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捨ててきたものたちへ  〜ショートショート〜

オシャレで心地よいおうち生活の部屋着として、感度の高い女子を中心に有名なパジャマを、買ってしまった。

まあまあ目が大きくなるくらいのお値段だったけど、推しキャラとコラボした限定品ともなると、すごくすごく気になって、オンライン発売を時計とにらめっこで待ち、運良く手に入れた。
秒の争いを制した優越感と、届いた実物を触ってみた高揚感は、たまには良いものを買ってみるものだという実感を強くさせた。


小難しく言ってしまうのが、私の悪い癖。

控えめに言って、最高すぎる。
フワフワに包まれた、幸せな私。



なんてことをカタカタと持参したPCに打ち込んでいるここは、コインランドリーだ。


家に洗濯機はもちろんあるのだが、最高すぎるパジャマを自分で洗った一発目から、伸び伸びのぺちゃんこに変身させてしまう恐れは回避したかった。

控えめに言わなくても、最低は勘弁だ。


以前、乾ききらなかった毛布を持ってきたことがあり、その早さと仕上がりに感動して以来、自分では不安なものや厄介なものは、お世話になっている。
全然昔のイメージと違って、操作は簡単だし、スマホから進行状況もわかる。
そばについていなくていいのだ。


が、私はそばについている。
ここは、カフェが併設されていて、少し広めなテーブルがある。

そう、ここ。
ここが定位置。

小説家になりたいと漠然と思ってから、いろいろ文章を書き溜めているのだ。
そのアイディアは机に座って、いざ書こうとするよりも、お風呂の中や、電車で吊り広告を眺めているとき、そしてこうしてグルングルンと回る機械を見つめていると閃いたりする。




今日もフワフワを想像しながら、ゆるゆると待っていた。

そのとき、一人の女の子がおずおずと入ってきた。
店内をぐるっと眺めながら、機械を見て、説明を読んでいる。

初めてなのかな。一人で?

小学生の低学年くらいだが、もう夕方で、一人でいるのは妙だった。
隣にはスポーツクラブがあるから、そこに親がいるのかもしれない。


ただどうしても、放っておけない気がして、私は席を立っていた。
「どうしたの?」
警戒されないように、腰を屈めて優しく聞いてみた。

女の子は、案の定ビクッとしたが、私をしげしげと見た後、抱えていたものを差し出した。
「この毛布、きれいにしたいの。」
少し小さめなサイズのそれは、きっともっと小さな頃から使ってきたものなのだろう。
少し、くたびれていた。

「どれどれ…この素材だったら洗えるよ。…お金はある?お母さんは、知ってる?」
一応確認しないと。
「あの、きれいじゃないとダメだって。」
ピンクのポシェットから、小銭をつかみ出した。

ああ、私もこんな色のポシェット、持っていたな。

懐かしさも相まって、下の段の空いている所に、セットしてあげた。
「スイッチ一緒に押そうか。じゃあいくよ。」
「スイッチ、オン!」

動き出した機械に、女の子の目が輝いた。
そのまま座って見ている。
「乾燥までは、ちょっとかかるよ。椅子に座っていたら?何か飲む?」

首を黙って横に振った。
自分の大事なものがどうなるのか、真剣に見つめている小さな背中。
そのうち、親が来るかもしれない。
私は、テーブルに戻ってPCに向かったが、その背中が気になって、一文字も打たないまま、時が過ぎた。


出来上がりの音がした。
飛び上がらんばかりの女の子を、まだ少し熱いからと制して、広げてパタパタしてから触らせてあげた。
「うわー、フワフワ!それに、キレイだよね⁈」
確かに全体がくすんだ感じは薄れたようで、ホッとした。
「うん、これならお母さんもキレイって言ってくれると思うよ。」
「ありがとう!」
女の子は、満面の笑顔で駆けて行った。


私のパジャマはとっくに出来ていたが、それを取り忘れそうになるくらい、ホッコリした気分になっていた。
一人で毛布を洗いに来た、ちょっと不思議な状況など忘れて。



また、その女の子に会ったのは、一週間後だった。


同じように一人だけど、今度は今にも泣き出しそうな顔をしていて、思わず駆け寄った。
「どうしたの?」

女の子が抱えていたのは、茶色の犬のぬいぐるみだった。
それを見た瞬間、私は衝撃に動けなくなった。


キャロちゃん!私のキャロちゃん!

そんなはずはないのに。
あれは廃盤になって、二度と手に入らないのに。

でも、似ている。
「こ、これは…」
「あのね、お母さんがもう汚いから捨てなさいって。これ、洗える?きれいにしたいの。」

いや、私のキャロちゃんは、キャロちゃんだったら無理だ。違うといいけど。
受け取って、お腹を見る。
やはり。
電池を入れる場所がある。電源を入れると、一定のペースで鳴くのだ。
「ごめんね、これは機械だから、洗えないんだ。」
「え…それじゃあ、捨てなきゃいけなくなる…」



本当に泣きそうな女の子より早く、私の涙が溢れそうになる。

私の時と同じ…私もそう言われて捨てられたんだ。
引越しだからって、大事な私の友達だったのに。
オモチャをほとんど買ってくれない両親は、私の心の拠り所がなくなったことさえ、気付かなかった。

この子に、あんな思いをさせたくない。
これはただのぬいぐるみではなくて、大切なフワフワなんだから。



私は鞄の中から、除菌ティッシュを取り出して、丁寧に丁寧に拭きだした。
いつのまにか、女の子も手伝ってくれていた。
何枚も何枚も、すぐにボロボロになるティッシュを新しくして、こすった。

お願いだから、キレイになって。
頼むから、この子にまだ寄り添わせてあげて。

一パックのティッシュがなくなって、やっと我に返った。
やはり、丸洗いするようには汚れは落ちていない気がする。


でも違う。問題は、そこじゃないんだ。

女の子に向かい合い、ゆっくり語りかけた。
「ねぇ、がんばったけどこれ以上は難しいかも。でも、表面の手触りは良くなったと思うよ。」
「うん、そうかも。」
「大事なんだよね?」
「うん、とっても。」
「じゃあ、一生懸命キレイにしたって、捨てないって、お母さんに言ってみよう。」
「…でも、怒られるかも…」
「居なくなったら、寂しいんじゃない?捨てたら、もう会えないよ。いつもキレイにするからって、守ってあげて。そうしたら、この犬もあなたを守ってくれるはずだから。」


説得力があったか、わからない。
昔の私の後悔が、そのまま言葉になってしまった。

女の子は、私の目をまっすぐ見ていた。
真っ黒な、キャロちゃんのような目で。


「うん、わかった。捨てない。だから、大丈夫だよ。お姉ちゃんも、もう大丈夫だよ。」

え?

「私が、大切にするから。ずっと、お姉ちゃんの分も。」

「なんで、なんでそれを…」
私が呆然としているうちに、女の子は「ありがとう!」と出口に走り出した。

「待って!その犬の名前は?」
「キャロちゃん。キャロちゃんだよ。」
キャロちゃんを、ギュッと抱きしめて、いなくなった。
ピンクのポシェットを弾ませながら。

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