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キミの味を教えてよ

土曜日のスーパーは、狙い目だ。
家族連れで賑わう中、一番に向かうのは玉子売り場。
高値が続く最近だが…ナント、一パック99円!
「やった!」
思わず小さくガッツポーズをして、手を伸ばす。
玉子が安いと嬉しいなんて、主婦みたいだなと言われるが、そんなの卵好きには全然効かない。
これを基に、買う物を思案しながらスーパーを巡る。


日曜の朝は、静かだ。
午前七時半。休みの二日目の朝に早起きするヤツは、いない。

大学入学と共に、シェアハウスに入った僕はこの時間が好きだ。
リビングのカーテンを開けて、朝の光を部屋中に入れると、カウンターキッチンの電気はつける必要がないくらい柔らかな明るさになる。


平日に、朝ご飯なんてちゃんと作って食べるヒマはない。ギリギリまで寝て、ふりかけご飯をかき込んで飛び出すのがやっとだ。

これが、心の余裕ってヤツだな。
休みの日くらい、好きなものを朝から食べたい。
それに、今日は確かめたいことがある。



さあ、始めよう。
昨日の戦利品の玉子を並べる。
調味料や具材も出して、ネギをみじん切りにし、大根をおろす。
フライパンを温めて油をひく。

さあ、卵焼き祭りだ。
いろんな味を作ることにしている。
おふくろの味は、それぞれだからな。


まずは、卵をかき混ぜてシンプルに塩、コショウ、醤油に水でフライパンに流し込む。
“ジュワー”
この音と、途端に香り立つ油と卵のマリアージュがたまらないが、急いで端の固まった部分を中に入れながら端に寄せ、次を流す。
先の卵を少し持ち上げ下に入れ込んで繋げてから、折り曲げ巻いていく。これを冷静に続ければ、簡単に均一な卵焼きができる。余熱で形を整えて、皿に転がし出した。

次は、甘めのを作る。
砂糖、みりん、日本酒といった基本的なもの。
酒が入るからふんわりするし、これを好む人は多い気がする。

お次が、僕のお袋の味、出汁風味だ。
これは白だしをちょっと入れて、塩コショウ、醤油に水だから、純粋に白だしの和風が卵の味を邪魔しない。
永遠に好きだと思う。

味噌味も初めて作る。
これは、味噌を水で溶いたのと混ぜるだけだから、簡単なのに意外と気付かない味付けだろう。


ここまででも、四皿が並んだ。
一口大に切っていると、これまでの弁当時代の懐かしさと卵の華やかな黄色と香りが部屋に充満して、落ち着く。
ああ、イイ朝だ。


これで終わりではない。
ここからは、変わり種。
つまり、おかず要素の大きいものにチャレンジだ。

フライパンに卵液を入れてから、上に棒状のプロセスチーズを置いて巻いていく。チーズがとろけたら最高だ。

これは、チーズにおかかをのせたものも作っておく。
大根おろしを添えれば、酒の肴にも抜群だ。

いけない、朝だった。

さらに、子供の頃から食べていた、シラス入り、タラコ入り、納豆入りも作ってみた。納豆は正直作りにくそうだったから、ひきわりにした。ただ、これは納豆が好きかどうかに大きくかかっているだろうから、小ネギも入れた。

極め付けに、ツナマヨ。おにぎりが合うくらいだから、これも間違いないだろう。


気付けば、時計は九時近くになっていた。
卵焼きばかり並んだ皿が、テーブルに十皿。

はあ、と一息ついていると、
「なんかイイ匂いだなあ。」
とあくび混じりに、直人が二階から降りてきた。

「卵焼きばっか?これ全部作ったのか、隼人。」
「おう、でも全部味は違うんだぜ。」
へーと、一つつまんだ直人が、「うまい!」と叫んだ。
「だろ?」

「なあ、ご飯あるか、朝飯にしようぜ。」
「ああ、いいがちょっと条件がある。」
僕はテーブルに座っている直人の顔の前に近づいた。
「直人の幼馴染の愛美ちゃん、どの味が好みか教えてくれ。」


真面目な僕の顔を一瞬驚いた顔で見た直人が、ニカっと笑った。
「それはなあ、知ってるけどなあ…魚の焼いたのとかあるともっといいなあ。」
「鮭の切り身がある!」
「あと…味噌汁かな。」
「すぐ作る!」

キッチンに走る僕に、さらに声がかかる。
「具はナスと油揚げが好きだぞ、愛美は。
呼んでやるから、食べさせてみなよ。」
スマホを取り出す直人に、抱きつきそうになる。

が、先に着替えなきゃ!
「なんだよ、朝からいい匂いするなあ。」
他の住人が降りてくる気配がした。

「おい、みんな!食べないでくれよ!一生のお願いだ!」
僕は、自分の部屋に駆け込んだ。

ボタンを押すタイミングで、募集時間を1分過ぎてしまいました。
ついに、やってしまった…まさかの間に合わない。
自己責任。無念です。涙

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