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編集後記「1番近いイタリアvo.17 2024春」

雲に隠れまいと橙色の光を放つ太陽は、オリーブが所々見える平原の向こうの海に吸い込まれるように、あっという間に沈んでいく。5日前と同じ道を走る。今日は夕日を左側に見ながら。そして、今日は歳を1つ重ねた私が。島から本土に戻り、ボローニャに帰る道は、5日前と確かに同じ道で、でも不思議なことに、たった5日前が遠い過去に思えるくらいには景色が違って見えた。

30歳のお誕生日には、行き先シークレットの旅行が企画され、荷物は最小限にしてバイクで5日間の旅に出た。ボローニャからアペニン山脈を越えて南下し、ひたすら海を右手に走り、小さな港町に着いたところで行き先を告げられる。少し上目目線で反応を伺うように、いつものゆったりとした口調で。なんと、エルバ島に行くとのこと。私がずっと前にGoogleマップの保存マークを見ながら、いつか行きたい所なのだと話していたのだっけ。海沿いの高台から旧市街に連なる歩道を歩くと、日が暮れたばかりの海の上に、低く、大きな月が登っていくところだった。穏やかな海の波が耳に届き、風は優しく、月夜に照らされた海の先にぼんやりと見える島。あの島に明日から行くのだと思うと、胸の興奮が収まらなかった。そんな私たちを待っていたかのように雲がさーっとひいて、姿を現したまんまるの月は、とても、とても綺麗だった。翌朝、天気晴朗、波はなく、ゆっくりと波を切る船に揺られ、島へと渡っていった。

よく日焼けして、楽しさの余韻を残す顔でフェリーを降り、ふと振り返ると、陸に渡してた足場が上がり、船の大きな扉が閉まるところだった。その瞬間、夢のような島の時間に終わりが来たことが否応なく知らされ、当たり前の少しの寂しさと、全身を包む思い出の温かさが心を満たす。前を向くと長く続く一本道に夕陽がさし、この道を帰ることに、そしてこの道の先にある未来に、希望をみる自分を見つけて嬉しかった。

5月も終わりに近づき、ボローニャにもようやくゆっくりと春が近づいてきた。6階に入り込む陽の光は新しい感覚で、窓の外を眺めると家々の屋根の上に青い空が広がるのが見慣れない。それでも太陽はいつもそこにある。どんな夢も叶えられること、人生は楽しむものであること、人の優しさに生かされていることを知った29年だった。エルバ島の海を前に、「まだ何者でもない」ということが翻って自分の強みであると悟ったこと、だからこそ、守るものはない、挑戦するのみだと自分に誓ったこと。30歳になった今、新たなチャレンジに日々真剣勝負だ。

「1番近いイタリア」もあっという間に17号。ご購読頂く皆様に支えられてここまで来ました。これからますます深まるイタリアの食を、精一杯お届けします。お楽しみに!

※本記事は「1番近いイタリア」Vol. 17 2024春号の編集後記より抜粋です。

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