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エミリー・ワプニック『マルチポテンシャライト――好きなことを次々と仕事にして、一生食っていく方法』

 一言で言えば、この本を読んで、スペシャリストでなければいけないという価値観が大きく覆されました。

 私、ずっとスペシャリストや「一流の人」に憧れ、自分もそうなりたい、でもなれないという思いに苦しみながら生きてきました。好きなものをとことん追求する人、というタイプではなく、今の職業もこれしかできないからやっているという状態で、「仕事がほどほどにしか好きじゃなくて、情熱を持てないから一流になれない」、ひいては、「職業人として三流だから人間としても三流なんじゃないか」というような思いで生きてきました。

 一方、ずっと芸術家に憧れを持っていて、でも、そちらはエネルギーと時間不足で何も手をつけなかったので、ずっと不満がたまっていました。一流の芸術家に憧れていたからこそ、エレファントカシマシの宮本浩次さんや羽生結弦さんに大きな憧れを抱いていたのですが、憧れれば憧れるほど、自分はそうじゃない、自分はだめだ、という否定的な思いが強くなっていくのです。

 で、この本なのですが、この本は、「マルチ・ポテンシャライト」という、スペシャリストと対立する概念を提示していて、やることを1つに絞らずに、複数の可能性を追求していく生き方の良さを前面に押し出して、そういう生き方をする具体的な方法を、4つのタイプに分けて提示してくれています。

 第1章では「マルチ・ポテンシャライト」という概念を提示します。第2章はマルチ・ポテンシャライトならではの強みとは何かということを解きます。様々なことに手を出してきたことによる5種類のスーパーパワーを教えてくれます。第3章では、仕事イコール自己実現ではなくて、人生全体で「お金」、「意義」、「多様性」を満たせばいいということが示されます。ここが、特に私にとって目から鱗で、読んでいてワクワクしました。

 第4章から第7章までは、マルチ・ポテンシャライトとしての4つのタイプの働き方が提示されます。第4章は、様々な能力や要素やジャンルにまたがる1つの仕事につくという生き方。第5章は、パートタイムで複数の仕事をする生き方。第6章は、1つのほどほどの安定した仕事で生活の糧を得ながら、空いている時間で他のことをする生き方。第7章は、数年単位で仕事を変える生き方。もちろん、この中のどれかを組み合わせてもいいし、一つの人生の中で次々に全てをやってもいいわけです。

 この中では、私は、これからの10年ぐらいは、第4章と第6章を組み合わせた生き方で、つまり、割合に多くの要素が入っている仕事をしながら、空き時間でクリエイター活動を少しずつやっていったり、昔から読みたかった哲学書を読んだりすればいいのかな、と思いました。実は、そういう生き方はこの本を読む前から考えてはいたのですが、それは挫折の果ての妥協というような気持ちでいました。でもこの本を読んで、積極的にそういうのを選んでもいいんじゃないか、職業人として二、三流だからといって、人生自体が二流ということはない、ということが、かなり納得できた気がしたのです。

 第8章は、スペシャリストのための従来のアプローチとは違う「生産性システム」の作り方を提示してくれます。第9章は不安への対処法です。マルチ・ポテンシャライトが抱きがちな4つの不安があげられていて、対処法が書かれています。不安その3の「一流になれない」というところの対処法に、「たとえ1つの分野に人生を捧げても、決してナンバーワンにはなれないだろう」と書かれていて、ああ、そうなのかもしれない、研究に集中できさえすれば一流になれていたはずだったという思い自体が欺瞞だったかもしれない、と気づいて可笑しくなりました。 

 1つの天職を見つけなければいけないと思っていて果たせないでいる方におすすめです。

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