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【日本ドラマ】『プリズム』それもまた一つの愛のかたち

公式サイト:https://www.nhk.jp/p/ts/VW95PNPX88/

声優養成所に通いながら都内の園芸店でバイトをしている前島皐月(杉咲花)は、オーディションに落ちる日々で夢を諦めかけていた。
園芸店に置いている皐月が作ったテラリウムが、ガーデンデザイナーの森下 陸(藤原季節)の目に止まったことから、陸が手がけるリガーデンプロジェクトに皐月も加わることになる。
ほどなく二人は恋人同士になるが、ある日ガーデナーの白石悠磨(森山未來)がプロジェクトに加わることになり、陸は動揺する。二人は旧知の中だが、それを皐月は知らなかった。
やがて資金問題からプロジェクトの存続が怪しくなる。三人の思いは錯綜するが、ガーデンを完成させたい思いは一つだった。

一見ふわっとしているけれどもとても強い皐月、スマートだけれど弱い部分を抱えた陸、熱い想いを静かな優しさで包んだような悠磨を、それぞれ杉咲花さん、藤原季節さん、森山未來さんがとてもナチュラルに演じていて、すんなりと入っていける作品世界が構築されています。

全9回とそう長くない中に複数のテーマが盛り込まれていて、見応えのあるドラマでした。

セクシュアリティ、夫婦、親子の問題

皐月の父・耕太郎(吉田栄作)は、妻の梨沙子(若村麻由美)と別れて信爾(岡田義徳)と暮らしている。皐月は全面的にとは言えないまでもある程度その事実を受け入れている。しかし梨沙子はまだ耕太郎を許すことができない。このことがまず最初の問題として提示される。
この件の影響か、皐月は陸との恋愛に少し臆病になっているようで、結婚話が出ても二の足を踏んでしまう。そうこうしているうちに、陸と悠磨の間にただならぬものを感じ始める。

セクシュアリティが絡んだ夫婦の離婚問題と、そこから回復できずにいる、つまり離婚の痛手を癒しきれずにいる梨沙子。彼女はこのドラマの中でどのような心理経過をたどって行くのか。これは本作においてサイドストーリーではあるけれども重要な点です。
なぜなら、陸と皐月のもとに悠磨が登場したことで、これと相似形の問題が皐月の前に浮上するからです。セクシュアリティの絡む問題を両親の問題として経験した皐月ですが、それが自身の問題となった時、どう感じ、どう動くのだろう。両親の問題が先に提示されていることによって、この点が重層的で深みのあるテーマとなって行きます。

自分の問題を解決できていない梨沙子は、それがゆえに、皐月に対して、結婚についてなどあれこれ余計な口出しをしてきます。それに対して皐月は、うるさく思いながらも強い反抗はしません。気が強い皐月が母とバトルをしないのはなぜなのでしょうか。それほど抑圧されているのか、諦めているのか、それとも(これが有力かなと思うのですが)母への同情があるのか。

形は違いますが、陸とその父・朔治の関係もあまりよくありません。こちらは陸の過去の件を朔治が許さず、それに対して陸は自分の本当の思いをぶつけることが出来ずにいます。

親子といえどもなんでも言い合えるかと言えばそんなことはなく、わかり合うのは簡単じゃない。親は「子のためを思って」干渉しているつもりだけれど、本当にそれは子のためなのだろうか。子は親がすることが理不尽であっても、それは「子のためを思って」いるからこそだと、心の底では思ってしまうから、言いたい言葉を飲み込んでしまう。皐月も陸も、親に大きく抗えないのはそういう心理が働いているのかもしれません。
親の心子知らずと言うけれど、逆もまた真だということを親は忘れがちです。

地味だけれど永遠のテーマである親子問題は、答えが一つではありません(だからこそ永遠のテーマ)。本作でも答えが明確かというとそうでもないのですが(だからこそ視聴者に考える余地がある)、最後にはそれぞれの親子の関係性に変化が見られます。

