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【日本ドラマ】『石子と羽男』繊細で強がりな二人の絶妙な距離感

石子と羽男、繊細で強がりな二人

この夏は、連続ドラマを見ながら過去の日本ドラマ・映画を見ていました。
本作の羽男こと羽根岡佳男を演じた中村倫也さんは、この夏見ていた過去作品のうち、『闇金ウシジマくん』のもっともエグいシーズン3でものすごくエグい男を、『孤狼の血』でいかれたヤクザを演じていました。

いかれ系の中村さんを見ていると、いかれ役ぴったりだなと思うのですが、本作のいかれていない羽男役もとてもよかったです。
中村さんは、どんな役を演じてもどこか「訳あり」感が漂う。それがいいんですよね。いかれ系だとその部分は出にくいですが、いかれていない役の場合は、それが人物造形に深みを与えます。

中村倫也(写真=藤本孝之)

羽男は軽々しい印象とは裏腹に、父親との軋轢が解消できずに怯えた心を抱え、虚勢を張りながら生きています。一見単純だけれど実は複雑で、だからこそ石子のトラウマについても深く理解できるし、程よい距離で支えることができたのだと思います。
そのあたりを中村さんは軽妙かつ真摯な演技でうまく表現されていました。

石子こと石田硝子しょうこを演じた有村架純さんの出演作は『中学聖日記』『コントが始まる』『花束みたいな恋をした』しか見ていないのですが、“落ち着いたしっかり者”のイメージがあります。心に傷があっても、それを乗り越えていく感じとか。
そう言う意味で石子役もいい感じでした。

(C)TBS

東大法学部を首席で卒業しながら、司法試験に4回も落ちているのは、受験日に遭遇した出来事によるトラウマのせい、という事情を抱えた石子は、“石のように頭が硬い”けれども名前の通り硝子ガラスのような脆さを持っているんですね。そんな石子だから羽男が心に隠し持つ恐怖を感じ取れたし、それをそっとしておき、仕事のサポートに徹することができたのだと思います。

絶妙な距離感の二人

この、お互いに踏み込まず現実でできる事をして、つまり行動で支え合う感じと距離感が、私としては心地よく、最後までこのまま行って欲しい、と思っていました。安易に恋愛に流れないで欲しい、と。

これは『プリズム』の記事でも少し触れましたが、男女の関係は恋愛だけじゃない、何か他の形もある、と私は思っています。それを友情というのかもしれないけれど、なんかちょっと違うんですよ。違うものもある気がする。それがなんなのか、まだ私にはわからないのですが。
いずれにせよ、人間関係にはバリエーションとグラデーションがあって、簡単に一言で言い表すことは難しいのかもしれません。
石子と羽男は、でも“相棒バディ”という言葉で表せちゃうのかなあ。表せちゃうのかもしれない。

この二人に恋愛関係を持ち込まなかったのは、流石に百戦錬磨のドラマプロデューサー新井順子さんと演出の塚原あゆ子さんのコンビだなと思いました。

多様なセクシュアリティが存在することを知っている現代の私たちは、もう愛の形にも多様性があることを知っている、少なくとも想像はできます。しかしそのそれぞれが一体どんな形をしているのかは、よくわからない。自分の知っている愛しかわかりません。そこで、まだ知らない様々な愛の形を見せてくれるのが、映画やドラマや小説の仕事のうちの一つなんじゃないかと思うのです。

それでも恋愛は欠かせない?

視聴前の予想に反して、石子と羽男ではなく、永遠の年下くんキャラの赤楚衛二さん演じる大庭蒼生あおと石子が、羽男のサポートもあって、恋人同士になります。でもこの恋愛はやけにあっさりしています。

(C)TBS

思うにこの部分は、石子と蒼生二人の恋愛よりも、“石子と羽男が恋愛しない事”を描いているんじゃないかという気がします。穿ち過ぎかな。
この恋愛成就の部分は、“バディはバディであり、羽男は別に含みなく石子の恋愛も応援してしまう(公私混同ですけれども)”、ただそれだけを言っているような気が少ししました。

あるいは、視聴者は恋愛要素を求めるからちょっと入れておいた、ということかもしれません。
いずれにせよ本作においては、よくある男女の恋愛話にさほど重要性が与えられていません。

最終話で羽男が石子に「これからも俺の隣にいてください」と、なんか誤解されそうな事を言いますが、これは視聴者に一瞬「を?」と思わせる効果を狙っただけのセリフで、羽男の真意はその後に続く「相棒として」という域を出ていないと思います。

司法試験当日に、フラッシュバックに襲われた石子に傘を差しかける羽男。石子が惚れてしまっても仕方ない場面ですが…… 表情から察するに、そうはなっていないですよね。羽男にしてもそう。あくまでも相棒から力をもらって一歩踏み出す石子と、そんな相棒を見守る羽男だったと思います。
それに、石子には蒼生という恋人がいてその関係に満足しているし、何より石子は頭が硬い真面目な人なので浮気の余地はない、人物設定からもそのように想像できます。

エンパワーメントしあえる関係を得た二人のこれからはそれぞれに明るいだろう、と想像させる、素敵なエンディングでした。

* * *

身近な法律問題とそれにまつわる人々の営みという現実的・社会的な題材と、トラウマの克服やバディという関係性といった心理的・私的な題材を織り交ぜたバランスのいい作品に、最後まで楽しませてもらいました。

付け足しのようになってしまいますが、さだまさしさんの石子父・潮綿郎もしっくり行っていて、さださんの自然な存在感がいい雰囲気を作り出していたように思います。


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