先生も薬のんで」 
 クニヲは動かなくなった。

 扉が開いて、足音が近づいてくる。
 ピエロだ。

「死にたくない、死にたくない」
 震えている私。
 恐怖のあまり、目を瞑った。  

 誰かの手が肩にかかる。
 ピエロだった。
 ギラリと光るナイフ。

「先生、命乞いなんてやめろよ」
 聞き覚えのある声。

 ピエロが、マスクを脱いだ。

「ハロー」
 マスクの下から現れたのは、クニヲだった。【了】

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