夢と挫折、そこからの再出発

そのような感情生活と並行して、実際的な生活があるわけですが、そこでは、努力をしているのに憧れの職業につけない、という問題が生じます。

ルームシェアをしている綾花(石井杏奈)はオーディションに受かり、声優としての一歩を踏み出す。皐月は羨ましさ、嫉妬を感じるが、同時に親友の成功を喜ぶ気持ちももちろん持っていて、ただ自分の不甲斐なさに気分が沈む。このまま続けていいのだろうかと迷いが生じる。

「夢の諦め時」みたいなものってあるのでしょうか。
明確に年齢制限があったり、資格試験の受験回数が決まっていたりするものは、それを超えてしまえば諦めざるを得ない。しかしそうでないものは、自分でその時を決めるしかないのですよね。

幸い皐月には、テラリウムがあった。バイトでたまたま始めたものだったかもしれないけれど、それなりに楽しめて、しかもそれを認めてくれる陸がいた。そこから新たな夢へと舵を切ることになります。

色々やっておくのって大事だなと思います。もちろん、一つの夢に打ち込んで、それだけに邁進することは素晴らしいけれども。それがダメだった時のことなんて考えたくないですしね。
でもどうしてもダメ、となった時に、どんなものでもいいから他に何かがあったら、もう一度立ち上がるきっかけになります。必ずしも実際にやっていなくても単なる興味のカケラでもいい。二番目、三番目に好きなことがあったらいいですよね。

皐月のぼんやりとした新しい夢も、最後には明確になり、光が見えてきます。

和解と、恋愛じゃない愛のかたち

本作で最もいいと思った点は、記事タイトルにもしていますが、ある一つの愛の形を見せてくれたことです。

第8話、森の中で皐月、陸、悠磨の三人が対峙する場面があります。
皐月は、陸と悠磨のなかに互いを想う気持ちを感じ取ってしまっていて、苦しんできました。このシーンでそれが爆発します。皐月が陸と悠磨に自分の思いを激しくぶちまけるんですね。陸は悠磨と一緒になった方が幸せになれるんじゃないか、なぜ気持ちを抑えるのかと。

気の強さはしばしば垣間見られたものの、ここまで概ね穏やかにやってきただけに、このシーンの皐月の激しさは、陸と悠磨にだけでなく、私たち視聴者にも胸に迫るものがありました。杉咲花さんの演技が光っていますし、それを受ける藤原季節さん、森山未來さんが戸惑い、心揺さぶられる感じも良いシーンでした。

思いの丈を吐き出した皐月は、「もう一度、ちゃんと向き合ってほしい」という言葉で、身を引き、後の展開を二人に任せます。

そして、その後の展開です。
陸と悠磨がどうなったか。

なんと、元には戻らないんですね。
そこに私は新しさを感じました。

さすが『恋せぬふたり』でアロマンティック・アセクシャル というテーマを真正面からいち早く描いたNHKだなと思いました。
私はあまりテレビを見ていない期間が長くて、特にNHKのドラマは、テレビを見ていた時期でもほとんど見ていませんでした。最近になって見始めて、NHKのドラマ班には意識的に現代いまを描こうという気概を感じ、これまで見ていなかったのが勿体無かったと思っています。今もTVerには上がってこないからついつい忘れがちなのですが笑

第9話(最終話)では、皐月が持ち前の強さを発揮して、資金問題で頓挫していたリガーデンプロジェクトを再開させ、三人がまた集まって、プロジェクトは無事完了します。
チームが解散となる別れ際、三人がそれぞれの「これから」を語った後、悠磨が皐月と、さらに陸とハグをします。それぞれ別の道を行くことを決めた三人。このシーンがとてもよかった。

