【小説】#おじいちゃんのカメラ(ショートショート)

「このカメラって、売っているのですか?」
タケヒサは、恐るおそる聞いた。それほど、そのカメラ店の雰囲気は異様だった。
ここは、中古のカメラ店。初期のデジタル一眼レフから、戦前のカメラまで多数取り揃えている。

「売ってるけど、高いよ」
店主の男は言った。
「随分古そうですけど、プレミアがついているのですね」
「そうだ」
男はカメラの下のプレートを指差している。よく読めということらしい。
そこには、クラシカルな趣きの『ライカ』が展示されている。随分と使い込まれている印象だった。

『ライカ(ロバート・キャパ・スペイン内戦で使用)』

「これって、本物ですか?」
タケヒサが聞いた。
男に聞くまでもなく、こんなところに、本物のロバート・キャパのカメラが置いてあるはずなどない。
大嘘に決まっている。

「そうだ。有名な“崩れ落ちる兵士”を撮影したカメラだ。五十万円でいいぞ」
「五十万円!」
「わかっただろ。ここは、亡くなった戦場カメラマンが愛用したカメラの専門店なんだよ」
ようやく、その中古カメラ店の異様な雰囲気の理由がわかった。

「キャパの隣のカメラは、ヴェトナム戦争で、サワダが使用したものだ」
タケヒサは、そのカメラのプレートを読んだ。

『ライカM2(沢田教一・ベトナム戦争などにて使用)』
 
その他のカメラの下にも、実在した戦場カメラマンの名前と、使用した戦争について記されたプレートが、嵌め込まれている。

(あ)
ところが、一つだけ、全く表記のない『キャノン』が置いてあった。昭和レトロな雰囲気の小さなカメラである。
「このキャノンは、いくらですか? このキャノンの持ち主も、戦場カメラマンの方ですか」

「そのキャノンは、売り物じゃない」
男の表情が一変した。
「どういうことです?」
「十年以上前に、ある少年から、預かったものなんだ。特攻隊に入っていたおじいちゃんが、友人たちの日常を撮った大切なカメラだ。少年は、必ず取りに来るからと言い残して立ち去った」
「少年は、まだ生きているのですか?」
「わからない。元気だったら、今、大学生くらいかな」
男が、遠い目をしている。

この男の意図をようやく理解した。

――この男は、その少年が大きくなって、この『キャノン』を取りに来るのを心待ちにしているのだ。
それで、これほど怪しげな中古カメラ店を、悪びれずに経営しているのだろう。

「少年が来るといいですね」
タケヒサは、複雑な思いを胸に、店を後にした。


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