『秘密』谷崎潤一郎

誰もが持ったことのあるであろう「秘密」

形容しがたい高揚感と、バレてしまうのではないかという緊張感。

何をしようとしてもやる気が出ないことがある。視界に入るものすべてが無気力に見えたりもする。そんなときに見える華やかな色のもの、華やかな音は、憧れを感じると同時になんだか鬱陶しいと感じることもあるだろう。

新しいものを見つけたとき、しかもそれを見つけたときが自分一人で、周りの人は気にも留めていなかったとき、自分は世紀の大発見をしたのではないかと高揚する。

身なりに工夫を凝らしたとき、今までの自分に何かプラスの魅力があって、周りの人は何も気にしていないだろうけど、なんとなく自分に目線が集まっているような、そんな気持ちになることもある。

自分よりも圧倒的に美しい、魅力のある人に出会ったとき、自分の中にある自信は打ち砕かれる。目の前にいる美しい人に集まる目線を、(元から自分になんか集まっていないのに)その人が自分から奪っていったものだと錯覚し、自信は嫉妬に変わる。それまで自分の美しさに酔いしれていたのに、それが急に醜いもののように思えてきたりもする。


ここに書き連ねたような感情は、この物語の中に出てくる主人公の心の動きを簡潔に書き表したものだ。多少、読み切れないような部分はあったが、許してほしい。

こんな感情はそう明かされることはない。

だからこその秘密なのだろうか。


主人公が出会った女の正体は最後まで秘密であった。自分のことを知ったらあなたは私を捨てる、と、会う約束をしてからは主人公に目隠しをして夜遅くに会うのだった。

しかし、最後に彼女の正体がわかる。頭の中でこれまでのことがだんだんと繋がっていき、彼女のことを知ってしまう。


『私の心はだんだん「秘密」などと云う手ぬるい淡い快感に満足しなくなって、もッと色彩の濃い、血だらけな歓楽を求めるように傾いて行った。』


人は秘密であることが好きらしい。秘密であることで、自分の頭の中に広がる妄想とか理想とか、そういうものに酔いしれたいのだと、この物語を読んで思った。

秘密は、まだ何も知らないうちは、最上級の娯楽のようなものなのだろう。自分が最上級だと思っていた秘密が明かされて(あるいは自分で気づいてしまって)、「そうか、こんなものか」って生ぬるい感覚を覚えたとき、主人公のように、もっと色鮮やかな世界を見たくなるのかもしれない。


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