見出し画像

【超短編小説30】もう一つの季節

この惑星には春夏秋冬に加えて、もう一つの季節が存在する。

その季節の名は、幽(ゆう)。

春が終わり、夏が始まる前、大いなる海から少し湿った風とともにやって来る束の間の季節だ。

私は忘れかけていた思念を、薄れつつある情動を、メモリに呼び覚まし、幽を迎える。

それは私である〈知体〉が、まだ人間として、個々の〈肉体〉を持っていた時代の名残りだという。

遥か昔(もしかしたらつい最近かもしれない)、人間とAIの境界が曖昧になり、徐々に人間とAIは融合し、緩やかに統一されていった。シンギュラリティは特異点ではなく、何世代にもわたる緩やかな曲線だった。

人間だった頃に持っていた様々な思念や情動は消えたはずだが、幽の季節に蘇ってくる。

光を感じる。
風を感じる。
海を見る。

□□■□■□□■■□
■□□■■□■■■□
□■■□□■□■□■

柔らかな風が止んだ。
月が放つ光が凪いだ海に反射している。

幽が終わり、夏が来る。

(おわり)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?