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〔連載小説〕 うさぴょん ・その1

 うさぴょん


 これから3年間、僕はこの駅から地下鉄で学校へ通うことになる。初めての電車通学だ。まあ、だからどうということもないけれど。
 
 ホームの端っこにぽつんと立っている女子がいた。
 すらりと背が高く、長い髪はつやつやと輝いていて後ろ姿からしてきれいだ。しかも僕と同じ学校の制服を着ている。
 あの人もこの辺に住んでるんかなあ、と思ったりしながらちらちらと見ていたら、竹田行の電車が入ってくるとアナウンスが流れて、ホームに地下鉄が入ってきて、わっと風が起こった。なびいた髪を押さえようと振り返ったその女子の顔を見て、僕は思わず声が出そうになった。が、その前にくしゃみが出て鼻水も出て、それがマスクにくっついて大惨事に。いや、そんな話はともかく、その人はとんでもなくすごい美人だった。
 
 地下鉄に乗って席に着くと、僕は予備のマスクを鞄から出した。
「どうしたん?」
 隣に座っているお母さんが聞いてくる。
「鼻水がでた」
「さっきのくしゃみ?」
「うん」
 毎年この時期は花粉症のせいで鼻がおかしくなる、だけならいいが、体中がおかしくなる。何かバランスが崩れるのかもしれない。
「大変なんは分かるけど、教室でもずっとマスクつけたままやったら、顔、覚えてもらえへんでえ。自己紹介の時くらいははずしやあ」
 一応うなずいておく。
 入学式は10時から始まるが、1年生は式の説明があるとかで9時に教室に集合することになっている。なのでお母さんはもっとゆっくりでもいいけれど、ついて来られた。式の前に先生と会って少し話すことになっているらしい。
 向こうの方のドアの近くにさっきの女子が座っている。やっぱりすごい美人だ。なんとなく自然に目がいって、けれど、じろじろ見るのもあれだからそれとはなしに見ていたら、目が合ってしまって、逸らしてしまう、というのを何回か繰り返して、さすがにと思って僕は反対の方に顔を向けて見ないようにした。
「それ、ほんまにそんなんでええの?」
 お母さんが僕のスマホ、というかスマホケースを見て言う。赤地にどーんと一目でそれと分かるくらい大きくくまモンのイラストが入ったスマホケースは、お姉ちゃんが卒業旅行で九州に行った時に買ってきたものだ。まあ、もう少し落ち着いた感じのものはなかったのかと思わないでもないが、別に僕がどんなスマホケースを使っていようと誰も気にしないだろう。
「えっ、これやったらあかんの?」
「あかんのって、別にええけどさあ。もー、喜和子ももう少し考えたらええのに」
 お母さんはぶちぶち言っている。またさっきの女子の方に目がいった。なんかぼーっと、どことはなく一点を見つめている。やっぱりきれいだ。
「学校の人やで、なんか話してきいや」
 そんなことを言いながら、お母さんがつついてきた。
「そんなん、迷惑やろ」
「迷惑なことないやん。同級生なんやから挨拶くらいしてきいやあ」
「えっ、1年とちゃうと思うで」
 たぶんそんな気がする。
「いや、新入生やであれは。制服きれいやろ。あんなんは半年もせえへんうちにくたっとなるんやで」
「そうかなあ?」
 言いながら美人の方を見た瞬間、ばっちり目が合った。慌てて逸らしてうつむいた。ちょっと失礼だっただろうか。
「きれいな人は何着ても似合うしええなあ。学校一の美人とちゃう? 知らんけど。おんなじ新入生でも、あんたとはえらい違いやな」
 お母さんは勝手に感心している。どうせ僕が幼いとか、そういうことを言いたいのだろう。確かに僕は背も低いし自分でも高校生っぽくないという自覚はある。が、あんな人と比べられても困る。それにやっぱり1年ではないような気がする。
「そんなに気になるんやったら話しかけてきたらええのに」
 僕がそういうことをできる奴ではないことは分かっているくせに、またそんなことを言ってくる。
 まあ、色々あったから心配されているのだろうけど。


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