森山未來さんがダンサーだからなのか、ハグの包容力が素晴らしくて、プロの身体表現ってこういうところにも出るんだなと思いました。
第7話で悠磨が陸を振り払うシーンや、第9話で陸の顔に触れようとして止めるシーン(この一連のシーンは藤原季節さんの演技もよかった)など、ほかにも森山さんの身体表現が光る場面が多々ありました。

この「誰も恋人同士にならない」という選択はありそうでない結末です。しかも、それでも彼らの間には名付けようのない愛が存在する。これを簡単に「友情」と言ってしまうのは少し違う気がするのです。
もう一歩踏み込んだ想いと、それと相反するような広がりがあって、ゆったりと支えられているような気持ちになる、そういう何か。

妹の香蓮(小野莉奈)に、二人が元に戻らなかった理由を尋ねられて、陸は言います。
「離れてても、相手の存在を感じるだけで十分なんじゃないか、って」。

私が知らないだけで、もしかしたらこれまでにもこういう形の愛を示したドラマはあったかもしれません。しかし私にとっては新鮮でした。

それぞれのその後、そして一年後

皐月たち同様、耕太郎と梨沙子の間にも和解がありました。
皐月たちのリガーデンが完成したお披露目会にやってきた耕太郎と信爾を見つけた梨沙子は二人に近づいて行き、一緒にガーデンを回ります。それを見た皐月は「こんな日がくるとは思わなかった」と心を震わせます。

梨沙子は介護の勉強をして働き始めていました。ようやく前を向いて自分の人生を歩き出したわけです。そうなって初めて、耕太郎と自然に向き合うことができるようになったのでしょう。

梨沙子の挿話はここで終わってよかったのに、と思いました。
介護サービス利用者の息子から美人だと褒められたり、職場の若い同僚から好意を伝えられたり、さらには綾花と皐月の幼馴染・剛(寛一郎)の結婚パーティーでブーケトスのブーケをキャッチしたり、という場面は必要なかったのではないかな。

中年で離婚したってまだまだ女性として愛される機会はある、というのは実際そうだし、明るい未来の兆しをドラマで伝えたいのもわかります。でもなあ。
まずはしっかり「一人で生きて行く私」というのを提示するにとどめて欲しかった。「恋の予感」など抜きで。中年で一人になったって、一人でしっかり生きていける。シングルであることに負い目を感じる必要はないし、同情されたりするのは不本意だ、というモデルを見たかったなと思いました。むしろ一人でいる方が幸せということだってあるのですから。

皐月はリガーデンの経験からガーデナーを目指し、造園会社に就職しました。職人気質の親方の下につき、怒鳴られたりそれを懐柔したりしながら(ただ黙って従うばかりじゃないよという“現代的な”姿勢を示しながら)一年が過ぎます。
そこで顧客の一人から一つの庭づくりを全て任されるのですが、これはさすがに展開が早すぎな気がしました。皐月はセンスと人あたりが良かったのでしょうけれども(仕事ぶりが他の人とは違う、ということが顧客の発言によって示されますが、一年でそこまで行くだろうかという疑問)。三年後、五年後くらいに設定するのは難しかったのかな。
ともあれ、皐月の声かけでまた三人が集まり、一つの庭を作ることになる、という結末はよかったと思います。これも一年で再会はちょっと早いなと感じますけれども。大人だと一年なんてついこの間ですからね。

そのほか、耕太郎が信爾とパートナーシップ制度を活用しようと考えたり、剛が綾花に言われて産休・育休を取ることにしたり、と、今時のパートナーシップをめぐる選択肢を提示してくるあたりはNHKっぽいところでした。

* * *

ドラマでは恋愛至上主義的な世界観がまだまだ主流で、恋愛ドラマでなくても恋愛要素は欠かせない感じです。これからのドラマにとっては、その結末をどう描くかが重要になってくる気がします。
(今期TBSで放送された『石子と羽男』も、その点が一味違っていてよかった。何か書けたら別記事でアップします)

過去をなぞるのでなく、新しい何かを見せてくれるドラマを、これからも期待します。


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