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〔連載小説〕 うさぴょん ・その148

その 1 へ


 正門のところには、大野先輩が立っていた。僕は小野村さんがついてきているのをちらっとだけ確認してから大野先輩のところに小走りでいった。
「上手くいったんか?」
「あんまり。ちょっとけんかみたいになってるような」
「へえー、でも来てはくれたんやな」
「まあ一応。山室君やらはどこに?」
「ああ、さっきまで拘置所のへんをうろうろしてたけど、なんか向こうの方に行ってしもた」
 小野村さんは怒っているとも困っているとも、どっちつかずな顔で目を伏せている。とりあえず、どうなっているのか大沢君に連絡してみようと思ったら、「宇佐美君」と佐々野さんが言った。佐々野さんが見ている先には小野村さんがいて、小野村さんが見ている先には拘置所の前をこっちに走ってくる人がいる。柴崎君だ。
 正門の少し手前で柴崎君が立ち止まった。肩で息をつきながらこっちを見ている。こんな炎天下の中を走ってきたのだから無理もないだろう。小野村さんとは偶然に会った感じにしよう、と前に話して決めていたが、そんな計画もぱあになってしまった。しばらくそこにいた柴崎君だが、意を決したようにこっちに歩いてくる。もう計画は無茶苦茶で本当に出たとこ勝負だ。
 小野村さんの方だけを見ながらやってきた柴崎君は正門の前で立ち止まる。
「あれっ、小野村さん。久しぶり。えっ、紀伊校やったん?」
「へえっ?」
 小野村さんが変な顔をしている。
「今日ちょっと用事があって、たまたま通りかかったんやけど」
「あのちょっと」僕は柴崎君が話しているところに割り込んだ。「実はそのもう全部ばれてしもてて」
「ばれる?」
「柴崎君が来ることも話したし」
「えっ、そうなん?」
「うん」
 本当に申し訳ないとは思うが、ここから先は柴崎君になんとかしてもらうしかない。小野村さんは、じっと柴崎君を見ている。
「えーと、あの、僕のことって、覚えてる、やんねえ?」
 小野村さんがうなずく。柴崎君は少しほっとしたような顔をした。
「あの」と佐々野さんが僕の耳元で言った。「向こうにいっといた方が」
「あっ」
 僕が大野先輩の袖を引っ張ると先輩が振り返る。
「先輩、ちょっと離れといたほうが」
「そやな」
「小野村さん、あの」と柴崎君が話始める。「中学の時は、色々と迷惑をかけてしまってすみませんでした。それと、あの時は本当にありがとう。もっと早くに言えたらよかったんやけど、僕は学校に行かへんようになって、そのまま卒業になって」
 小野村さんは何か言いかけたけど、やめた。
「卒業してからもずっと気になってたんやけど、そのうち大会とかで会えたらその時に言うたらって思ってて。けど、会えへんかって。どうなってるんやろうって思ってたら、佐々野さんから小野村さんのこと聞いてそれで、もしかして僕のせいやったらどうしよって。ああ、そんなことなかったら、別に僕のことはいいんやけど、ただ、小野村さんが陸上をやってへんって聞いてそれで、それはどういうことなんやろうって。それで」
 それでなんなのか、話は途切れ、柴崎君は黙ってしまった。
 山室君と大沢君が正門の手前のところからこっちの様子をそろそろとうかがっている。とりあえず、今はこっちに来ない方がいいと首を振っておく。
「まみっぴー」と、声がしたのでそっちを見ると小野村先輩だった。それに知らない女の人、もしかして小野村さんのお母さんっぽい人もいる。姉妹揃って三者面談だったようだ。「これは、飛鳥は何してんの? あの人は誰?」
 小野村さんがびっくりした、というか唖然とした顔でこっちを見ている。
「あの先輩」と佐々野さんが何か話そうとした時、大野先輩が飛んできた。
「いやっ、これはちょっと取り込み中で」
「何、どういうこと?」
 小野村先輩は不審げな顔をしている。ちゃんと説明をしないといけないのは分かっているが、どうしよう。
「小野村さん」と柴崎君がまた話し始める。「小野村さんが陸上部に入らへん理由って、もし僕が原因やったら、それはもう何も気にしてもらわんでもええし。小野村さん陸上好きやろ。中学の時は色々あったけど、それまではあんなに熱心にやってて」
「もう、ちょっと何なんさあ、これ」
 小野村さんは怒っているようにみえて、泣いてしまいそうにもみえる。
 こういうことをしたかったわけではない。が、こんなことになってしまった。どうしていいのか分からないものの、まあ、こんなさらし者みたいにしてしまって悪いことをしたのは間違いない。とりあえず、謝ろうと思ったその時、佐々野さんが小野村さんの腕をつかんだ。そしてそのまま引っ張って鴨川の方に歩いていく。
「何これ? どういうこと?」
 小野村先輩が僕に聞いてくる。
「どうって言われても。まあなんかその、ビラ配りで失敗して」
「そんなとこから説明せんでも7月になってからの話でええやろ」
 佐々野さんと小野村さんは、橋の手前のところまで歩いていって左に曲がって見えなくなってしまった。
「あのちょっと、説明は先輩がお願いします」
「ええっ」
 僕は小走りで橋の方に向かった。まさかけんかになっている、とかいうことは、たぶん大丈夫だろうけど、佐々野さんと小野村さんはどうなっているのか。
 河川敷を見回すと、ふたりは下の河川敷にいた。橋の陰になるところに立っている。
 小野村さんはこっちに背を向けているので想像になるけれど、なんだか泣いているような気がした。 


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